町に行こう
夜になり、ジュリの部屋に食事が運ばれてきた。
この世界の食文化を知ることができる。
どきどきとわくわくがない交ぜとなった気持ちで、テーブルに並べられていく食事を眺める。
今日のメニューはサラダとパンとスープとステーキらしきもの。
異世界だからとんでもない物が出てくるかと思ったのだが、その無難な内容に残念なようなほっとしたような。
ただ、このステーキが元はどんな生き物のお肉なのかは気になるところだ。
スプーンを持ちスープを一口飲む。
(うん、普通の味だ)
今度はナイフとフォークを持ち、お肉を切って口に運ぶ。
少し固い気もするが、問題はない。
これから先暮らしていくのに食生活が合うかどうかは重要なことだが、問題なさそうだ。
食べる手を早める。
パンを手に取り半分に割ろうとしたが、予想外に固く、千切るのに苦労した。
フランスパンやドイツパンのように、表面は固くかなり歯ごたえがある。
ツェスカに聞くと、これが一般的なパンらしい。日本の柔らかいパンに慣れているジュリにこの世界のパンは少し強敵かもしれない。
そんなジュリの食べている様子を見ていたツェスカが、感心したような表情を浮かべる。
「ジュリ様のお生まれは貴族か王族だったのですか?」
「え?」
「とても食べ方がお綺麗ですので。
きちんと食器を使って食べられていて、その仕草も無理をしておらず自然でしたから、ちゃんとした教育を受けられたと思ったのですが。
もし食器の使い方が分からないようでしたらお教えするように言われていたのですが、必要なさそうですね」
幼児ならまだしも、子供でもスプーンやフォークを使って食べるのは当たり前のことだ。
だが、ツェスカの言い方では普通のことではないらしい。
「別にこれぐらい普通だと思うけど、こっちの世界は違うんですか?」
「はい。神殿の者は皆教育を受けていますので、きちんと食器を使って食事をします。
ですが、町の者にはフォークやナイフをきちんと扱えず、ナイフをフォークのように突き刺してそのまま口で噛み切ったり、面倒だからと手掴みで食べるようなマナーのなっていない者も多いですね。
ジュリ様のように上品に食べられるのはきちんとした教育を受けた上流階級の者だけです」
「へえ」
「とくに冒険者などは粗野も粗野。
ランクが高い者は貴族や王族とも関わることがあるのでそんなことはありませんが、低ランクの者など目も当てられません。
明日は町に出られるということですので、くれぐれもお気を付け下さいね、ジュリ様」
冒険者という言葉にジュリが反応する。
「冒険者?」
「ええ、魔物から得た魔石や、薬草などを売ったり、依頼を受けたりして生計を立てている者達のことです。
他にもダンジョンを探索したりですね」
魔法や魔物がいるのだから、冒険者などもいるかもしれないと思っていたのだが、本当にいたようだ。
しかもダンジョンまであるらしい。
がぜんテンションが上がる。
「その冒険者って私もなれる?」
「えっ、ジュリ様がですか?
はあ、まあギルドに登録さえすれば誰でもなれますが……。」
あまり気乗りしない様子のツェスカ。
それでも、ジュリがギルドについて説明を求めれば話してくれた。
「中立であるこのレイシェアスに本部がありまして、支店が世界各国にございます。
どこかで登録してしまえば、本部と支店全てで情報が共有されますので、このレイシェアスで登録してしまえば他国でも冒険者をできますよ」
そうと決まれば、明日行く場所を追加せねば。
せっかく魔法のある異世界に来たのだからと、ジュリは存分に満喫する気満々だった。
遠足を楽しむ子供のように少し興奮しすぎたのか、その日は中々眠れず翌日欠伸を噛み殺しながら起き上がった。
顔を洗いに洗面所に行く。
ここでも魔石の付いた蛇口があり、魔石に魔力を流してみると水が出てきた。
自分でもできたことに感動しつつ、歯を磨き顔を洗う。
そうして寝室を通り、部屋の方に行ってみると、ジュリの行動を見ていたのではと思うほどタイミングよく朝食が並べられていた。
「おはようございます、ジュリ様」
にっこりと待ち構えていたツェスカにおはようと返し、席に着く。
朝食のメニューは昨日も食べるのに苦労したパンとスープとスクランブルエッグのような物。
朝食としては定番なメニューだ。
ただ、なんの卵なのかは少し気になるところだ。
この世界にもニワトリがいるのか、はたまた別の生き物の卵なのか。
知るのが怖い気もするが、喫茶店をするのに卵料理は必須。
この辺りの確認も必要だなと考えながら、朝食を平らげる。
「食事が終わりましたらお着替えをなさって下さい。
町に出るのに相応しい服をご用意しております」
クローゼットに入っていた服は、管理者として相応しい質の良い服のようで、町に出るのは少し質を落とした物を着た方が良いという。
あまり質の良い物を着ると、誘拐やからまれたりする可能性があるかららしい。
どうやら日本ほど治安はよくないようだ。
着替え終えると、次にルーンバルツの元へ向かう。
部屋に入ると、朝からきらきらのエフェクトがかかったような笑みを浮かべるルーンバルツに迎え入れられる。
そのルーンバルツの後ろにはにこにこと人の良さそうな笑みを始終浮かべている茶髪の男性。
柔和な雰囲気で整った顔立ちをしており、女性にもてそうだ。
「そちらは?」
「この者が本日ジュリ様の案内人兼護衛を務めますカイリークです」
紹介されたカイリークはジュリの下に歩いてくると、その場に跪く。
「カイリークと申します」
そんな仰々しいカイリークの行動に戸惑いを隠せずにいると、ぱっとカイリークが顔を上げ、へらりと笑う。
「いやぁ、次の管理者様がこんな可愛い女の子で、これからデートできるなんて、俺ってば役得。
俺が手取り足取り、何でも教えてあげるからね」
何というか、チャラい……。
「カイリーク!ジュリ様に対して何という話し方だ!」
青筋を浮かべてルーンバルツが怒鳴るが、叱られたカイリークは全然堪えた様子はなく、はーいとこれまた軽い返事をしながらルーンバルツの後ろへ下がった。
「申し訳ございません、ジュリ様。このように軽薄な男ですが、強さは神殿一です。
それに町のことにも精通しておりますので、ジュリ様のお知りになりたいことにも答えられるでしょう」
「きちんと町を案内してくれるならいいです」
ルーンバルツがそれでもあえて案内人として選んだということは、信用はできる者なのだろう。
ジュリとしても、町のことをよく知っている人の方がいい。
それにルーンバルツのように丁寧に接されるよりは気楽に町を散策できそうだ。
「じゃ、早速行こうか、ジュリ様」
カイリークは素早くジュリの手を取ると、手を引いて部屋を後にした。
ジュリの今いる神殿は奥神殿と外神殿が渡り廊下で繋がっている。
世界樹を中心に、その周りに奥神殿がある。
そこは管理者であるジュリの部屋や教皇であるルーンバルツの部屋などがあり、上級神官以上の者しか入ることができない。
そしてその奥神殿の外側に外神殿。
ここは神官達の部屋や、世界各国から訪れる信者達が世界樹にお祈りする祭壇がある場所でもある。
奥神殿と比べ神官達の数も多く、信者達が昼夜問わずひっきりなしに詰め掛けていて、いつも賑わっている。
まず町へ行くために奥神殿から渡り廊下を渡って外神殿へと行く。
まだ朝だというのに神官達は忙しそうに働いており、祭壇へ向かう信者が外にまで列をなしていた。
「凄い数ね」
「世界各国から来るからね。今はまだ少ない方だよ。昼頃になると外からの船が続々到着するからもっと人が増えるよ」
「これより?うわぁ」
敬語もないカイリークに、ジュリも自然と砕けた話し方になる。
神殿へと向かう人達に逆らうように歩いていくと、すぐに町が広がっていた。
神殿へと続く道は一本の大通りが通っており、それが港まで続いているらしい。
道もしっかりと舗装されており、石畳がどこまでも続いている。
町中ではすでにお店や屋台が開店しており、賑わいを見せていた。
見たことのない品もあり、ジュリはキョロキョロと目移りしながら歩いていると、人とぶつかりそうになったが、すかさずカイリークがフォローする。
「ありがとう」
「町初体験だから興味があっちこっち行くのは分かるけど、気を付けてね。
とりあえずジュリ様はどこに行きたい?」
「私喫茶店を開きたいの。だからまずはこっちの世界の食生活……この世界の喫茶店でどういうメニューを置いてるか見てみたいの。
……だけど朝食さっき取ったところだからまだお腹空いてないかも。
……そうだ、ギルドに登録したい!」
「でも喫茶店するんでしょう?冒険者にもなるの?」
「だって折角異世界来たんだし満喫しないと。冒険者にも興味あるんだよね。
それに魔石を売りたいの。ギルドで買ってくれるんでしょう?」
「買ってくれるけど、いつの間に魔石?
ジュリ様まだ魔物と会ってないよね?ずっと神殿にいたんだから」
「作ったの。私今無一文だから魔石を売ってお金を稼ごうと思って」
魔石は自分の魔力を固めてもできる。
魔石の質はや大きさは製作者の魔力の質や強さに影響させるが、ジュリの魔力は世界樹から供給されている。
きっと最上級のものができたはずだ。
ジュリが魔石を作ったのは、興味もあるが一番は資金の調達のため。
喫茶店を作るには資金が必要になる。
だが、まだこの世界を知らないジュリは稼ぐ方法を知らない。
唯一売れて作り方を知っている魔石でお金を稼ごうと思ったのだ。
「ちなみにその作った魔石見せてもらって良い?」
どこか引きつったような表情のカイリークに、ポケットから出した魔石を渡す。
三つほど作ってみたのだが、最初に作ったのは小さくごつごつとして形が一定していないが、二個目、三個目と段々慣れてきて大きさも形も良くなっている。
魔石を見たカイリークは「これ売っちゃ駄目だわ」と一言。
「ええ、どうして!」
ジュリは不満を訴える。
「何この色。こんな質の良い魔石一級の魔物倒さなきゃ出てこないよ!」
カイリークによると、魔石の値段は大きさも関係するが、一番は魔石の色。
その色が透き通っていればいるほど質が良く、高値で売れる。
そしてジュリが作った魔石は透けるような透明度の高い物。
「こんな質の良い魔石、普通の人間は作れないから、どうやって手に入れたってなるから!
へたすれば一級の魔物が出たって大騒ぎになるから!」
無知な子供に言い聞かせるようにカイリークが頭を掛かえる。
「一級の魔物って?」
「魔物の強さのランクを示した数字で、数が大きいほど弱くて、低いほど強い。
一級となったら国の軍隊が出るレベルの魔物だよ。
そんな魔物しか取れないような魔石をギルドに持ってったら、大騒ぎになるから売ったら駄目!」
「ええー。でも私お金ないいし」
これを売らなければいつまで経っても無一文だ。
「そもそもジュリ様はお金を稼ぐ必要なんてないんだよ。
管理者様なんだからジュリ様のお世話は全て神殿がする。
ほら、今日だって猊下からお金ちゃんともらってるし」
カイリークの懐から取り出した袋の中を見せてもらうと、中にはたくさんの硬貨が入っていた。
「これ全部ジュリ様のためのお金だから、お金を稼ごうなんて思わなくて良いんだよ」
「えー、でもなんか申し訳ないなぁ」
「ジュリ様はこの世界を支える世界樹の管理者様なんだから、当然の待遇なの。ジュリ様が居なきゃ世界樹が枯れて世界滅亡なんだからさ。
それにジュリ様には世界各国の国から支援金が入ってくる。
これは世界樹を守る管理者に対する、各国の報奨金みたいなものだ。
このお金もそこから出してる、ジュリ様が好きにして良いお金だよ。
わざわざ稼がなくったって、ジュリ様はもうお金持ちなの。無一文じゃないの。分かった?」
カイリークのあまりの迫力にうんと頷くジュリ。
「くれぐれもこんな魔石売っちゃ駄目だよ。
ギルドが混乱するから。
売るならもっと質を落とした物にして」
「はーい」
念を押されてダメ出しされては、ジュリもそれ以上売ろうとは思えない。
面倒くさいことになるのはジュリも嫌だ。
「でも、冒険者登録はしたいからギルドには行こう」
「それはいいけど、本当に行くの?
冒険者ってけっこう荒くれ者が多いからあんまりジュリ様を連れていきたくないんだよね。猊下が知ったら何て言うか」
「そのためにカイリークがいるんでしょう。
冒険者ってなんか憧れるじゃない。魔法の世界って感じで」
「俺には良く分かんないけど、ジュリ様がそこまで行きたいなら行こうか。
でも俺の側から絶対に離れないでね」
「うんうん」
二人はギルドに向けて歩き出した。
 




