二人の兄
「ごめんね、ふんいき悪くして。」
「構わないよ。何か理由があるんだろう?微力ながら私からも対応するよう伝えておくよ。」
何だよ、シルヴァって良い奴じゃないか。
誰だよ男に走るなんて言ったの。
「ありがとう。助かるよ。」
これは色んな意味でひと安心だ。
「おいレイ、何かあったのか?」
長兄─レアーノ・ランクが来て僕の頭をぐいぐい撫でる。
「ええとその、少しマルユにお願いを。」
その力強さにぐいんぐいんと頭を回しながらも何とか答える。
兄に悪気はない。
ただ少し脳筋なだけなのだ。
否、ただ僕を心配しているだけなのだ。
「そうか。マルユならきっとやり遂げるだろ。だから心配せずに沢山食べて大きくなれよ。お前ちっこいからな。」
一言余計だよ。
メイドが料理をテーブルに手際よく並べていく向こうに王様達と歓談する父の姿がある。
手が放せないから代わりに来たのだろう。
デリカシーがいささか欠けていても嫡男だから。
「子供は沢山食べて遊んでしっかり寝る。それが身体をつくる基本だぞ。勿論勉強も大事だけどな!」
はっはっはと豪快に笑って学校の成績が思わしくない兄は去っていった。
剣とか槍を振り回しそうなイメージだけど一番得意なのは弓なんだって。
人は見かけによらないね。
「そういえば父がレアーノ殿の斧捌きは目を見張るものがあるって言ってたよ。あっという間に木を切り倒して薪にしたって。」
「へぇ、やっぱり騎士団にスカウトされるだけのことはあるんだな。野外訓練で学校記録を3つもぬり替えたっていうのも本当かもしれない。」
「わたしは槍を遠方の的に当てる訓練でレアーノ殿が軽々と命中させていたと聞いたことがあります。登はんでも良い記録をだしたそうですよ。」
えっ弓は?
弓はどこいったの?
弓が得意なんじゃなかったの?
「そうなんだ。みんな詳しいね。わたしは弓以外のことを聞いてなかったから知らなかったよ。」
くるくるとフォークにパスタを巻きながらそういうと3人がピタリと動きを止めた。
あれ?
何か変なこと言ったかな?
「も、もちろんレアーノ殿の弓はすごいぞ。すごすぎて弓術とは言えないくらいすごい。あまりのすごさに誰も真似できないくらいすごいからな。オレなんか目の前で見ていてもすごいとしかわからなかった。」
「クラフ。すごいすごいってさ、アホっぽく見えるよ?」
「なんだと?じゃあ他に何て言えばいいんだよ?そんな風に言うってことはティノならうまく言えるんだよな?」
「ま、まあまあ二人とも落ち着いて。レイは─その、レアーノ殿の弓についてどれくらい聞いてる?」
何かすごい地雷臭がするんだけど。
兄上一体どういうこと?
「ええと兄は弓が一番得意でねらった相手は逃がさないと。」
「…偽りは言ってないね。」
「はい。上手いことごまかしてますね。」
「レイ、安心していいぞ。レアーノ殿は誠実な方だ。ただすごいだけなんだ。」
全然安心できないんだけど。
シルヴァが眉間に皺を寄せて考え込んでいる。
クラフは唐揚げに夢中。
ティノはカレーが気に入ったようだ。
「─いや、ここははっきり言おう。実はレイ、レアーノ殿は弓術を嗜んでらっしゃらないんだ。」
「たしなんでない?」
「ああ。レアーノ殿の力が強くて弓がすぐダメになってね。今は斧や槍を中心に鍛錬を積まれているようだ。」
「じゃあ弓が得意っていうのは嘘なの?」
「いや、弓を引く仕草はまさに堂に入っていて素晴らしいよ。」
「……シルヴァ、気を遣ってくれなくていいよ。もうバシッとたんとうちょくにゅうに言ってよ。」
「そうだぞシルヴァ。ぱぱっと言って早く食べようぜ。これマジでうまいから。」
クラフ、口の中のものを飲み込んでから話すのは偉いと思うよ。
内容はあれだけど。
「実はね。レアーノ殿の2つ名を愛の狩人というんだ。まるで恋の矢を射つかのように次々と女性をおとしていくと有名で─ご本人もその名が気に入っているらしく、弓が得意になったみたいだと。」
バカか?
バカなのか?
「……つまり、兄は弓にかこつけてとんでもない浮き名を流しまくっていると?」
「まあ、簡単に言うとそうなるね。」
何て兄だ。
ちょっと、否、結構尊敬してたのに。
学校で女遊びしてるなんて。
通りで婚約者が居ないわけだよ。
まさか本人に原因があったとは。
「れ、レイ?勘違いしてるみたいだけどレアーノ殿は悪くないぞ?周りが放っておかないだけだ。交際相手とは誠実にお付き合いされるし、1度に何人と付き合うこともない。オレが保証してやる。」
「クラフの保証は要りませんよ。ね、レイ。わたしの姉がレアーノ殿と同級生ですけど、おモテになるのは本当ですが悪いうわさは聞いたことがないそうです。」
巻きすぎて一口では到底食べられない大きさになったパスタを喉の奥から出てこようとする言葉を押し留めるために一呑みする。
「レイ、大丈夫か?一気に飲み込んだら危ない。少しずつ、ゆっくり。水もあるから。」
甲斐甲斐しくナプキンを渡してくれるシルヴァ。
流石王子様だね。
フフフ。
自分でも目が死んでるのがわかる。
何をそんなにショックを受けているのか、それは兄という存在に理想を抱いていたからだ。
元の世界では姉しか居なかったので男兄弟というものに僕は憧れていたのだ。
次兄─ルノア兄上はまともなのに。
…まとも、だよね?
二人とも問題児とかだったら胃が痛くなりそう。
「レイ。もう少し落ち着いて食べなさい。行儀が悪いわ。」
眉をあげた母上が羽扇で口元を隠しながら立っていた。
いつの間に来たんだろう。
「殿下、申し訳ございません。レイアスはこうした場に出るのが初めてなもので。どうか大目に見て下さいませ。」
あれ?
今シルヴァのこと殿下って言ったよね?
ということは別に王様達は身分を隠していなかった?
僕の考え過ぎだったってこと?
返事しようにもパスタは強敵だ。
母上の眉間の皺が深い。
まだまだ美人なのに勿体無いね。
あっ、ルノア兄さんがこっち見てる。
隣の婚約者さんは美少女だ。
リア充爆発─したらレアーノ兄上が暴走しちゃいそうだから末永くお幸せになって下さい。
「母上、今日は子供同士自由に過ごしてもらうことになっているでしょう?大人は立ち入り厳禁です。」
はやっ!
まさか瞬間移動─なわけないか。
「─!…あらルノア。マルユにお目付け役でも任されたの?」
「まさか。それとも母上はお目付け役をつけられるようなことをなさるおつもりですか?」
「それこそまさかですわ。それよりルノア、貴方自分の婚約者を放り出して来るなんて何を考えているの?早く戻りなさいな。」
「ええ、彼女にぜひ母上とお話ししたいと言われましてね。呼びに来たのです。」
「まあ。それを早く言いなさい。だから貴方は気が利かないと言われるのよ。─殿下、御前を失礼します。」
母上がいつもより気が立っているのはコルセットを締めすぎなんだろうな。
やはり夜会の魔物とレアーノ兄さんが言うだけのことはある。
今となっては違う意味にも聞こえるけど。
「ルノア兄上、ありがとうございます。たすかりました。」
やっとパスタを飲み込みナプキンで口を拭って頭を下げる。
「気にしないで。今日はレイが主役なんだから楽しむんだよ?後、あまり頭を下げるのはよくないから気をつけて。じゃあまた後でね。」
ルノア兄さんは父上似だなぁ。
あの俊足を受け継げるなんて羨ましい。
あっという間に距離を詰めてくるのに息切れもしなければ不自然過ぎることもない。
母上は地味に驚いていたけど。
否、あれはわざと驚かせようとしたんだろうな。
それよりも─この3人はどうしたんだろ?
さっきから目が泳いでるし落ち着きがない。
優雅さも少しなりを潜めているし。
うーん、とりあえず話題を変えてみようかな。
「……え~と、今日の料理には招待客の領地で栽培されている食材が使われているんだ。例えばクラフが食べているからあげにはマキノ領特産のハーブが使われているし、このシチューはバドゥ領原産の牛のぎゅうにゅうとチーズが使われていて、スイーツに使っている茶葉やさとうは王都から取りよせたそうだよ。」
「「「えっ!!」」」
「え?」
「レイは─気づいていたのか?その、私が殿下と呼ばれる立場だとか、クラフやティノのことも。」
「─えっ何のこと?」
やってしまった。
やってしまった。
やってしまったどうしよう。
明らかに知ってる体で話しちゃったよ!
料理長が材料をどこから取り寄せたとか詳しく話してくれるから自然に覚えてたけどそれをこの三人と結び付けたのは不味すぎる。
うっかりが過ぎるよ僕!
「─い、いや。何でもないよ。それよりこの唐揚げマキノのハーブを使っているのか。クラフは気づいてた?」
「いいや。まったく。言われてみれば香りがそうかなってくらいだ。だって真っ先にくるのが旨味なんだから仕方ないだろ。」
「クラフの感想はほとんどがうまいかすごいですからねぇ。それにしてもこのシチュー。我が領からこちらへ牛を出荷しているとは聞いていましたが─チーズ独特の臭みもおさえられていますし、わたしがいつも食べているものとはまるで別物ですね。」
お互いに不都合な事は一旦スルーしましょう、そうしよう。
僕等の間に変な一体感が生まれた。
あっ、この魚の煮付け美味しい。
でもやっぱり─醤油が恋しいなぁ。
酒蒸しとか塩煮や味噌煮も美味しいんだけどね。
醤油があればもっと美味しくなると思う。
まあ、本音は卵かけご飯には醤油が合うってだけなんだけどね。




