執事マルユの暗躍
「み~そみ~そみーそしるぅ、さかなにおしょうゆかけたいな~、たまごをまきまきやいたならーちゃわんにごはんをよそいましょーあーっというまにあさごはん~!」
今日も今日とて坊ちゃまの不思議なお歌が聞こえます。
以前よりも活動的になられて毎日のように庭園を散策なさるようになりました。
庭師のジョンにあれこれ尋ねている姿が大変可愛らしく従業員一同微笑ましく見守っております。
時折こっそり屋敷を抜け出されて特別区の養鶏場で雌鳥が卵を温めるのを嬉しそうに眺められている姿を見て卵かけご飯プロジェクトを早期実現させるべく領民共々邁進する日々。
そんな中旦那様より直々の任務が。
坊ちゃまのお歌について調べ、それが食べ物ならば創作せよというものでごさいましたが、これが非常に難解で悩ましくとんと見当がつきませんでした。
忙しい料理長を巻き込んで試行錯誤を繰り返すもののこれといった成果をあげることができず坊ちゃまがほっそりされていくのをただ口惜しく見ているだけの我が身の無力さ。
坊ちゃまに直接聞けば良いと思われるかもしれませんが、それは下策でございます。
御気分がのってらっしゃる時に無意識に口ずさまれるお歌は誰かが近づくとぴたりと止んでしまうのです。
それは旦那様や奥様、ご兄弟であっても同様でございました。
お歌の事を尋ねると口を閉ざされてしまうのです。
えっなんのこと?とお惚けになる坊ちゃまに聞き出すことは私には出来ませんでした。
結果地道に聞き耳を立て情報を集めることになりました。
以下、坊ちゃまが口ずさまれたお歌の一部です。
「りょ・う・り・の・さしすせそ!さーはさとう、しーはし~お、すーはお~す、せーはしょうゆ、そーはみそ!」
「だいずとしおとほにゃららをはっこうさせるとなんになる?みそかしょうゆになるかもね~!」
「たーまごたまご、たまごさん、きょうはなんになりたいの?はちみつぷりんになりたいの!ぎゅうにゅうたまごとはちみつを~まーぜておなべでむすのです!」
「お~ぱんよ、どうしてそんなにかったいのー?おさとうたまごとぎゅうにゅうを~まーぜたえきにつ~けましょう。しんなりしたらやーきましょう。はちみつかけたらおいしいよ~!」
「とーろろとろろ、とろろごはん。ごはんのかわりにこむぎことこんそめすーぷにまぜましょう。まーるくやいたらおこのみやき…じゃないよね、これは。」
「きれいにたまごをまくならば~しかくいなべがいいかもねーくるくるくるりとまけたなら~たまごやきができちゃった~!」
情報を集めた後は材料を揃えて試作します。
料理長を中心に料理人魂を燃やしに燃やして毎晩厨房は戦場のようでした。
更に全てが未知で手探り状態ですから、固定観念に囚われないようにと老若男女問わずアイデアを出し合い、また各地からも素材を取り寄せ、時に新たな調理器具を製作したりとそれはそれは有意義な毎日を過ごせております。
若干名試作を食べ過ぎて体型が変わってしまいましたが坊ちゃまの為なら些細なことだと笑い飛ばしていたので大丈夫でしょう。
─と思っておりましたがふくよかになった彼女らは坊ちゃまにそれとなく散策に誘われたり野菜から食べた方が満腹感が得られる等の助言を受けて急遽ダイエットに励み体型を戻しました。
坊ちゃまは本当にお優しいですね。
そうしてランク領あげて創り出した見た目と味が一定水準を超えたと思われる料理を先ずは旦那様と奥様に召し上がって頂く事になりました。
「こちらの料理は卵と牛乳と砂糖を混ぜた液にスライスした固めのパンを漬け込み、バターを引いたフライパンで焼いたものです。お好みに合わせてはちみつをかけて召し上がり下さい。」
料理長がやや緊張した面持ちで料理の説明をする。
旦那様も奥様も甘いものがお好きな為きっと気に入って下さるとは思うものの流石に心中穏やかではいられない。
数種類のはちみつを集めたものの結局どれが一番合うかは好みによるとの結果になり、それならば盛り付ける際に予めはちみつをかけるのではなく召し上がる時にお好みでかけて頂くことにしたのだが果たして。
「……うん、これは美味しいね。はちみつもすっきりとした甘さでくどくない。レイの魔力にも影響がないよう処理も問題ないし早速明日の─そうだな、朝食に出してみようか。食材は大丈夫かい?」
「はい。全て揃っておりますのでいつでもご用意出来ます。」
料理長が安堵の表情を浮かべる。
私もそっと息をつく。
「貴方、ちょっと待って。ねぇ料理長、このはちみつは加熱してないわよね?本当にレイに食べさせても大丈夫なの?影響が少ないとはいえ心配だわ。」
「奥様ご安心を。このはちみつは確かに加熱してはいませんが浄化処理をしておりますのでレイ坊ちゃまにも召し上がって頂けます。風味を損なわぬよう今回無属性で行いましたので坊ちゃまへのご負担も少ないと思われます。」
「料理長自ら無属性で浄化を?」
「はい。」
「そう。なら大丈夫かしら。それにしてもこの料理とっても美味しいわね。お茶会で出したら喜ばれるかも。─そうだわ、そうしましょう!明日レイが太鼓判を押してくれたら早速レシピを作ってちょうだい。一つだけじゃ物足りないでしょうから手軽に作れるものを後一つは見繕ってね。ああ、それと名前ね。何て名前にしようかしら?んーそうね、せっかくだからレイにつけてもらいましょうか。そしてレシピにレイの名前を─いえ、レイが考えたレシピとして広めましょう。あの子もそろそろお友達が欲しいでしょうし、いい切っ掛けになると思うの。貴方、どうかしら?」
始まりましたか。
毎度のこととはいえ辟易しますね。
「うーん、レシピに名前を載せるのはなぁ。流石に目立つだろう?時期尚早だよ。」
「ですがこれはチャンスですわ!上手くいけばレアーノとルノアにも格上の家柄の結婚相手が見つかるでしょう?我がランク家にとって良いこと尽くしではありませんか。レイも遅かれ早かれその名は広まるのです。ただ時期が少し早まるだけですわ。それにレイが一目を置かれるようになれば陛下の憂いも多少取り除けるのではなくて?」
よくもまあ口が回りますね。
ただご実家の権力を増したいだけでしょうに。
レイ坊ちゃまの名を中立派閥の貴族との取引材料に使って、あわよくばご息女を迎え入れて反抗の意思を摘む。
ご実家が力を得ればレイ坊ちゃまも安泰と考えておられるのでしょうが浅はかな考えですね。
「だからと言って我が子に負担を強いる理由にはならないよ。好奇の目に曝される不快さは貴女も知っているだろう?」
「レイも貴族の息子。何時までもこの箱庭で守り続けることなど出来ませんわ。巣立つ日が必ずやって来るのです。それにレシピが広まれば殿下をお誘いする良い口実にもなりますわ。無理に引き合わせるよりもずっと自然に出会えて仲良くなれると思います。レシピに名前を載せるのは結果的にレイの為にもなりますわ。」
常々上昇思考、いえ、権力欲が強い方だと思っていましたが…。
これは既にご実家への手回しは済んでいるとみた方が良いでしょうね。
「貴女の考えもわかるよ。でもまだ決まっていないんだ。何もね。あくまでもレイになる可能性が高いだけだ。少し気が急いてないかい?」
「あら、では貴方は無の単属性が他に出てくるとでも?同じ年頃で?親和性も高い相手が?」
「レイだって親和性が高いとは限らない。まだ会ったこともないんだから。それに無の単属性だけが鍵じゃない事は貴女も知っているはずだよね?それはつまり他にも候補が出てくる可能性があるということだ。」
「まるでその可能性に賭けたいと仰っているようですわね。」
「否定はしない。だからレシピに名前を載せる許可は出さないよ。」
「……わかりましたわ。名前の事は一旦置いておきます。ですがレシピを広める許可は頂けますわよね?」
「ああ。それは構わない。」
「ありがとうございます。とても嬉しく思いますわ。」
奥様は恐らくご実家に手紙を出されるでしょう。
新しい料理が出来たので広めて欲しいと。
そこにはレイ坊ちゃまの名が載っていないレシピが封入されるはずです。
しかしご実家を通じて広まるレシピには『何故か』レイ坊ちゃまの名が載せられているのです。
ご実家が良かれと思い勝手に気を回したことなので奥様に非はない。
そういった流れにしようと話がついているのでしょう。
まったく困った奥方ですね。
「旦那様、少々よろしいでしょうか?」
「ん、どうかしたかい?」
「奥様が仰るように坊ちゃまのお名前をレシピに載せられることは決して悪くはないと私も思います。」
「どういう意味だ?もうその話は終わったはずだが?」
「─もし仮に、レイ坊ちゃまの名を伏せれば恐らくレシピの創作者が広く探される事になるでしょう。そうなれば坊ちゃまに行き着くのは時間の問題となります。貴族の情報網は侮れませんし隠されたものを暴く事を楽しまれる方もいらっしゃいますので。坊ちゃまへ接触する輩が出ないとも限りません。」
「考え過ぎじゃないか?ランク領に入るためにはそれなりの手続きがいる。屋敷に入るのなら尚更だ。」
「はい。旦那様の仰る通りでございます。屋敷に賊が入り込む隙などございません。しかしながらそうなるのではないかと要らぬ心配を抱く者がいないとも限りません。するとどうなるか。レイ坊ちゃまの名をレシピに載せることでその懸念が無くなるのではないかと暴走、いえ、気を回しかねません。」
「つまり─私達の預かり知らぬところでレイの名が広まってしまうかもしれない、そういう事か?」
「左様でございます。あくまでも私の想像に過ぎませんが、以上のことからレシピを管理するのはランク家、旦那様直々に行うのがよろしいかと思われます。」
「マルユ!絵空事で私達を惑わさないでちょうだい!これ以上旦那様に負担を掛けるつもりなの?─弁えなさい。」
おやおや。
私が精神干渉に耐性があるとご存じでしょうに。
「いや、良い案だ。勝手に広められるよりも意図的に広める方がずっといい。レシピを渡す相手は私が選ぼう。権力争いとは無縁の方々を中心にね。その際他者にレシピを譲渡しないと一筆書いてもらえば情報を規制することもできる。マルユ、契約用の羊皮紙を至急用意してくれ。」
「承知致しました。直ちに。料理長、手伝ってもらえますか?」
「ええ、勿論。」
さて、これで一先ず出鼻をくじけたでしょう。
後は羊皮紙にいつでもレイ坊ちゃまの名前を消せる術とレシピを譲渡された者以外にレイ坊ちゃまの名を認識出来ない術を織り込みましょうか。
─奥様のご実家の分には悪用できないように特別製のものをお渡ししましょうね。
これで少しは落ち着いてくださると良いのですが─無理でしたか。
最敬礼で場を辞す私に奥様の視線が突き刺さる。
─ご安心を。
その程度の魔力では髪の一筋さえ動きませんので。
レアーノ─長男
ルノア─次男
レイアス─若干音痴




