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央隹

作者: ハルカゼ

 ある村でサナムという少年がいました。


 サナムは生まれつき、左手がないのです。

 そのことが理由で、周りからは嫌悪されていました。なかには、サナムに罵声を浴びせる人や暴力を振るう人などもいました。

 でも、サナムは決して人の嫌がることはしませんでした。

 自分自身を憎んでいたのです。

 どうして左手がないのかと、自問自答を繰り返していました。


 今は叔母と暮らしていますが、その叔母がいつもサナムを奴隷のように扱っているのです。

 それでも、孤独に慣れているサナムには大したことではありませんでした。

 そんな彼はある日、一人の男と出会ったのです。



 サナムは今日も家の前にある畑仕事をおこなっていた。

「どうして、あの子の手は一つしかないの?」

「こら。見ちゃいけないよ」

 畑の横を通る親が子を制した。

 サナムは軽く受け流す。もう慣れっこなのだ。

 自分がずっと孤独のままでいい。サナムはそう思っていた。



 そんなとき、サナムに知らない男が近づいてきた。

 どうせからかったり、けなしたりするのだろう。

 しかし、その男は悪口も暴力もせずにこちらへ手を差し出してきた。

「どうも。俺の名前はアレン」

 アレンと名乗る男は優しく微笑んだ。それに対して、サナムは冷たい目で睨む。

 アレンは「やっぱり今の俺と似てるな~」と呟き、僕の右手をいきなり掴んできた。


 サナムが何事かと思ったとき、彼は勢いに任せて走り出した。

 それと同時に引っ張られる形でサナムも走る。


 いったい何が起きたのか分からず、最初はアレンの意のままになっていた。が、我に返ると掴まれている手を振り払おうとする。

 しかし、力が強すぎて、どんなに足掻こうと無意味であった。

 アレンはこちらに顔を向けず。ただひたすら走っている。サナムは怒りをぶつけた。

「離してください」

 そう言ったものの、耳を貸す気配がない。


 そうしていると、数分が経ち、彼は足を止めた。

「この家に入るんだ」

 サナムはアレンに古臭い平屋へと無理やり押し込められて、中に入った。

 一つしかない部屋は木で作られているテーブルや電話など、殺風景であったが生活は無理なく暮らしていけるものがそろっていた。


 アレンはサナムをテーブルへと招き寄せる。サナムは溜め息を吐くと、足を動かした。

 床がきしんで鳴る。ボロい証拠だ


「今は叔母と暮らしているようだけど、他の家族はどうしたの?」

 なぜ、そんなことを言わなければならないのだと思い、そっぽを向く。

「お願いだ。教えてくれよ」

 アレンは真剣な眼差しを向けてきた。

 困惑したサナム。ただ、このままだと帰してもらえないな、と思いおずおずと答える。

「母と父は二人とも病死しています」

 アレンは「やっぱり、そうか」と呟くと「名前はなんて言うんだい」と聞いてきた。

「どうして、そんなことを聞くんですか?」

 もう耐えられない。きっと僕を騙して、金でも稼ごうと企んでいるのだろう。

 サナムはそう確信した。


「それが重要なんだよ。教えてくれ」

 サナムは踵を返そうとしたが、彼が肩を掴んできた。

「名前を言ってくれ。それだけでいいんだ」

 アレンの意図が分からない。サナムは躊躇いつつも言った。

「サナムだ」

 すると、アレンは「やっぱりそうか」と納得して、僕の肩に手を乗せた。

「俺はお前の兄だ」

 その言葉を聞いたサナムは目を剥いた。兄がいるなんて聞いたことがない。

 サナムは戸惑いながらも質問をぶつけた。

「僕に兄はいませんが」

「お前は小さかったから、覚えていないだけだ。両親が病死したあとにお前は叔母へ、俺は叔父へと引き取られたんだ」

 確かに昔のことはよく覚えてない。でも、今言ったことを全部信じろ、と言われても信じられるはずがない。

「一緒にここで住まないか。叔母には俺から説明するから」

 彼は手を差し出してきた。


 サナムはこんな知らない人間と誰が暮らしてやるかと思ったが、叔母と暮らすよりかはいいかな、と考えを変えた。

 彼が兄なのかは半信半疑であるが、どうせどうなろうと知ったこっちゃない。


 アレンの手に応じて、サナムも右手を差し出した。

 そして、握手を交わす。



 アレンとの生活は叔母と比べて幸福な生活が送れた。

 左手がなくて、いろいろと不便であったがアレンがそれを補ってくれた。

 そうやって、生活をしていると不思議とアレンを『兄』として認めていくようになった。


 そんなある日、アレンがサナムをテーブルの所へ引き寄せると、ノートとペンを取り出した。

「この言葉を知ってるか」

 そういうと、アレンはペンを手に取り、ノートに『央隹』と書いた。

「これは何て読むの?」

「これはな、『おうとり』って言うんだ」

 それは耳にしたことのない言葉であった。

「なにそれ?」

「この村の中心で鳥のようにずっと見守って欲しい、という意味だ」

「へぇ~」

 そんな言葉があるんだ、と感心した。

「と言っても、自分で考えた言葉だけどね」

「なんだそりゃ」

 サナムは落胆したが良い言葉だな、としみじみと感じられた。

「お前もいつか、この村を支えるやつになれよ」

「それは無理だ」

 左手のない自分に出来るわけがない。


「じゃあ、俺は畑仕事に行くから」

 アレンは部屋を後にする。

 それを見送ると、サナムはノートに目を向けた。


『央隹』という、この言葉はアレンがどのような想いで作ったのだろうか、とふと思う。

 この言葉が僕を変えるかもしれない。そう感じられた。


「留守番、よろしくな」

 アレンはそう告げ、いつものように仕事へと向かう。


 一緒に暮らして2週間が経った。アレンと暮らしてよかったな、と思っているとテーブルにある軍手が目に入る。

 その軍手はアレンがいつも畑仕事をするときに使うものだ。

 きっと忘れたのだろう。サナムは軍手を手に取り、アレンの元へと向かう。


 外に出ると、曇り空が視界にはいった。

 そういえば、久しぶりに外へ出たな。そう思いながら、道を歩いていると、今一番会いたくないやつと出会ってしまった。

「お前はまだ生きていたのか」

 そう馬鹿にしてきたのは村長の息子のクノミーであった。

 クノミーはサナムの左手がないことから、いつもいじめてくる酷いやつだ。

 サナムはその発言を無視すると、クノミーは不機嫌になり口を尖らせる。

「お前がこの村の生贄になればよかったのに」

 そういえば、今日だったな。あの儀式は。


 生贄というのは、この村で毎年、昼の12時に行われている儀式である。村を平和で保つためにやっていると言うが、サナムからしてみてば、くだらない遊びにしか見えない。

 サナムは軽く受け流し、歩みを再開させようとしたが、次のクノミーの発言に自分の耳を疑った。

「今回はアレンという男がやるそうだ」

 今、確かに『アレン』と聞こえた。まさか、と思い質問をぶつける

「アレンって、もしかすると」

「お前と暮らしている馬鹿なやつだよ」


 その言葉を聞いたとき、いつの間にかサナムは走っていた。


 向かう先はもちろん、儀式が行われる所だ。

 儀式は生贄にする人を崖から落とすというやり方だったはずだ。

 そんなことしたら、アレンは……。


 サナムはひたすら走った。

 腕時計に目を向ける。残り時間は十五分しかなかった。

 どうしてアレンはこんな重要なことを話さなかったのだ。生贄になるなんて一言も聞いてない。

 いったい、どうしてこんなことになるんだ。


 兄と言っておいて、まだ写真も何も見せてもらってないじゃないか。母と父についての話もあまりしていない。

 まだまだアレンから聞きたいことが、たくさんあるんだよ。


 僕をまた独りにしないでくれ。


 サナムは無我夢中で走った。天気はあいにくの雨。傘もないなか、走った。

 雨の水滴で体温が奪われる。それでもアレンのことで頭がいっぱいだった。


 時には転んだりもした。でも、すぐに立ち上がり、走る。

 足はもう悲鳴を上げていた。でも、無理やり足を動かす。

 軍手を握り締めながら。


 サナムの服は泥だらけであった。でも、そんなことは気にしない。全速力で走り、ようやく儀式が行われるところへたどり着いた。

 崖のほうに目を向ける。すると、アレンは崖っぷちのところに立っていた。

「アレン!」

 そう叫ぶと、アレンはこちらに振り向き、驚いた目でこちらを見つめる。

 そして、状況を把握したのか、アレンは一度だけ頷いた。


 すぐにアレンの元へ向かおうとしたが村人に捕まえられて、思うように身動きが取れない。

 アレンは何かを決心したように足を動かした。

 サナムは必死で抵抗して、村人の腕を噛むと、身動きが自由になった。


 すぐにアレンの元へ駆けつけた。

 アレンは躊躇うことなく、崖から落ちる。

 それと同時にサナムの右手がアレンの手を掴もうとする。


 カッパを着ていた村人たちの声が静まり返った。


 サナムの手は間一髪、アレンの手をしっかり掴んでいた。

 アレンは空中に浮いている形になっている。

「どうして俺を助ける?」

 アレンはいつもと違った、真剣な口調である。

「最初に手を差し伸べたのはアレンだ。だから、次は僕が手を差し出す番なんだ」

「答えになっていない」

 サナムの右手が徐徐に力が尽きていくのが分かった。

 それでも精一杯の力で手を握る。

「アレンが死んでしまっては、こっちが困るんだよ」

 右手の力は限界に達していた。

 もう無理だ……。


 そう思った矢先であった。

 村人にいた一人の男がアレンの手を掴んだ。

「小僧、引っ張るぞ」

 僕はその人の言われたとおり、力を出し切ってアレンを引っ張った。

 アレンは崖の上へと引き戻された。


 僕は一緒に助けてくれた村人に感謝のお礼を告げた。

「ありがとうございます」

「いや、礼を言われるほどではない。悪いのは俺らなんだ」

 その村人は申し訳なさそうに頭を下げた。

「どうして助けたんだ?」

 この村の村長が信じられないと顔をこわばらせている。

「村長、こんなのおかしくないですか?」

 助けてくれた村人の男性は真剣な表情で言った。

 すると、周りにいた多くの村人が「そうだそうだ」、「こんなのおかしい」と反対の声をあげた。

「ふーむ……」

 村長が深く考え込んだ。


 しばらくすると、村長がサナムの前へとやってきた。

「少年よ、悪かった。この儀式についてもう一度考えてみようと思う」

 村長は深く頭を下げる。

「えっ」

「それにあなたは左手がないことから、いろいろと差別されてきたはずだ」

 その言葉を聞くと胸を締め付けられるような思いがした。

「辛い経験をしてきた君から、大事な人を奪う権利が私たちには……ない」

「もう、いいですよ」

 サナムは小さく笑う。


 気がつけば、雨はあがって晴れた青い空が顔をのぞかせていた。


「これからは村のためにもそういうのを……」

「父さん、なに謝っているんだよ」

 クノミーが木の陰から出てきた。

「クノミー、なんでお前がここに?」

「こんなやつ死んでしまえばいいんだ」

 クノミーはサナムに詰め寄り、力を込めて殴っていた。

 僕は一瞬のことで避けられず、そのまま崖から落ちた。

 そのとき、アレンから「サナム!」と叫んだのが聞こえた。


 僕はこれでよかったのかな、とサナムは思った。


 左手のない自分に出来ることは、これぐらいなんだ。そう言い聞かせた。

 サナムに悔いはなかった。

 少なからず、アレンに出会えたことで温もりというものが感じられたのだから。


「アレン。僕は『央隹』になれたのかな」

 サナムはゆっくりと目を閉じた。



 アレンは家で家事をしていると、「すいませーん」と声が聞こえた。

 声のした方に向かうと村長がいた。

「すいません。あのときは私の息子があんなことをするなんて」

「もう、その話は止めましょう」

 そういうと、村長は「そうですね……」と言い、アレンに大きな紙を渡してきた。

「これは?」

「ここに大きく『サナム』と書いて欲しいのです。兄であるあなたに」

 アレンは村長に別れを告げて、紙に目を向ける。

 きっと、サナムを称える祝いでもやるのだろう。


 ただ、アレンはサナムに謝らなくてはならなかった。

 実は兄ではないということに……。


 もともと、サナムと出会う前はやけになっていた。

 自分が村の生贄に選ばれたからだ。


 だから、サナムに出会ったときも、ほんの興味本位だった。

 差別されている少年に自分の思いを共感してほしかったのかもしれない。それで無理に兄と言って、彼に近づいた。

 いずれ本当のことを話そうと思ってた。でも、結局は言えなかった。


 サナムは本当に兄として慕ってくれて、アレンとしては心地よかった。

 だから、本当の弟のようにかわいがってきた。

 彼には幸せになってほしい。気がつけば、そう感じていた。


 でも、生贄の儀式は避けられなかった。この村から逃げだすにしても、絶対に村長が追い詰めてくるだろうと思った。

 そして、崖から落ちようとしたとき、サナムに助けられた。アレンのことを実の兄と思いながら。


 これから、この罪を背負っていくのだろう。でも、生きていくしかない。

 サナムが救ってくれたこの命。いつまでも離さずにいよう。


「サナム、ありがとな」


 アレンはペンを手に取り、村長からもらった紙に大きく『サナム』と書いた。

 しかし、『サナム』の『サ』が小さくなってしまったり、『ナ』と『ム』が近寄りすぎてしまったりした。

 どうしようか、と考えていると、あることをひらめいた。


 アレンはもう一度、ペンを握ると、

『サナム』という字にあの漢字二文字を加えてやった。




          『英雄』




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