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彼と彼の幸せについて

作者: 白石ひな

 もしもの話をしよう。


 私の所属する美術部の部員が3人だったとする。いや、これは事実だった。はい、3人です。しかもみんな3年。受験生であり、もうすぐ引退の時期の5月。


 どうやら私以外のお二人は頭がよろしいらしく、某国立大学を志望していらっしゃるらしい。校内でもかなり頭のいい方に入るお二人には、頑張っていただきたい。だってお二人が受かってくれたら学校の知名度が上がるかもしれないじゃない。それに、うちの部活から某国立大学進学者を輩出とかかっこいいじゃない。


 まあ、うちの部活今年でなくなる予定ですけど。


 んで、私以外の二人が男だったとしよう。ただしお二人はとぉーっても仲がよろしい。私の入る隙なんてないくらいに。いつも二人で勉強会開いてるし、お出掛けしてるらしいし、お互いのことをデッサンしております。ちなみにこいつら、デッサンくそうまいんですわ。ついでに顔もそれなりによろしいんですわ。


 天は二物を与えないって、あの話は嘘だって証明されたね! だってこいつら二物どころか三物くらい持ってるもん!


 あ、そうだった。脱線するところだった。こいつらの憎たらしいと頃なんて挙げたらきりがない。はよ切り上げよう。


 じゃあ、続けますね。


 次は、この二人が恋仲にあるってことにしておきましょうか。


 だってね、とりあえずまあめちゃくちゃ仲良しなのは話したと思うけれど、やばいんだって。なんか妙に顔の距離近いし。いっつも一緒に帰ってるし。


 この間なんて笹原が、――あ、笹原ってそのお二人のうちの一人ね。ちなみにもう一人は槙田って言うんだけど、笹原はわりと優しげなお顔立ち。たれ目で背はそこまで高くない。逆に槙田は綺麗なお顔立ちというか目付きが悪いというか、いっつも不機嫌そうな顔してて、背がお高いやつなのです。


 で、笹原がどうしたかっていうと、槙田にむかってちょっと照れた顔しながら、「今日、お前ん家行ってもいい?」なんて言うんですよ! ちょ、ちょ! お前らいったいナニを致す気なの?! 落ち着け、早まるな! ここに一応女子がいることを忘れるなよ? っていうね!


 一応私の名誉のためにいっておくけども、私は腐女子ではない。彼らの睦まじい姿を見て興奮なんて絶対にしない。大事なことだからもう一回言っておきますね。私は腐女子ではありません! ここ大事だから!


 じゃ、最後のお話ね。もし、もしだよ? 私がその二人のうちのどちらかに告白されたとしたらどうしましょうか! はい、どーん。みなさんも一緒に考えてくださいね! 私ひとりで考えるなんて嫌だからね! というか、キャパオーバーで死にそうなうなんですけどォ!



 「おい、意識飛ばして脳みそ停止させようったって、そうはいかねえぞ」


 目の前の彼はどうやらお怒りのようだ。おお、こわいこわい。意識飛ばして何が悪い、このくそやろう、とか絶対に言えないね。言う気もないけど。


 どうしてこうなったのだろうと、何度か思案してみたけど答えはさっぱりだった。部活だからいつもは申し訳ないなあって思いながら二人と共に活動してて。だけど今回は部室のドアを開けた瞬間にいちゃついていらっしゃる二人がいたのね。もうこりゃダメだと思って、しっつれいしましたー! とかなんとか言って逃げ出してみたわけ。あとは若いお二人でっていう親の気持ちがよくわかりましたわ。


 で、しゃーないから帰るかあと思って下駄箱に向かったら後ろから足音が聞こえてきて、なぜか私の腕をつかんだ。は、誰やねん。と思ってる間に気がついたら空き教室につれこまれていて、びっくりしてやっと顔を見たら私の腕をつかんでいたのは槙田だったわけだ。


 なんで? え、なんでこの人こんなに不機嫌そうな顔してんの。


 そう思うくらいにはヤバイ顔をしていた槙田くん。いつも不機嫌そうだけど、今日はとびっきりやばい。でも意味がわからなかった。愛の花園を作ってやった私になんでそんなお顔をしてみせるのでしょう。


 と、思った直後の告白だ。何て言われたんだっけ。忘れちゃった。ごめんね、槙田。いろいろと衝撃がでかすぎて処理しきれなかったみたいだ。


 だって、意味わかんない。


 は? 告白? 私に? 相手間違えてんぞ、おい。そう言いかけたけどさすがにやめておきましたよ。槙田の顔があまりにも真剣だから、こりゃさすがにおちょくっちゃまずいって、私でもわかった。



 「冗談でもなんでもないし、俺はいたって本気だ。ついでに返事は今度でいいなんてあまっちょろいことを言ってやる気もない」


 うんうん、そういう人だよね、槙田って。そうはわかってるけど、つらいって。だってまだ頭ついてきてないって。


 「好きか嫌いか。それだけだろう。志乃は俺のこと好きだろう?」


 平然と言ってのける槙田が憎らしい。好きだなんて、言えるわけないだろう。ふざけやがって。


 私が好きだと言ったとしたら、必然的に槙田と笹原の関係は壊れるってことでしょう。私はどっちのことも好きだ。いや、恋愛的な意味じゃないけど。好きだ。


 だから嫌だ。何事もなく卒業して、また数年後によお! っていいながら、背中をばしばし叩ける関係がいい。だけど、私が槙田のことを好きだといってしまったら、全部だめになっちゃうじゃないか。無理に、決まってるじゃないか。このやろう。


 「し、志乃?」


 槙田の震える声が聞こえてくる。そんな情けない声出して、イケメンが台無しだぞ。なあんていつもなら、それくらいいってやるけど、いまは無理だった。


 「言えるわけ、ないじゃんか。……ないじゃんか!」


 あれれ、おかしいな。私の声も震えてる。あれれ、おかしいな。視界が、歪んでる。


 なんでだかわからずに戸惑っていると、槙田が不安そうな顔をして私の目元を優しく撫でた。そこでやっと気づいてしまった。もしかしなくても私、泣いてるんだって。


 涙なんて人に見せたの、何年振りだろう。しかもその涙を見て、ぬぐうのが槙田ってどういう運命のめぐりあわせだよ。私への嫌がらせかよ。


 「なあ、志乃。俺のこと好きだって言ってくれよ。好きだろうよ、必死に隠そうとしても隠しきれないくらいには」


 ああ、ばれてたのか。なあんだ。


 ばれてたってわかったら、ちょっとだけ私の気持ちも楽になった。そうだよ。私は槙田と笹原がラブラブで、私がお邪魔虫だって、そう思ってるけれど、その一方で槙田のことが好きだった。いつも不機嫌そうな顔で私と笹原のお喋りを見守ってる槙田は、その表情とは裏腹にいつだって優しくて、それに惹かれちゃったおバカな女の子なんだよ。


 「嫌だよ、槙田。私はだって、笹原のことも好きなんだもん。どうすりゃいいかわかんないんだもん」


 「……おまえ、俺を捨てて笹原のとこなんてぜってぇ行かせねえからな」


 槙田は私の腕を強い力で掴んで、決して逃がそうとはしない。が、ちょっと待て。何言ってるのかわからない。私が? 笹原のところに? なんで? 行くわけないじゃんね。……なんで?


 「何、言ってるの? 笹原のところに行っちゃうのは、――槙田の方じゃん」


 「は?」


 「……え?」


 噛・み・合・わ・な・い。


 ふたりしてどういうこと? って顔してぽかんとしてる。あほらしい。槙田の顔、すっごいアホ面。


 「え、いや。待て。なんで俺が笹原のところに行かなきゃなんねえの? そこんとこ詳しく」


 「なにいってらっしゃるの、お兄さん。あなたたちラブラブだったじゃない。むしろ私が聞きたいのですが、どうして私に告白なんてことになったの?」


 「……とりあえず、何か誤解してるようだ。意味が分からないけど、俺と笹原がラブラブってどうしたらそうなるんだ。じゃあ最近妙にさけられてたのは、まさか変に気を使った結果だったのか?」


 うっと、言葉につまる。確かに最近の、というかこいつらが恋仲だと気が付いた時から私はなるべく二人の邪魔をしないように行動してきた。部活の時もさっさと帰るようにしたり、事務連絡の時もなるべく早く立ち去ったり。


 よくよく考えたら私、よく頑張った。だって、槙田のことが好きだったのに、彼の笹原との仲を見守るために自分の気持ちを押し殺して、ってなにこれ。めっちゃいい子じゃない。


 「そう、だったのか。俺、嫌われたのかと思ってた。ふつーに勘違いだったわけか」


 「え、待って待って。槙田、アンタ、笹原と付き合ってるんじゃないの?」


 「は? いやいや、ないない。一応言わせてもらうが、俺はノーマルだし奴もノーマルだ」


 ノーマル……ノーマル? ぼーいずらぶはノーマルじゃないよね? ってことは、付き合ってないってことは、――ん? 疑惑の数々はいったい何だったのだ。もうわからなくなってきた。頭痛い。


 「アンタと笹原めっちゃ仲いいじゃん。話すとき妙に顔の距離近いし、この間手つないでたし。それに、一週間くらい前、笹原がなんか照れた顔で家行ってもいいかって聞いてたじゃん。だからそういう関係なんだとばかり……」


 「仲がいいのは否定しない。顔の距離は完全にアイツのせいだ。お前だって笹原と話してるとき顔近いだろ。俺がそれでどれだけいらいらさせられたことか。んで、手つないでたってのはまあ予行練習みたいなもん。気持ちわりいけど。最後に、俺の家行っていいかってのは……まあ、いいか。プライバシーとか言ってられんしな。俺の妹と、笹原が付き合ってんだよ。だからあいつは妹に会いに来たわけだ。で? 他には?」


 「……あり、ません」


 なんてことだ。全部私の勘違いだったってわけか。おう。……槙田氏の顔がとても怖いであります。口元は異様に引きあがってるくせに、目元が一切笑ってないであります。これはやばい。まじで逃げたい。そういえばさっきまで泣いてた気がするけど涙どこいった。あまりの衝撃に吹っ飛んだのか。とりあえず、槙田さん、怖いってば。近づいてこないで。お願いだからああああ!


 「で、俺に言いたいことがあるだろ? ほれ、言ってみろ。槙田くんのことが好きですぅってほれ、この口調で言ってみようか」


 「いやいやいや。何考えてんの。何恐喝してんの。そんな脅しには乗りません!」


 「おっまえ、俺と笹原の絡みを想像してオカズにしてたくせによく言うよ」


 「してない! 断じてしてない! 私にそういう趣味はない!」


 待って。もう一度言っときますけども、私は腐女子じゃないからね。違うから。確かに槙田と笹原はイケメンという部類に入るだろうから、この二人の絡みとか腐女子が歓喜しそうだけど、違うから! そして槙田さん、やっぱり顔怖いから! もとに戻ってええ!


 「もうこれ以上俺を焦らすなよ。こっちはもう1年くらい我慢してんだ。お前が必死に隠すから俺も隠してきたんだ。だけどもう待ってられない。俺は志乃が好きだ。志乃は?」


 なんだこの展開。私の思い描いていたのと違うよ。おかしいよ。


 私は槙田が好きだ。だから槙田が幸せになってくれればそれでよかったんだ。もし私が邪魔だって言うんなら、どろんしようとさえ思ってた。笹原とで幸せになってくれるなら、私はいらないならそれでよかった。いや、むしろその選択肢一択だった。けど、槙田は私がいいという。なんの夢だ。どんな都合のいい夢だ、これは。


 私は小さな声でたった二文字を紡いだ。ふわふわしてて現実味がない。だけどこれが夢でなくて現実であったら。彼の幸せを私が創造することができるなら。こんなに幸せなことはないと、そう思ったんだ。




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