ギルドに登録しよう
町の中心部に構える建物。
町自体が古いヨーロッパの町並みを連想させるような建物が多く、ギルドの建物も例に漏れずレンガの少し古びた建物だ。
カランカランとドアベルを鳴らしながらギルドの中に入っていくと、中は多くの人で騒がしかった。
奥の掲示板にはメモのような紙がいくつも貼っており、厳つい顔の男性から若い女性まで、色んな人が真剣に見入っている。
そしてそこからメモを取った人が手前にあるカウンターへと持ってき、そこで判子のようなものを押してもらっているようだ。
カウンターの反対側にはバーのような感じになっており、テーブルで飲み物を飲みながら話をしている者達もいる。
物珍しそうにギルドの中を観察していると、カイリークに肩を叩かれる。
「受付に行くよ」
向かったのはカウンター。
そこには女性が立っており、ジュリの番がやって来るとにっこりと微笑む。
「ようこそいらっしゃいました。
ご用件は何でしょう」
「ギルドの登録をしたいんですけど」
「かしこまりました。ではこちらにご記入下さい。文字が書けない場合は代筆も致しますが?」
代筆をわざわざ言ってくるということはそこまで識字率は高くないのかもしれない。
「いえ、大丈夫です」
女性はジュリに紙を渡すと、「書いて待っていて下さい」と言い、並んでいる別の人の対応へと向かった。
紙には、名前や出身地、保持属性といった基本的な情報を書き込む欄があった。
名前は良い、出身地はレイシェアスにして、問題は保持属性だ。
ジュリは管理者なので全ての属性を使えるが、普通持っている属性は一人一つ。
ここで素直に全てと書いてしまえば、自分が管理者だと言っているようなもの。
ジュリはおおっぴらに管理者だと主張するつもりはない。
絶対に面倒臭いことになるのは目に見えているから。
属性を何にしようか……。
悩んでいると、書き進めないジュリを不信に思ったカイリークが声を掛ける。
「どうした?」
「うん、属性をね……」
それだけでカイリークにはジュリの言わんとしていることが伝わったようだ。「ああ、なるほど」と、カイリークが頷く。
「持っている奴が多い属性は水、火、風、地だな。次に植物、氷で、治癒を持ってる奴は少数で、空間、闇、光なんてのはほんの数人。
ちなみに猊下は光属性持ちな。
ジュリ様はどんな冒険者になりたいんだ?」
「どんなって?」
「喫茶店もやりたいって言ってただろう?どっちに重きを置くかだ。
冒険者に比重を置くなら防御も攻撃もできる属性の方が良いかもだし、喫茶店中心なら、喫茶店で働くのによく使いそうな属性にしといた方が良いんじゃない?
どっちにしろ普段から人前では一つの属性しか使わないようにした方が良いよ。バレるから」
「そっか」
喫茶店と冒険者。ジュリがしたいのは間違いなく喫茶店だ。そのためにこれまで頑張ってきたのだから。
となると、治癒や空間は却下。
ジュリはお店を持ったら家庭菜園を行って、自家栽培の野菜を使ったメニューに載せたいと思っていた。
なら、もう決まったようなものだ。
それに属性の中で最も相性が良い。
ジュリは属性の欄に植物と記入した。
「おっ、決まった?」
「うん、植物にした」
「そうかそうか。じゃあ、それを提出しないとね。そこの綺麗なお姉さーん書けたよー!」
先程までジュリを対応していた女性がくすくすと笑いながら戻ってきた。
恥ずかしげもなく大声を出すカイリークにジュリの方が恥ずかしくなってしまう。
女性がジュリの差し出した紙を確認していく。
「はい。では登録致しますね。手を出して頂けますか?」
言われるまま右手を差し出すと、女性が手の甲に判子のようなものをポンと押した。
静電気のようなちりっとした痛みが一瞬走り、手の甲を見てみると、赤い小さな花弁の模様がついていた。
「そちらは冒険者の証であると共に、冒険者のランクを示しています。
初心者は花弁一つから始まり、依頼を熟していく毎にランクは上がり、最高ランクは六枚……六花となります。
頑張ってランクを上げて花弁の枚数を増やしていって下さいね。
こちらが説明書となっておりますので目を通しておいて下さい」
そう言って女性は小冊子を渡した。
「本日依頼は探されますか?」
「いえ、今日は良いです」
「もし依頼を受けられるのでしたら、あちらの掲示板に依頼内容が張り出されていますので、受けたい依頼が書かれた紙を持って受付にお越し下さい」
「分かりました」
どうやらこれで登録は完了のようだ。
あまりに簡単で呆気に取られるほど。
「予想より早く終わったな。ちょっと早いけどお昼食べに行く?」
「うん」
この町でも人気だという喫茶店へと連れて行ってもらう。
外観や内装は普通で、内装などを見ながら、ジュリは可愛らしいカントリー風のお店にしたいと考えていた。
昼時には少し早いことから、すんなりと席に着け、店員から渡されたメニュー表を見ていく。
カイリークはメニュー表を受け取ったが、周囲を窺ってみるとメニュー表を受け取らず店員からメニューを聞いている人もいた。
それを見てジュリに疑問が浮かぶ。
「そう言えば、この世界の識字率ってどうなってるの?」
文字を書けない人が多いなら、お店を出す時にメニュー表以外に内容を教える方法を考えなくてはいけない。
「そうだな、レイシェアスは大体七割程度の人間は読めるよ」
「そんな低いの!?」
ジュリは驚いたが、カイリークもジュリの言葉に驚いた。
「えっ、低いの?これでも他国に比べれば高くて自慢なんだけどなあ」
「私がいた国はほとんどの人が読めてたから。事情があって読めない人以外は」
「ほとんどか、凄いね」
「そっか、七割で高いぐらいなんだ」
ということは、他国はもっと字が読めない人が多いようだ。
他国でお店を開くなら何か考えなくてはならない。
「学校はないの?」
「あるよ。大体どの国も十歳から五年ほど学校で学ぶ。
でも、家の手伝いや仕事で学校に行けない奴は多いんだ。するとそういう子は大概読めないまま大人になっていく」
「五年かあ、短いね」
「そうかな?まあ、さらにその上の教育課程もあるけど、そこで勉強するのは将来国を担うような一握りの人間だけだから」
「そうなんだ」
子供が働いていて学校に行けないというのは、ジュリの世界でも他の国ではテレビなどで聞いたことがある。
だが、実際にそういう世界に触れるのはカルチャーショックを受ける。
ここは日本じゃないんだなと教えられる。
「さっ、何頼む?」
気を取り直しメニュー表を広げて見てみるが、良く分からない文字の羅列が並んでいる。
何とかの炒め物や何とか揚げ。
恐らく素材の名前だろうが、ジュリには何なのか全く分からない。
「この世界の定番や人気の物、カイリークが適当に選んで」
カイリークに丸投げすると、カイリークは店員を呼び、次から次へと注文をしてく。
あまりの多さにジュリもぎょっとした。
「カイリーク、頼みすぎ!」
「大丈夫大丈夫」
そうは言うが、案の定テーブルに乗りきらないほどの料理が運ばれてきてしまった。
「食べきれないよ、どうするの!?」
「食文化を知りたいなら沢山食べる方が良いでしょ。大丈夫、残ったのは俺が食べるから」
いや、とてもじゃないが二人で食べきれる量とは思えない。
「まあ、とりあえず、いただきます」
まずは無難に魚を焼いた物に手を付ける。
このレイシェアスは海に囲まれた島国だけあり、海産物が豊富なのだという。
ただ塩で焼いただけの魚だが、新鮮で美味しい。
だが、カイリークに聞いてみると残念なことに生で食べる文化はないようだ。
お寿司が食べたくなったらどうしようかと思ったが、そもそも米はあるのかという疑問にぶち当たる。
ここに来てからまだパン以外の主食を見ていないのだ。
これから先米なしで生きていくのは日本人としてかなり厳しい。
「ねぇ、カイリーク。お米ってある?」
「米?……ああ、あの家畜にやる餌か」
「家畜……」
ショックとしか言いようがない。
あんな美味しい物を家畜の餌だけで済ませるとは、怒りすら覚える。
「食べ終わったらお米買いに行きたいんだけど良い?」
「いいけど、家畜の餌なんかどうすんの?」
「食べるに決まってるでしょ」
そう言った瞬間、カイリークの顔をが引きつった。
「えっ、食べるって誰が……」
「私に決まってるじゃない」
「いやいや、家畜の餌だよ!?人間の食べる物じゃないって」
「その言葉忘れないでよ!絶対に美味いと言わせてやるから!!」
「えー、嫌だよ、俺食べるの」
「おだまり、命令よ」
「ひでぇ、こんな時に権力使うなんて」
お米布教のためだ。使える権力を今使わずにどうするのか。
カイリークとて一度お米の魅力を知れば離れられなくなるはずだ。
パンを手に取りガブリとかじりつく。
が、神殿で食べたパンよりも固いパンに「ぐっ」と呻く。歯が折れるかと思った。
「固っ!何これ!?」
「ジュリ様、パンにかぶりついたらそうなるよ」
呆れたようにジュリを見るカイリークは、パンを一つ取り、一口大に千切ると、スープに浸してから口に入れた。
「パンはこうやって食べるの。
神殿のパンと違って、一般市民が食べてるパンは純粋な小麦粉だけで作ってる所は少なくて、粉に色々混じってるから固いんだよ」
ジュリにしてみれば神殿のパンも十分固かったのだが、それよりさらに上があるとは驚きだ。
たしかにこの固さではスープなどで柔らかくしなければとても食べられた物ではない。
異世界生活二日目、日本の柔らかいパンが早々に恋しくなってきた。
「これは要改善ね」
パンを千切りながら、ジュリはそう呟いた。
喫茶店で出すなら、日本で食べていたような柔らかいパンがいい。
その後も大量に並べられた料理を全種類食べながら、カイリークにどういう物か説明を受ける。
頑張って食べていったものの、やはりというか大量に残ってしまった。
どうするのかとカイリークに視線を向ければ、あれよあれよという間に大量の食べ物はカイリークの胃袋の中に収まっていった。
「どういう胃袋してるの……?」
筋肉の付いた精悍な体つきではあるものの、特段大きいわけでも太っているわけでもないカイリーク。
いったいどこに消えていくのか謎である。




