世界樹の管理者になろう
気が付いたらジュリは真っ白な空間にいた。
何故こんな所にいるのかまったく記憶にない。
ジュリはうーんと必死で思い出そうと頭を押さえ、ようやく思い出したのは、「危ない!」という声と体に受けた強い衝撃と破壊音。
それが示すものは……。
ああ、死んだのかと、ジュリは確信した。
きっとこの状況に焦らなければいけないのだろう。
けれど不思議なほどジュリの心は穏やかで、今の状況を受け入れている自分がいた。
けれど困った。まさかこの年で死んでしまうとは。
自分の思い描いていた未来設計が崩れてしまったではないかと、ジュリは憤慨する。
憤りを感じながら、それでここはどこなのかと辺りをきょろきょろと見回してみると、いつからいたのかジュリの背後に五歳ぐらいの少年が立っていた。
金色の髪に青い瞳の美しい少年。
もし背中に羽根が生えていたら天使と勘違いしていただろう。
「やあ、ジュリ。僕の世界にようこそ」
見た目と同じ幼い声色でジュリの名前を呼ぶ少年。
「あなた誰?」
少年はにっこりと微笑み、「取りあえずゲームして遊ぼっか」と一言。
「は?」
唖然としたジュリをよそに、少年はジュリの手を引いて歩き出す。
その方向には何故かテレビとゲーム機が繋がっていた。
いやいや、この何もない空間でテレビが付くはずがない。
配線はどうなってるのか。
しかし、ジュリの常識を否定するかのように、少年がテレビの電源を付けると普通に付いた。
そしてジュリもしたことのあるゲームのタイトルと音楽がテレビの画面に流れる。
「ほらジュリ、コントローラ持って」
「えっ、うん……」
困惑するジュリにゲームのコントローラーを渡し、少年はゲームを始めてしまう。
ジュリは困惑しながらもゲームに付き合った。
レースに落ちゲー、格闘ゲームと、色々なゲームをしてしばらく。
ようやく気が済んだのか、少年はゲームの手を止めた。
「本当はまだし足りないんだけど、そろそろ向こうの方にジュリを送らないといけないから、今日はこれぐらいにしておこう。また今度しようね、ジュリ」
「またがあるのね……」
ここがどこかもわからないが、またここに来る機会があるのだろうかとジュリは疑問に思う。
「このままじゃ話づらいね」
少年が手を振ると、テレビとゲーム以外何もなかった真っ白な空間に、ぱっとテーブルと椅子が現れる。
ぎょっとするジュリ。
「さあ、座って。ジュリのこれからのことを話そう」
聞きたいことが沢山あったが、ジュリは大人しく席に着いた。
「佐々木樹里、君は職場からの帰宅途中に事故に遭った、そしてそのまま……即死だね」
「……やっぱり、私死んじゃったのね」
「そうだね」
「酷い、あんまりだわ。
もう少しで資金が貯まって、夢が叶うところだったのにぃぃ」
ジュリには夢があった。
いつか、自分の店を持って喫茶店を開くという夢を。
後もう少しでその資金が貯まるところだったのだ。
それが目前にして露と消えてしまった。
仕事を掛け持ちして必死に頑張っていたのだが、全てが無意味になった。
その悔しさは言い表せない。
「それは残念だったね。
まあ、僕にしたら幸運だったけれど」
「それどういう意味?
それにあなたは誰?死んだってことは天使?神様?それとも悪魔?」
信じられないことであったが、何故だか素直に状況を受け入れているジュリ。
「まあ分かりやすく言うなら、神、創造主、といったところかな。
でも君がいた世界の神ではない。別の世界の神だよ。君がどうしても欲しくて君の世界の神に譲ってもらったんだ」
「いや、勝手に譲られても困るんだけど」
怒りはないが、自分の知らぬ間に譲渡されていたことに不満を露わにするジュリ。
「仕方がなかったんだよ。
世界樹に合う魂が見つからなくてね」
「世界樹?」
ジュリは首を傾げる。
「僕の世界には世界樹という世界を支える大樹があるんだ。
世界を循環させ、様々なバランスを取っているんだ。
けれど、世界樹は管理する者がいないとすぐに枯れてしまうんだよ。
世界樹が枯れてしまえば、世界のバランスが崩れて崩壊してしまう。
しかし、これまで世界樹を管理していた者が、もうそろそろ管理者を止めて普通の人に転生したいと言いだしてね。
代わりの者を探していたんだけど、世界樹を管理できるのは、世界樹と同調できる者でなくてはならない。
そんな魂を持った者が僕の世界では見つからなくてね」
何となくジュリは話の道筋が見えてきた。
「そこで見つけたのが、別の世界にいた君だ。
君には世界樹の管理者になってもらいたい」
ああ、やっぱりと、ジュリは自分の予想が間違っていないことを知った。
「まさか私が死んだ事故は、私を呼ぶための故意とかじゃないよね?」
「それはないよ。僕はそちらの世界に干渉はできないからね。
事故は本当に偶然だ。僕は君の寿命が尽きるまでは待つつもりでいた。前任者もそれぐらいは待つと言っていたからね」
「そう」
それはそれで、己の運が悪いと言われているみたいで嫌なジュリだった。
「それで、どうかな?」
「もし断ったら?」
「君の世界の神との契約で、前任者は君と交換という形でもう君の世界に転生してしまっている。
君が拒否した場合、世界樹の管理者がいなくなることになるので、このままなら世界樹は枯れて世界のバランスは崩れ、多くの命が失われるだろうね」
内容に見合わない深刻なことをにっこりと微笑みを浮かべながら話す神様。
笑っているのに妙な迫力を感じるのはジュリの気のせいなのか……。
「それって、脅しじゃあ……」
お前が管理者にならなければ沢山死ぬぞという脅しに聞こえる。
「僕は事実を言っただけだよ」
「うーん」
悩むジュリ。
そんな面倒臭そうなことはしたくないというのが、ジュリの気持ちだ。
しかし自分のせいで人が死ぬぞと言われてあっさり拒否もできない。
「向こうの神との交換は終わっているから、もう君が元の世界に転生することはできないよ。
転生するなら僕の世界だけど、君が管理者にならなかったら世界は滅んでしまうから、転生しても長生きはできないだろうね」
「それ選択肢ないじゃない!」
元の世界には戻れず、生まれ変わったとしても世界樹が枯れるので世界が滅んでしまう。
生き残るためにはジュリ自身が世界樹の管理者になるしかない。
「まあまあ落ち着いて。そう悪い話ではないと思うよ。
世界樹の管理者は僕の世界では尊敬され崇められる存在だ。
どの国に行っても丁重にもてなされる。
不老不死になれるし、世界樹の管理者となれば強大な魔力を保有できるようになる。
逆らえる者なんていない。左団扇で暮らしていけるよ」
「そんなのどうだって良いのよ。
私は自分の店を持ちたいって夢があるの!
そんなことしてたらお店が持てないじゃない」
「それなら大丈夫。
世界樹の管理と言ってもずっと側にいなければならないというわけではない。それ以外はジュリの好きなように生きてくれて良い。
前任者も好きなようにしていたよ。ジュリがお店を持ちたいというならそうすればいいよ」
「……本当にお店も持てる?」
「うん」
お店が持てるなら悪い話ではないかもしれないとジュリは思い始めた。
「魔法とか興味ない?ジュリの世界にはなかったでしょう。でも、世界樹の管理者になれば存分に使えるよ。それも誰より強くね。
竜やユニコーンもいるよ。見てみたくない?」
それはとても魅力的な内容だった。
「魔法使えるの?」
「そうだよ。とっても楽しいから、きっとジュリも僕の世界が好きになるよ」
「……分かった。その管理者ってのになる」
というより、夢を叶えるためには他に選択肢がない。
ジュリが決意を固めると、神様は満足そうににっこりと笑みを浮かべた。
「そう言ってくれると思ってたよ。
それじゃあ新たな管理者を祝して」
神様はジュリの右手に手をかざすと、ジュリの中指に指輪がはまっていた。
ジュリは驚きながらまじまじと指輪を眺める。
特に石がついているわけでもないシンプルな銀の指輪。
「ゲームで良くあるでしょう。それは収納アイテム。
君が望めば、その指輪に物を入れたり出したりできるよ。いくらでも収納できるから、何を収納したか忘れないようにね」
「へえ、本当にゲームみたい」
魔法のアイテム。
魔法のない世界に住んでいたジュリはまだ少し半信半疑だったりする。
まだ自分は夢の中にいるのではないかという思いも捨てきれていなかった。
「これから君には僕の世界に転生してもらうけど、普通の転生とは違う。
記憶は残したままで、母体から生まれてくるんじゃなく、僕が用意した肉体に入ってもらうことになる。
赤ちゃんからやり直すことになると、成長するまでの間世界樹の世話ができないからね」
「うん、それはいいよ。記憶があるまま赤ちゃんになって誰かに世話されるのも恥ずかしいし」
おしめなんて換えられた日には羞恥で死ねると、ジュリが文句を言うことはなかった。
「送るのは世界樹のある場所。
目が覚めたらすぐに、世界樹と同調してくれるかな。それで正式にジュリが新たな管理者だ」
「世界樹と同調して言われても、私どうしたらいいか分からないんだけど」
「世界樹の声を聞き、心を一つにすれば良いんだ。大丈夫、行けば分かるよ」
「う、うん」
ちゃんとできるか少し不安になりながらジュリは頷いた。
「最後に、ちょっと屈んでくれる?」
「うん」
言われたようにジュリが屈むと、神様はジュリに近付き、ジュリの額を人差し指でトンと軽く叩いた。
直後、ジュリは頭が割れそうなほどの激痛を感じ頭を押さえる。
「痛あぁぁぁ!」
痛みはほんの一瞬で、次の瞬間には痛みは嘘のように引いたが、今度は自分のものではない情報の波がジュリの脳内を襲った。
体も熱くなり、気持ちの悪さを感じて地面に膝をつく。
少しすると、すうっと治まった。
ジュリは頭を押さえたまま呆然とする。
「何今の……」
「管理者として必要な情報と力を埋め込んだんだよ。
力がないと魔法は使えないし、言葉とか知らないと大変だからね」
「先に言ってよ!」
「ごめんごめん」
あははっと笑いながら謝る神様。
とても悪いと思っているようには見えない。
ジュリはぎろりと睨み付けることで抗議を示した。
「管理者に必要な情報は入れたけど、他に分からないことがあれば、向こうにいる教皇に聞いてくれれば良いから」
「教皇?」
「じゃあ、健闘を祈る」
神様にトンと強めに肩を押されたジュリ。
しゃがんだままだったジュリは体勢を崩し後ろへ倒れる。
普通ならそのまま床に倒れ込むところだが、ジュリの背後にはいつの間にか真っ暗な穴が開いていた。
自然と穴の中に吸い込まれてしまったジュリは、真っ暗な穴を落下していく。
ふわりと内臓が浮くような気持ちの悪い感覚。
「ぎゃあぁぁぁ、私絶叫系苦手なのぉぉ」
頭上でにこにことしながら手を振る神様を見ながら、ジュリはどこまでも落下していった。
 




