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お菓子を知ろう


「さて、次はデザート食べようか」



 そう言って再びメニューを広げるカイリーク。

 だが、今まさに大量の料理を食したところだというのに、どこに入るのか。



「今食べ終わったとこじゃない。それも大量の」

「デザートは別腹」

「別腹の次元越えてるから」



 ジュリはもうお腹一杯である。



「食文化を知りたいんでしょう?ならお菓子も知っとかないと。喫茶店に甘いものは必須だって」

「まあ、確かに……」



 丸め込まれたジュリの前で、がっつり食事をした後だというのに注文する口が止まらないカイリークに、ジュリも口が引きつる。

 ほぼこの店のデザート全種類だ。



「飲み物どうする?」



 カイリークが注文の口を止め問い掛ける。

 喫茶店ならドリンクメニューも必須だ。

 この世界でどういう飲み物が飲まれているかはジュリも知りたい。



「どういう飲み物があるか分からないから定番的なものカイリークが頼んで」

「了解」



 カイリークがいくつか頼んでくれたのは、紅茶と果汁を水で割った果実水、ミルクだ。

 紅茶があることにはほっとした。だが……。



「コーヒーとかはないの?」

「コーヒー?」



 喫茶店の定番の飲み物を告げてみたが、カイリークは何それというように首を傾げる。



「知らないの?黒くて苦くて良い香りのする飲み物」

「聞いてる限り美味そうに聞こえないんだけど。知らないなぁそんなの」

「この国にないだけで、他の国にはあるとか?」

「この国は世界の中心にあるから、世界中の物が集まってくるんだ。

 レイシェアスにないってことは他の国にもないと思った方が良いよ」

「そんなぁ」



 まさかコーヒーがないとは。

 喫茶店をしたいのにコーヒーがないなど考えられない。

 ジュリはコーヒーを入れる時のあの匂いが大好きなのだ。

 ほっとして気持ちが安らぐ。あの香りをもう嗅げない……。

 


「嘘でしょう、コーヒーがないなんて……」

 


 喫茶店を開くためにジュリはコーヒーの入れ方を特に何度も練習していたのだ。それがまさか無駄になるなんて。

 ショックを隠しきれなかった。



「最悪……」



 何て世界に連れてきたんだと、神様への恨みが湧き上がる。



「コーヒーぐらい作っときなさいよ、神様~」



 がっくりと肩を落としたジュリの前に続々とデザートが運ばれてきた。

 それらに視線を向けたジュリはそのあまりにも質素な見た目のデザート達に目を瞬いた。



「これがデザート?」

「そうだよ、美味しそうでしょ」

「え……いやぁ……」



 嬉しそうにするカイリークに、ジュリは何と答えて良いものか分からなかった。

 ジュリの世界にあったような彩りの良いデザートを想像していたのだが、ジュリの前に並んだデザート達は基本茶色。


 ナッツのような物が乗ったタルトはまあ良い。ジュリの世界にもあった物だ。

 だが、他のはガレットのような物の周りに大量の砂糖がまぶしてあるお菓子。

 パウンドケーキのような見た目たが、ふんわり感は皆無で、ぎゅっと押し潰したかのようなつまり方と重量感のあるお菓子。

 豆を甘く煮たスープのような物。金平糖のような砂糖を固めた砂糖菓子。クラッカーにスパイスのきいたジャムを乗せた物と、とてもじゃないがまた食べたいと思う物ではなかった。そして強烈に甘い。


 だが、これらが人気のお菓子なのだそうだ。

 そのことにジュリはコーヒーがない以上のショックを受ける。



「プリンとかショートケーキとかシュークリームとかないの?」

「何それ、聞いたことないなぁ」

「生クリームを使ったお菓子よ」

「生クリームって何?」


 生クリームを知らない。

 ジュリは強烈なヤバさを感じていた。



「ミルクから作るクリームなんだけど」

「バターじゃなくて?」

「良かった、バターは知ってるんだ」



 バターもミルクから取れる加工品。バターが取れるなら生クリームも取れるはず。



「例えばミルクをずっと置いてたら分離してくるでしょう?」

「ああ」

「その上澄みだけを取ったものが、生クリーム」



 ジュリも実際にそうして生クリームを取ったことはない。

 スーパーなどで売っている牛乳は、分離しないよう加工されているので放置しておいても分離するようなことはない。

 だが、町並みや人の生活を見ている限りあまり科学技術が発達していないここ。

 そんな加工はされずに売られているだろう。



「帰りにミルクも買って帰って良い?」



 米に引き続き、ミルクも。

 これは色々と手を加える必要がありそうだ。



「いいけど、その生クリームっての作るの?」

「うん。生クリームがあるとお菓子も料理にも幅ができるから絶対必要なの」

「ふーん。ジュリ様の世界のお菓子か。俺にも味見させてくれる?」

「うん。カイリークはたくさん食べるから作りがいがありそう。お米料理も食べてよね」

「米は遠慮したいんだけど……」



 お米と聞くと、カイリークは途端に嫌そうな顔をする。

 お米は飼料というので、この世界では食すのに忌避感が強いのだろう。

 だが、無理矢理にでも絶対食べさせてやる。

 きっとお米の素晴らしさが分かるはずだ。




***



「うっ、食べ過ぎた……」



 カイリークが次から次へ頼んでいく食事を、どうせならと少しずつ全ての物に手を付けたはいいが、お腹が苦しくなってしまった。


 一方のカイリークはあれだけ食べたのに飄々としている。

 いったいどういう胃袋をしているのか。

 


「ジュリ様小食だなー。あんだけしか食べてないのに」

「……カイリークが大食漢過ぎるのよ。他の人と比べて食べてる自覚ないの?」

「まあ、ちょっと人よりは食べるかなぁ」

「ちょっとぉ?」



 ちょっとどころではない。

 ジュリはまだこの世界に来て間もない。

 カイリークの量がこの世界の普通だと勘違いしてしまってもおかしくはないが、料理を運んできた店の人や周囲の客が驚いていた反応を見るに、カイリークがただ異常なだけのようだ。



「次はどこ行くの?」

「お米!お米買いに行く!」

「まじで行くの?」



 カイリークからは買うのを阻止したいという気持ちがあふれ出ているが、かまうものか。



「もっちろん!あっ、後ミルクもね」

「ミルクは神殿にあるからそれを使えば良いよ」

「いいの?」

「神殿はウルディアス神と世界樹と管理者のためにある。神殿にあるものは全てジュリ様の好きにして良いよ」



 極々一般の家庭で育ったジュリには、そういった扱いは馴れていないので、好きにしろと言われても少し困ってしまう。

 もっと傲慢な人間になれれば過ごしやすいのかもしれないが、遠慮という言葉がどうしても先立ってしまう。


 しかし一文無しである現状を考えると、多少傲慢にならなければならないのかもしれない。


 貰える物は貰っとけの精神でいくことにした。



「じゃあ、とりあえずお米ね」

「それなら市場に行こうか」



 市場まで歩きがてら、カイリークからレイシェアスについて話を聞いた。



 このレイシェアスは世界の中心に位置した島国で、どの国に対しても中立。

 ウルディアス神を信仰するウルディアス教が島の全てを取り仕切っている一つの国である。


 島の中心には世界樹があり、港や商業区など人が住んでいるのが東側、西側は深い森が続き、世界樹の神域として立ち入れるのは神殿でも上級以上の神官だけだ。

 そこでは多くの魔石が採られるらしい。



 人が住む東側には大きな町があり、信者や冒険者を対象とした宿屋や商業区があるが、店があるということはこのレイシェアスに暮らしている人がいるということだ。


 しかし世界樹のあるレイシェアスの国民になり土地を得るには厳しい審査が必要となり、それ故新興の店などは出店し辛く、レイシェアスで出している店は何百年も続くような古い店が多い。


 保守的な反面、レイシェアスには各国から多くの信者がやって来るので他国の色々な要素を受け入れる寛容さもある。

 レイシェアス世界の中心に位置するので、船が通る中継地ともなっており、各国から多くの物品がここに集まってくるので、レイシェアスで揃えられない物はないというほど、多種多様な物が集まってくる。


 果物、野菜、スパイス、調味料。

 それらが世界中から集まってくるのだから、レイシェアスの市場で探せば、向こうの世界のどんな料理が出来てどんな料理が出来ないかが分かるだろう。

 できれば和食を作るための醤油や味噌があって欲しいと心から思う。



 しかし、多種多様な物が集まるというのだが、どうにもあまり食文化が発展しているように思えない。

 パンにしてもあんなに固くては、毎日食べるのははっきり言ってしんどい。

 早急な改善が必要だ。

 ジュリの知るふわふわで柔らかいパン。

 あれが作れればサンドイッチなども作れるだろう。


 時間は沢山あるので、少しずつ手を加えたいこうとジュリは密かに意気込んだ。



 とりあえずまずはお米だ!






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