エリクサーを作ろう 1
「……じゅう、じゅういち、じゅうに……っと、完成!」
ジュリは今魔石を作っている。
属性を込めていない、ただ純粋な魔力の魔石なので、全て無色透明だ。
作った数は十二個。その魔石に一から十二の数字を刻んでいく。
「よし、できた。ギョロちゃん達おいでー」
ジュリが呼ぶと、十二体の花の使い魔が「ぎょぎょ」と言いながら近付いてくる。
その様子はどことなく嬉しそうに見える。
ギョロちゃんというのはジュリが付けた彼らの名前だ。
一人一人名前を付けるには、彼らは同じ姿なので判別が付かないと諦めた。
その代わり彼らに数字を刻んだ魔石をペンダント送ることにした。
「皆好きな数字のペンダント取ってね」
するとギョロちゃん達は嬉しそうに鳴きながら自分の好きな数字の刻まれたペンダントを手にしていく。
「じゃあ、点呼します。
ギョロちゃん一号」
「ぎょ!」
「ギョロちゃん二号」
「ぎょぎょ」
「三号」
「ぎょー」
と、十二号まで点呼を取る。
「よしよし、皆に行き渡ったね。
番号が決まったところで、お仕事を振り分けます。
一号から三号は植物のお世話、四号から六号は作物の収穫、七号から九号はコーヒーの製作、十号から十二号は手の足りないところの応援です。分かった?」
「ぎょー」
「コーヒーは需要があるからどんどん作っていって良いからね」
「ぎょぎょ」
はーいと返事するように揃って鳴き声をあげるギョロちゃん達。
コーヒーを上級神官達に飲ませてからというもの、一度だけでは満足できず、また飲みたいという声がたくさん出ているのだ。
しかし、ジュリの作った畑では全員を満足させる量は収穫出来ず、そればかりか喫茶店で出す分まで賄えなくなってしまった。
すでにカフェイン中毒者となりつつあるルーンバルツから畑を広げてくれないかという要望があり広げたはいいが、コーヒーにするまでは時間も手間も掛かる。
それを言うと、上級神官が交替でコーヒーの製作を手伝うことになった。
どんだけ飲みたいのだ。
自分達の仕事は良いのかと突っ込みを入れたい。
まあ、そういことで、今コーヒーの需要が一気に高まっているのだ。
ギョロちゃん達に指示を出すと、各々一斉に動き出した。
「……ん?」
何か不思議な感覚がした。
誰かに呼ばれているような、無性に行かなければと思うようなそんな感覚。
心臓がとくとくと熱く鼓動を打つ。
ふと頭を過ぎったのは青く茂った大樹。
「もしかして、世界樹?」
半信半疑のまま世界樹の元に向かうと、近付いていくにつれ、確信に変わっていく。
呼ばれている。世界樹に。
世界樹は創生より変わらぬその姿でジュリを迎える。
しかし今日はいつもと様相が少し違っていた。
天までそびえる幹と、空を覆うような葉は変わらないが、その下、地面には剪定した後のように葉っぱの山が出来ていた。
「何これ」
世界樹は普通の木ではない。
よほどのことがないと、葉が落ちるなんと言うことはないのだ。
何がどうなってこうなったのか。
もしかしたらどこか調子が悪いのかもしれない。
そう思って世界樹に手を置き世界樹の様子を見てみたが、いたって健康。どこも悪くない。
首を捻っていると、世界樹から意志のような物が届く。
世界樹は話せないが、管理者であるジュリにはなんとなくだが世界樹と意思の疎通ができる。
世界樹からは、あげる、プレゼント、といった意志が伝わってくる。
「くれるの?」
そう問い返すと、風もないのにざわざわと木々が揺れる。まるでジュリの言葉を肯定するように。
「ありがとう」
ジュリは両手を広げ、ぎゅうっと世界樹に抱き付いた。
とくんとくんと世界樹の鼓動を感じる。
世界樹に触れていると穏やかな気持ちになるのは何故だろうか。
同調しているからなのだろうか。まるで欠けていた半身が戻ってきたような充足感がある。
頬を寄せた後、惜しむようにゆっくりと離れた。
足下にはたくさんの葉っぱ。
世界樹の葉からはエリクサーという万能薬が作れるというのは、一般市民にも知られた事実だ。
しかし世界樹は滅多に葉を落とさないし、落としたとしてもそれが世に出ることはない。
それ故伝説のように語られる半信半疑の代物となっているが、それを信じて求める者は後を絶たず、島の西側から島へ侵入し、神殿の目を盗んで葉を得ようとする者が時折現れるのだが、世界樹に触れる事ができるのは管理者だけ。
そして、エリクサーを作ることができるのも管理者だけなのだ。
ジュリは風で葉を集めると、指輪の中に入れていた籠を取り出しその中に入れていく。
山盛りになった籠を抱え、世界樹に別れを告げると、神殿へと戻った。
エリクサーを作るには器具がいる。
全て調理場で揃えられる物ばかりなので、調理場に向かっているとカイリークと鉢合わせた。
「こんにちは、ジュリ様。随分と大荷物だね」
「カイリーク」
「それ何々、葉っぱ……?どっかで落ち葉の掃除でもしてきたの?」
「世界樹の葉っぱよ」
そう告げた瞬間、カイリークはぎょっとした顔をする。
「はっ!?それ世界樹の葉なの!?」
「うん」
「そんなに世界樹の葉が落ちるなんて何したの、ジュリ様!毟ったの!?」
世界樹が葉を落とすことは滅多にない。
落としたとしても数枚の葉だけ。籠が山盛りになるほどの葉など普通ではないのだ。
カイリークの驚きも仕方がない。
しかし、ジュリが何かした前提で話すのは如何なものなのか。
「失礼ね。そんな可哀想なことしないわよ。
世界樹がくれたの。プレゼントだって」
「世界樹が?」
「うん」
「えっ、世界樹って話せるの?」
「話せないけど意志は伝わってくるもの」
カイリークは何故だか難しい顔をしている。
「管理者って世界樹と意思の疎通できるの?
でも、先代の管理者はそんなこと一言も言ってなかったけど。それに世界樹の意思で葉を与えるなんて……」
ぶつぶつと呟いている言葉はジュリには届かなかった。
その時、一枚の葉が籠から落ち、ひらひらとカイリークの足下に落ちた。
反射的にそれを拾おうとしたカイリークだったが、手は葉をすり抜け、まるで幻のように掴むことができない。
「あっ、私が拾うから」
ジュリが手を伸ばすと、今度は手をすり抜けることなく掴むことができた。
「そっか、世界樹の物に触れるのは管理者だけだったね」
世界樹は魔力の集合体。
そこにあってそこにない。
触れることができるのは管理者のみ。
世界樹の葉も同様だ。
それ故葉を盗みに来た者が成功した例はない。何せ触れないのだから。
だからエリクサーを作れるのも管理者だけなのだ。
「欲しい?葉を食べたら寿命が延びるわよ」
世界樹の葉をそのまま食べると百年寿命を伸ばすことができるのだ。
そういう力からも世界樹を葉を欲しがる者は多い。
だが、カイリークは苦笑を浮かべる首を横に振った。
「遠慮しとく。俺は普通の寿命が良いからさ」
「そう。まあ、カイリークならそういうと思った。でもエリクサーにしたら欲しいんじゃない?」
神官の中でも武闘派のカイリークならば、どんな怪我でも病気でも治すエリクサーはあっても損はないはずだ。
「エリクサー作るの?」
「うん、これからね」
「見たい見たい。猊下も呼ぼう。あの方泣いて喜ぶよ」
「別に面白いことないけど」
そう言ったが、「猊下呼んでくるー」と言って、行ってしまった。
少しすると、ルーンバルツだけでなく、神官の中でも高位の神官達まで揃って走ってきた。
まるでヌーの大軍のようだ。
「何か増えてる……」
そして何故かジュリの手の中の葉を見て号泣している人が多数。
「ああぁ、何と言うことだ。私が存命の内に葉が落ちることがあるとは。それもこんなにたくさん」
「エリクサーの製造過程を見せて頂けるなんて」
「先代の管理者様の時はお作りすることができませんでしたからな。ああ、なんと嬉しきかな」
あっという間に号泣する神官に囲まれてしまい、ジュリは途方に暮れた。
そこへぱんぱんと手を叩く音がすると、全員が手を叩いたルーンバルツへ視線を向ける。
「落ち着きなさい皆の者。ジュリ様が困っておいでです。
ジュリ様、カイリークから話は聞きました。エリクサーをお作りになるとか」
「うん」
「是非とも、我々にその製造風景をお見せ頂きたいのです」
「別に面白くとも何ともない作業だけど」
神様から与えられた知識でしか知らないが、本当に地味な作業なのだ。
見ていても退屈だろう。そう思ったのだが、ルーンバルツは力いっぱいこれを否定する。
「何を仰います!
世界樹が葉を落とすなど稀なこと。ましてや神の雫とも言われるエリクサーの製造過程など、歴代の管理者の中で作れた者はほんの一握り」
「そうなの?」
「それをお作りになる現場に立ち会えることを望まぬ神官など、いようはずがありません」
普通に神様から与えられた知識の中に入っていたが、簡単に作れない物だという知識は含まれていない。
「どうして他の人は作らなかったの?」
「世界樹が葉を落としてくれることは本当に稀でしたし、エリクサーを作れるほどの枚数を落としてくれるとは限りませんので」
「そうなんだ」
ということは、今ジュリが持っている葉は一体何年分なのだろうか。
こんなに葉を落として世界樹は大丈夫なのかと少し心配になってきた。
それに世界樹は簡単にくれたように思えたが、他の管理者にはあげなかったのだろうか。
いや、あげていたらこんな騒ぎにはなっていないだろう。
世界樹は何故ジュリにだけくれたのか。少し疑問に思った。
「人も多いですし、広い部屋を用意いたしましたのでそちらでお作りになって下さい」
「道具も用意してくれる?」
「はい、なんなりとお申し付け下さい」
「じゃあ、ボールとすり鉢とすりこぎ、濾すための布と香水を入れる瓶、後は針をお願いしていい?」
「直ちにご用意いたします」
本当につまらないけど良いんだろうかと思っている内に、部屋と道具が用意され、神官も続々と集まり、皆の前で作ることになってしまった。