御披露目しよう
「坊ちゃま。少々よろしいでしょうか?」
ちょうど味噌汁を飲み終えたところでマルユが姿を現した。
手に羊皮紙を持っているのは恐らく例のレシピだろう。
「うん。大丈夫だよ。」
「先程の件、完遂致しました。こちらがレシピと契約書になります。」
「けいやく書?」
なになに?
ふむふむ。
小難しく書かれているけど要はレシピ創作者の名前を口外しないこと、レシピを第三者に譲渡しないこと、レシピを悪用しないことを誓うならサインしてねって事が書いてある。
注意書きに万が一違約した場合、その旨がランク伯爵家が保管する契約書原本に通達されますよってなってるけど知らせるだけじゃ意味がなくない?
「原本につうたつされたらどうなるの?」
「以後一切を融通しない事になっております。こちらの契約書には魔力をこめておりませんのでその一文が認識出来ませんが、実際のものには文末に浮かび上がり、それを了承した後サインを頂く流れとなっております。」
「新しいレシピが出来てもわたさないよってこと?」
「それも含め多方面となるでしょう。」
中流伯爵家が融通しないって言っても牽制にならなさそうだけどそうでもないのかな。
「これでわたしの名前は広まらない?」
「一先ずは落ち着くものと思われます。」
不安は残るけど居るかどうかもわからない元の世界の人間に遠慮し過ぎるのも良くないか。
「ありがとうマルユ。てまをかけたね。」
「過分な御言葉痛み入ります。」
マルユって背中に定規が入ってそう。
猫背気味の僕にとっては何とも羨ましい。
「ところで坊ちゃま。そろそろ例のものを御披露目されてはいかがでしょうか?」
「例のもの─って、ああ!わすれてた。うん、そうだね。じゃあわたしてくれる?」
やっぱり人間余裕がないと駄目だね。
でも仕方ないよ。
出会い頭にアッパーカット叩き込まれたようなものだし。
「承知致しました。こちらになります。」
マルユはテーブル上の空き皿を下げ、するりと何もない場所から木箱を取り出すと恭しく僕の前へと置いた。
「ありがとう。」
いつ見ても不思議だなぁ。
どうなってるんだろ?
「レイ、それは何?」
「食べ物か?」
「新しいレシピとか?」
向こうでいう鰈っぽい魚の唐揚げと格闘中の3人が小休止とばかりに尋ねてくる。
味は好評だけど食べるのはなかなか難しいみたい。
お箸を使う機会もあまりないだろうしね。
「ランクりょうの水晶を使ったわたしのじしん作だよ。」
木箱の蓋を開けてそうっと中の物を一つ取り出す。
僕の自信作─それは一輪挿しだ。
元の世界では大叔父が焼き物教室を開いていて、そこで茶碗や湯のみ、皿や花瓶をろくろでこねこね作る事がストレス解消を兼ねた僕の趣味だった。
メイド長が水の浄化に使用する大きな水晶の原石を運んでいるのを見たとき、何故か自分が未完成のまま置いてきた一輪挿しを思い出した。
姉さんが来る前日、素焼きが終わった一輪挿しを大叔父に月白色に仕上げて欲しいと頼んだのだった。
あれはどうなったんだろう。
もう完成したのかな。
そう思うと無性に何かを作りたくなった。
マルユに頼んでメイド長が運んでいた水晶の原石の一部を分けてもらい、マルユ特製アイスピックで削り出した水晶は月白色ではなく美しく透き通っていた。
そこに映り込んだ銀髪の子供の姿を見てようやく自分はレイアス・ランクという人間なのだと自覚した。
ここが『無償の愛に彩りを』というゲームの世界であっても、中身が違う世界から迷い込んだ別人だとしても、今の僕─レイアスにとってこの世界が現実なのだと。
元の世界には戻れない。
だって僕は死んだのだから。
そしてマルユから水晶の有効利用に悩んでいるという事を聞いて僕は思った。
このランク領では珍しくもない水晶を使ってあの一輪挿しを完成させたいと。
言うなれば未練を断つのではなく昇華しようと思ったのだ。
僕はここで生きていくんだという決意も込めて。
一輪挿しが水晶利用のヒントになれば僕がこの世界に来た事にも何かしらの意味を持てるかもしれない。
脛をかじりまくりの今の状況はやはり肩身が狭いのだ。
─上手くいけばお小遣いupも夢じゃないしね。
そんなこんなで完成した自信作一つ目はちょっと厚みや形が歪だけど一応口が広めのボール型。
これを削り出せたときはすっごく嬉しかったなぁ。
まあ原石自体が最初からほぼボール型だったんだけどね。
中にはさざれ石状にした水晶の欠片を3分の1くらいと部屋の花瓶から拝借した小花を生けている。
ちなみに運ぶときにこぼれないよう水は入れていない。
「水晶の原石をけずり出して一輪挿しを作ったんだ。ちょっと不かっこうだけどね。中の水晶の欠片を土のかわりにしていて、後は水を注いだら完成。ふつうの水でも良いんだけどおすすめは光か水属性を帯びた水かな。ほのかに光ってきれいに見えるんだよ。」
庭師のジョンから土に水晶の欠片を混ぜると属性の偏りを軽減させたり保水力が増すと聞いていたので、これまでの失敗作─つまり水晶の欠片をそのまま土の代わりにしても上手くいくのではないかと考えた。
試しにグラスに欠片と花瓶の花を一輪生けて観察してみると花瓶の花よりもわずかに長持ちすることがわかり、器も水晶ならもっと長く花を楽しめるんじゃないかと僕のやる気はupした。
水晶の欠片の大きさや角の有無、純度によっての違い等も他人の目に触れないようにこっそりと実験している最中、ふと思い立ち水も水差しだけでなく花瓶の水でも試してみようと花瓶を抱えグラスに注ぐと何故か水晶が仄かに光を放ち、軽い目眩を覚えた。
もしかしてと思いそれとなくマルユに聞いてみると基本的に僕の回りにあるものは無属性で揃えられているけど無属性だけじゃ耐性が付かないので、あえて何日かおきに親和性が高めの属性を例えば花瓶の水だったり身の回りの世話をしてくれるメイドさんのホワイトブリム─頭飾りの刺繍にこめたりしているという事を知った。
ホワイトブリムなんて始めて聞いたよ。
マルユは物知りだね。
そうして念願の一輪挿しが完成する頃花瓶の水も属性が一巡し、僕好みの光を放つのが光属性と次いで水属性である事がわかった。
もちろん他の属性でも綺麗だよ。
「な、触ってもいいか?」
「うん。どうぞ。」
ちょっと意外。
クラフが真っ先に興味を示した。
「へー、丸く削り出すの難しかったんじゃないか?レイって器用なんだな。」
手に持って多方面からしげしげ観察している。
表面の凹凸が上手いことシャンデリアの光を反射してなかなか綺麗だ。
「素朴な感じで可愛らしいですね。─レイ、早く水をそそいでみませんか?」
良かった。
ティノも興味を持ってくれたみたいだね。
水を注いだ後の反応が楽しみだ。
シルヴァは─どうしたんだろ?
ジーっと真顔で一輪挿しを見つめている。
イケメンてさ、小さい頃からやっぱりイケメンなんだね。
成長するにつれモテ街道爆走するんだろうなぁ。
それにしてもこの反応は気になる。
もしかして特許とかそういうのに触れたとか?
それともあまりにお粗末過ぎて思考停止してしまった?
「─シルヴァ?」
やはり特産品を作るなんて無謀だったかな。
でも水を注ぐともう少しいい感じになるはずだから─
「─いいな、これ。」
しみじみとシルヴァが呟いた。
え?
まさかの好評価?
クラフから一輪挿しを受け取ると同じ様に多方面から眺め、苦心して均等に仕上げようとしたけど厚みがちょっと歪な口回り部分を確かめるように指でなぞる。
「─うん。やっぱり良いな。すごく気に入った。……レイ、良ければ譲ってくれないか?」
「えーと、気に入ってくれたの?」
「ああ、とても。」
「そうなんだ。─ちなみにどんな所が気に入ってくれた?」
「全体的に。─見ていてとても落ち着くんだ。安心して肩の力が抜けるようなあたたかい気持ちになる。」
べた褒めじゃないですか。
何だろう素朴な感じがうけたのかな?
それとも自信作といってもこの程度でも構わないのかと自信に繋がったとか?
─否、ないな。
シルヴァはそんな奴じゃない。
ということは本当に気に入ってくれた?
「…駄目か?」
「─もう一つあるからダメってわけじゃないけど。」
「えっ、そうなんですか?わたしにも一つ譲ってくれませんか?!」
「ちょっと待て。オレだって欲しいぞ。」
むむむむ。
まだ皆に披露してないから二つともこの場で譲るのはよくないよね。
この三人がお金持ちなのは間違いないけど特産品にするためには多くの人の目に触れさせて色んな意見や反応が知りたい。
こういう水晶で作った品はあまり流通していないことはマルユから聞いているので物珍しさが先行して三人ともいい感じの反応をしてくれているのだろう。
だからこそ酸いも甘いも知っている大人達の目から見てこの水晶の一輪挿しがどのくらいの価値なのか、どれくらい需要がありそうなのかをそれとなく調べたい。
お世辞とか抜きで本音が聞きたいけど難しいだろうなぁ。
だって僕まだ五歳だからね。
しかもシルヴァ達よりも小さくてひょろいからキツいこと言ったら泣き出しそうな見た目なんだよ。
こういう時レアーノ兄さんみたいにちょっとワイルドな感じになりたいと思う。
うーん。
どうしようか。
─よし、とりあえず見せてみよう。
木箱からもう一つの一輪挿しを取り出す。
こっちは円柱型。
上から見たら削りが不均等で多角形のように見えるけど底はちゃんと円になってるんだ。
一応女性受けを狙ってるんでマーメイドドレスの形を参考にしてみたんだけど出来はまぁ寸胴にならなくて良かった良かったって感じかな。
ゴツく見えないように表面は滑らか仕上げにしてるから一つ目よりもより光を反射してキラキラだ。
でも何故か水を注ぐと少し落ち着いた印象になるんだよね。
ギャップがあって僕は良いと思うんだけど─。
「おや珍しい。レイ君が作ったのかい?」
「ひっ!?─は、はい。そうです。」
いきなり顔の真横から王様が生えて─否、覗き込んで来たら驚くよね!?
この反応はおかしくないよね!?
なのに母上の眉間の皺がマリアナ海溝みたいに深いし羽根扇の向こうで唇がワナワナ震えてそうで恐いんだけど!
「へぇ、マルユから水晶で何かを作っているとは聞いていたけどなかなか面白い物を作ったね。特にこの丸い方はレイの魔力が上手く溶け込んで一種の魔道具みたいになっている。」
おっとりとした父上の声と背中に添えられた手の温かさで少し落ち着く。
そうだ、今日はお偉いさんが勢揃いしているんだった。
流石の母上もこの場で怒りはしないだろう。
後から叱られそうだけどね。
─それよりも魔道具って何だろう?
「ええ、微から小程度の緩和─複数のリラックス効果がありそうですね。更に無属性ですからどの属性持ちでも反発無しに恩恵が受けられて重宝されそうです。」
バドゥ伯爵が一輪挿しに手をかざしながら頷く。
えーと、つまりこの一輪挿しに魔法がかかっているってこと?
僕一つも魔法を使えないのに?
「この歳で魔道具を作れるなんてレイ君すごいな。クラフも見習って魔法を勉強しろよ?」
マキノ侯爵もクラフの頭をぽんぽん叩きながら褒めてくれる。
えー、僕魔道具を作った覚えなんて無いんだけど。
あっ、母上の眉間の皺が薄まってる。
でも今度はピノキオみたいな顔してるや。
美人度が下がっているけど大丈夫なのかな?
「レイ君、良ければこの丸い一輪挿しを譲ってくれないか?」
「えっ、駄目ですよ父上!それはもう私が貰えることになっているんですから!」
「ん?そうなのか?レイ君、本当にシルヴァが貰って良いのかい?」
「勿論ですわ!レイも手慰みで作った物を陛下にお気に召していただけて大変嬉しく思っておりますもの。─レイ、そうよね?」
母上、距離があるのに迫力満点です。
後ろに般若を背負ってそう。
「はい。」
勿論ですとも。
コクコク頷く僕五歳。
「そうか、ありがとう。─実はね、シルヴァが馬術の入門編を習得したお祝いにプレゼントを探していたんだよ。一目見てこれだと思ったんだが流石私の息子、審美眼があるね。まぁプレゼントは他を探すことにするよ。─それとも何かリクエストがあるかい?」
シルヴァ馬に乗れるのか。
僕なんてまだ馬に触る事も難しいのに。
「いいえ。レイからのプレゼントだけで充分です。」
「そうか。こんなに喜ぶシルヴァは久しぶりだよ。レイ君、本当にありがとう。」
「いえ、わたしも喜んでもらえてうれしいです。」
「必ず大切にするよ。ありがとうレイ。」
「うん、気に入ってくれてうれしいよ。」
色々謎は残るけど後で父上やマルユに聞けば良い。
その時特産品についても相談しよう。
一輪挿しを剥き身のまま渡すのは気が引けるけどまあ後はマルユか御付きの人がなんとかしてくれるだろう。
「なぁシルヴァ、今度軽く遠乗りしようぜ。」
「ああ、良いな。─レイ達も一緒に行かないか?馬車を出すし護衛も付けるから危険は殆どないし、行き先は近場で景色が良いところにするから。」
「良いですね。レイも行きましょうよ。これから景色も良くなりますしいい気分てんかんになりますよ。」
嬉しいけど僕領地内でも限られた場所しか出掛けたこと無いんだよね。
魔力酔いという大きな壁が立ち塞がっている。
そんな僕に遠出とか出来るんだろうか?
父上を見上げると慰めるかのように頭を撫でられた。
─やっぱり無理か。
「殿下、申し訳ありません。レイは体質的にまだ領地内から出ることが難しいのです。」
「─そうだね。レイ君は魔力耐性が低いから日常生活にも支障が出るくらいだ。でも焦ってはいけないよ?先ずは自分の魔力と向き合うんだ。対話するようにね。そしたら全身に少しずつ魔力を満たすイメージをする。ぽかぽかしてきたら上手くいった証拠だよ。─この一輪挿しを見ると魔力操作は成長していると思うから日に一度、五分を目安に試してみて。……ランク伯爵。レイ君は外からではなく内から耐性を上げていく方があっている。大変だと思うがよろしく頼むよ。」
王様が真面目な顔でアドバイスをくれた。
父上は真顔で頷いてるけど何故か若干不満げに見える。
母上を見ると今にも空を飛びそうだ。
─おかしいな、母上ってあんな感じだったっけ?
「─そうなのか、じゃあ残念だけど出掛けるのはまたの機会にしよう。その代わり今度遊びに来るよ。ランク領では珍しい作物がたくさんあるって聞いてるからレイと一緒に見て回りたい。」
「ああ、そうしようぜ。美味しい食べ物もたくさんあるしな!」
「ええ、本当に楽しみですね。」
「うん、日にちが決まったら教えてね。」
何か良いな、こういうの。
友達って感じがする。
こっちではどんな遊びがあるんだろう?
かくれんぼとか貴族の子供もするのかな?
「─皆様、失礼致します。光属性の水と水属性の水をご用意致しました。」
和気藹々の中マルユの声が控えめに、でも全員に聞こえるように響いた。
そうだよ、まだ水を入れた後の一輪挿しを披露していなかった。
光る感じが売りなのに。
「レイ、念のため少し離れよう。気分が悪くなったらすぐに言うんだよ?」
「はい。父上。─マルユ、一度に注ぐんじゃなくて少しずつ、欠片が沈むくらいの量を入れてね。」
「畏まりました。」
恐らくメイドが用意したであろう丸テーブルの上に円柱の一輪挿しが置かれる。
あれはクラフとティノどちらにあげれば良いだろう?
それとも今度遊びに来てくれるときに新しく作ったのをあげようかな。
女性受けを狙ったものを渡すのはちょっと忍びないし。
「─すまない。せっかくだからこちらにも水を注いでくれないか?」
シルヴァがボール型の一輪挿しを隣に置いた。
これで属性の違いが分かりやすくなるね。
後でお礼を言わなきゃ。
「畏まりました。─それではこちらの円柱型に水属性を、ボール型に光属性をそれぞれ注がせて頂きます。」
ホール内にいる全員の目が一輪挿しに注目する。
ああ、どうかちゃんと光りますように!
レイアス─自覚なしだが異世界転移の影響か読み書きは完璧。書庫で気になる本を片っ端から読み漁る本の虫予備軍。レアーノの夏休みの宿題である読書感想文をそれと知らずに代筆し高い評価を得た。レアーノは父親とマルユにしめられた。




