世界樹と同調しよう
ぱちりと目を覚ましたジュリの視界に飛び込んできたのは、清々しいほどに晴れた青い空と、その空を覆い尽くしそうなほど天高くそびえる緑の葉が茂る大樹。
そして鼻腔をくすぐる土と青臭い草の匂い。
地面に横たわるジュリは、辺りを見回しながらゆっくりと起き上がる。
「ここは……」
きょろきょろと周囲を見回し、今置かれている状況を必至で理解しようとする。
目の前にはこれでもかと存在感を主張している大樹があり、その周囲は草原が広がっていた。
草原の向こうには背の高い樹木が見え、さらにその向こう側に白い建物の屋根が見える。
恐らく近くに人がいるのだろう。
未開の地に飛ばされたのではないようでジュリはほっとする。
大樹以外他に誰かがいるわけでもない。
危険はなさそうだと判断すると、ジュリは目の前の大樹に歩み寄る。
「これが世界樹だよね?」
他に樹木はないので、正しいはず。
それに、普通の木とは違う、大きな力のような波動を目の前の木からは感じる。
神様によると、同調をしなければならないらしい。
行けば分かるとのことだが、さっぱり分からない。
とりあえずジュリは世界樹に近付き、手を伸ばす。
大人が二、三十人ぐらい手を繋いで輪になった位の大きな幹。
大樹自体がわずかな光を帯び、葉はきらきらと輝いているように見える。
恐る恐る大樹の幹に触れると、体温などあるはずがなく確かに冷たいのに何故か温かく感じ、とくんとくんと鼓動を打っていた。
そのことに驚いたジュリは、ぱっと手を離し、目を丸め大樹を見上げる。
風が吹き、葉が擦れさわさわと音を鳴らす。
それがまるでジュリを歓迎しているように感じたのはジュリの気のせいなのか……。
意を決したように、もう一度幹に触れる。
今度は指先で触れるだけでなく、手のひらでしっかりと。
気のせいではなく確かに感じる鼓動。
次にジュリはその大きな幹に手を広げ抱き付くと、耳をあてた。
目を閉じると尚強く感じる鼓動に耳を澄ませると、自分の鼓動と重なり、まるで世界樹と一体になったような不思議な感覚がした。
そのまま身をゆだねていると、どんどん深く世界樹と重なり合うような感覚。
次の瞬間、ぱっと開ける視界。その世界樹を通して、世界に広がる世界樹の魔力が手に取るように分かった。
ジュリはゆっくりと世界樹から離れる。
「これで同調できたのかな……多分」
これが正しいのか分からないが、世界樹を通して世界の力の流れが分かる。
きっとあっているはず。
「さて、これからどうしよう……」
神様によると、必要なことは教皇に聞けば良いと言っていたが、周囲には人っ子一人見当たらない。
「とりあえずあの建物のある方に行ってようかな」
先程から草原のずっと向こうに見ていた白い建物。
あそこに行けば誰かしらはいるだろうと考えたジュリはとりあえずそこを目指して歩き出した。
しばらく歩いていると、建物のある方向から白い何かがやって来る。
足を止め、その何かを目を細めて見る。
それは人の集団だった。
青銀の長い髪をなびかせ、教会の司祭が着るような真っ白な祭服を着た美形の男性が、後ろに同じ真っ白な服を着た集団を引き連れてこちらに爆走してくる。
「え゛っ」
あまりに必死の形相で走ってくる集団に、逃げるべきか待つべきか考えている間に、集団はもう目の前に。
青銀の髪の男性はジュリの下に一直線に走ってくると、ジュリの目の前で止まりその場に跪いた。
その後ろの集団も揃えたように一斉に跪く。
何が起こっているのか分からないジュリが困惑していると、先頭にいた青銀の髪の男性が顔を上げた。
近くで見るとなお美しさが良く分かるその男性は、深い青い瞳をジュリに向け、にっこりと微笑んだ。
「ようこそおいで下さいました、ジュリ様。
あなた様のお越しを心よりお待ち申し上げておりました」
「はあ、どうも。……って、私の名前」
名乗ったつもりもないのに、目の前の男性は確かにジュリの名を口にしていた。
「先程、我らが絶対神ウルディラス神より神託が降り、ジュリ様が世界樹の御許にいらっしゃることをお聞きし、急いでこちらに参った次第です」
「ウルディラス……あの神様そんな名前だったのね」
「私は世界樹があるこの地、レイシェアスをまとめる教皇ルーンバルツと申します。
どうぞ親しげにルーン、とお呼び下さい」
きらきらとしたエフェクトがかかりそうな輝くような笑顔を向けられる。
そう呼ばないと許されないような無言の圧力を感じ、ジュリはたじろぎながらも「どうぞよろしく、ルーンさん」と答えた。
すると、「いえいえ私などに敬称を付ける必要などございません」と言うので、素直に「ルーン」と呼び捨てにすると、大層嬉しそうに微笑んだ。
教皇というのでてっきりお年寄りを想像していたのだが、自らを教皇だと名乗るルーンバルツはかなり若い。
彼の後ろにいる人達の方が年上に見え、むしろそっちの人の方が教皇なのではと思う人がちらほらいる。
「えーと、私そのウルディラス?様にほとんど説明も受けないままこっちに送られたんで、これからどうしたら良いかも全く分からないんですが」
「ええ、ウルディラス神より聞き及んでおります。異世界よりお越しだとか。
さぞかし困惑されていることと存じます。ひとまずゆっくりとお茶でも飲みながらお話し致しましょう。どうぞこちらへ」
「はい、お願いします」
どうやらジュリの状況と、心の動揺を理解してくれているらしいルーンバルツに少し安堵する。
ルーンバルツに案内されながら向かったのは、先程からわずかに見えていた白い建物。
西洋のお城を思わせる真っ白な建物は、厳かな雰囲気を出しており、至る所に世界樹を描いたと思われるモチーフがあしらわれていた。
ぞろぞろと後ろに引き連れながら建物の中に入り、廊下を歩いていれば、ルーンバルツや後ろに付いてくる人達と同じ服を来た人が、多くいた。
というより祭服のような白い服を着た人しか見当たらない。
そんな人達は、ジュリが来るのを待ち構えていたように廊下の端に寄り、頭を下げ跪いている。
まるで大名行列が通っているかのようなその光景に、先頭を練り歩くジュリの頬が引きつる。
どこまで続いているのか、もしかしたらこの建物にいる人全員が廊下に並んでいるのかもしれないと思うほどずっと続いている。
ひたすら跪かれ、居たたまれなさを感じつつ案内された部屋。
どこかの応接室だろう。
沈み込むような質の良いソファーに座ると、その向かいにルーンバルツが座った。
ずっと後ろから付いてきていた人達が付いて来たのは部屋の前までで、少ししてお茶を運んできた人が入ってきたが、その人が立ち去った後はルーンバルツと二人っきりだ。
にこにこと始終人の良い笑みを浮かべているルーンバルツ。
お茶を一口飲んだ後、カップをテーブルの上に置くと先に口を開いた。
「改めまして、ようこそおいで下さいました、この世界樹を有するレイシェアスに。
教会に属する全ての者を代表して新たな管理者のお越しをお喜び申し上げます。
我ら一同、世界樹の管理者たるジュリ様に精一杯お仕えさせて頂きます」
「あ、ありがとうございます」
「異世界から来られて戸惑われておられるでしょう。
ジュリ様のことはウルディラス神より任されております。
まずは、聞きたいことがございましたら仰って下さい」
聞きたいことなら沢山ある。
だが、まずは何を聞くべきか、ジュリは頭の中で考える。
世界樹のこと、管理者のこと、それが先に浮かんだが、ここに来る前神様に強制的に与えられた情報の中にそれらは入っていたようで、知るはずがないのに情報としてジュリの頭の中に入っていた。
なので、とりあえず聞きたいのはここがどこなのか。
「管理者や世界樹のことは教えられたので大丈夫です。
でもそれ以外の、この世界のこととかこの世界の常識とかは全く分からなくて。必要なことは教皇に聞けと神様に言われたんです。
あなたがその教皇ですよね?
教皇っということはここは教会ですか?」
「その通りです。
今我々がいるここは、世界の柱とも言える世界樹が存在する島国で、他国から世界の中心と呼ばれているレイシェアスと呼ばれる場所です。
ここはウルディラス神を信仰するウルディラス教の総本山でもあります。
レイシェアスという国はどの国に対しても中立を維持し、この教会はレイシェアスを治めると同時に、世界樹のあるこの島を守り、世界樹の管理者様のお世話をさせて頂くのを使命としております」
ジュリにとって一番心配なのは、教会が、そして教皇が自分の味方なのか、不利益を与えない者なのかだ。
神様が必要なことは教皇に聞けと言うぐらいなのだからひとまず頼って良い相手のなのだろう。
どの国に対しても中立というのは素直に安心した。
世界樹はこの世界の命運を握っていると言って良い。
それを有するレイシェアスが、どこかに派閥に属するとなると面倒事の予感がする。
中立ならば政治的に巻き込まれる心配は、全くないとは思わないが、少なそうだ。
「他に何かございますか?」
「えーっと」
そう言われても何から聞いて良いのか、何が分からないのかすら分からない。
ただ、分かっていることはある。
そう、自分の店を持つということだ!
「私自分のお店を持ちたいんです!
神様から世界樹の管理しながらでも、お店を持てるって聞いたんです。
かまいませんか?」
ルーンバルツはジュリの話が予想外だったのか、一瞬目を見張ったが、すぐに表情を元に戻した。
「かまいませんよ。
先代の管理者様も、長い長いお年をお好きなように過ごされておりました。
お店を持ちたいと仰るなら、喜んでご支援致しましょう。
ですが、ジュリ様はこちらの生活を何一つお知りにならない。
まずは、この教会でお過ごしになり、こちらの生活に慣れてから少しずつ進めていきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
念願のお店が持てる。
ジュリは破顔し、頭を下げた。
「分からないことは遠慮せずに何でもお聞き下さい。
ご不便がないよう、我ら一同心を尽くして仕えさせて頂きます」
「ありがとうございます」
ジュリの管理者としての新しい生活が始まった。