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9/12

二人きりの夜、嵐が来てしまいました

「おはようございます」

 お兄さんが付きっきりで看病して下さったからか、翌日には熱は治まりました。ただ念の為にと、翌日が金曜日だったのもあって一日学校をお休みし、土日も含めてゆっくり休んで、今朝に至ると言う訳です。

「朔ちゃん、もう大丈夫なの?」

「はい。ご心配おかけしました」

 朝はご家族が揃う唯一の機会ですので、きちんとご挨拶をします。しばらく寝込んでいたので、お父様とお母様のお顔を拝見するのは数日ぶりになってしまった訳ですしね。それもありまして、いつもより少し早くだけ起きて、気合いを入れてお手伝いをします。

「では、お片付けしますね」

 きっと、私が患っていたからでしょう。昨日はお父様もお母様も早くに帰って来られていたようで、その為に残ったお仕事を持って帰られたみたいなのです。もっとも、私はずっとお兄さんの監視付きで寝かされていたので、玄関の開いた音で判断した訳ですが。その証拠に、机の上には資料が散乱していました。

「ああ、そっちは私がやるよ」

「朔ちゃんはこっちを手伝ってちょうだい」

「はーい」

 こんな感じで、お皿を出したり盛りつけたりと朝食のお手伝いをし(残念ながら、朝は忙しく時間がありませんので、お料理のお手伝い自体はさせていただけないのです)、お兄さんを叩き起こして家族揃ってご飯をいただきました。梅里家、いつもの朝の一幕です。

「いってきます!」

 本日は私が一番早く家を出ましたので、皆さんに見送られて、学校へと向かいました。

 そういえば、お見送りいただいた際に、なんだかご両親が神妙な面持ちだったような気がしたのはきっと、勘違いですよね。

「……さぁ、会議を始めるぞ」


 実質一日ぶりのはずなのですが、休日をはさんでいるからか、皆の顔を見るのはとても久しぶりのような気がします。それは向こうも同じだったようで、

「朔ちゃん!」

「もう大丈夫なの?」

教室で顔を合わせた際に、声を掛けてきてくれました。

「うん、ごめんね。心配掛けて」

 どうやら皆、私の身を心配してくれていたようです。まぁ、倒れた直後でしたから、余計に案じられてしまったのでしょう。

「梅里は体弱いなぁ」

「気を付けろよー」

 仲の良い男子達にも言われてしまいましたので、これからは気を付けなければいけませんね。

「ありがとう」

 元気な姿を見せ、安心してもらわなければと私が決意を固めていると、ここでにわかに、教室の外がざわめき立ちました。これも朝の恒例行事。美少女の登場につき、ひそやかにお出迎えをするファンクラブの方や、堂々とラブレターを渡そうとする猛者、それを差し押さえる人達が織りなす大名行列が始まったようです。

 しかし、それは全てあくまでも影で行われている事。本人は全く認識していないので、普段通りにやってきます。

「朔ちゃん、おはよう」

 あの人達の苦労はいつ報われるのかと思いつつ、私も挨拶を返します。

「風祢ちゃん、おはようです」

「もう良いの?」

「はい」

「良かったぁ」

 ご心配ありがとうございます。誠に不謹慎ではありますが、安堵した時の可愛らしい笑顔、いただきました。カシャッ。……って、本当に体に染みついてしまっているのですね、私は。

 はぁ、と溜息ついでに外を見ますと、怪しい雲行きになっています。

「なんだかまた嫌な天気ですね……」

 クラスメイトへの挨拶を終え、空模様に気を取られていた私は、その姿をにやにやと見る男子の存在があった事を、知りもしませんでした。


 実質一日しか休んでいませんでしたので、友人からノートを借りて何とか授業についていく事が出来ました。数日分になると、ノートを写すのにも一苦労ですからね。

 そして、これも久々になってしまった任務、もはや言わずと知れた風祢ちゃんの盗撮と観察を終え、急いで帰りました。その甲斐もあってか、私が家に戻るまでは、何とかもってくれたのですが……。

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

「うひゃあっ」

 鍵を開けて玄関に入ったと同時に、すさまじい雷鳴が轟き、大粒の雨が降ってきました。

「うう~」

 雨だけならまだしも、私は雷が大の苦手なのです。おまけに今日は風も強く、家はぎしぎし言うし、窓ガラスはがたがたと音を立てるので、恐ろしくてたまりません。

「誰か……」

 こんな時に限って誰もいないなんて。……いえ、ご両親は仕方ないにしても、どうしてお兄さんまで遅いのでしょうか。

「大丈夫、大丈夫。怖くない、怖くない」

 そう自分に言い聞かせながら、びくびくと震えつつ、部屋の隅で丸まっていました。


「ただいまー」

 私が帰ってから一時間は経ったでしょうか。ようやく、待ちに待った待望の声が響きました。

「お兄さん! やっと帰ってきて下さったのですね!」

 私は喜びのあまり飛び上がり、急いで部屋を出ようとします。

ゴロゴロゴロビッシャーン

「わひゃっ」

 けれどもここで、本日一番の雷が落ちたようです。しかも、音の大きさからかなり近くに落ちたようで、高音部までしっかりと聞こえてしまいました。仕方が無いのでお行儀は悪いですが、布団を被ったままお出迎えします。ですが途中で洗面所によって、タオルを取ってくる事は忘れませんでした。

「いやー、まいったまいった。こう土砂降りじゃ自転車乗れないし、すっかり遅くなっちまったぜ。って訳でおーい、朔ー。タオルー」

「はぁい~」

 しかし、暗がりで見る布団のお化けは予想外に恐ろしかったらしく、

「だ、誰だ!?」

お兄さんに不審者扱いされてしまいました。そしてまた、稲光。

「うう~」

 めげそうになりながらも、必死でタオルを差し出します。

「おかえりなさいー」

 ここではっとして、お兄さんは明かりを点けました。最初から点けてくれればいいものを。そうする事で、やっと分かったのでしょう。

「さく、か?」

 タオルを受け取ってくれました。私も電気が灯った事で安心して、布団から少し顔を出します。

「そうです」

「どうしたんだ、そんな布団被って」

「ひゃあっ」

 この状況をご説明する前に、またやってきた稲妻に驚いて身を縮こませてしまいましたから、説明する前に理解していただけたようです。

「……雷か」

「はい……」

 そういえば、こんなに酷い稲光は初めてかもしれません。それに、いつもなら皆様がいらっしゃるので我慢しますし、耐えられるのですが、今日は誰もいなかったので震えるしかなかったのです。

「大丈夫、そんなに簡単に落ちたりしないよ」

 お兄さんが私を安心させる為にそんな事を言ったから、雷を本気にさせたのでしょうか。

ドンガラガッシャーン

 特大の雷が落ちて、一気に辺りが暗くなりました。

「うわっ、停電!?」

「はわわわわわわ」

「お、落ち着け。朔。落ち着くんだ」

「そういうお兄さんだって慌てているじゃないですか!」

「違う俺は懐中電灯を探してるんだ!」

「懐中電灯なら、この間防災グッズの中に入れたじゃないですか!」

「あ、そうだった」

 お兄さんのボケが炸裂し、私のツッコミも華麗に決まったところで、お兄さんは携帯電話を取り出し、そのわずかな明かりを頼りに、手探りで防災袋を見つけます。そして懐中電灯を発見し、スイッチを押しました。

「ほれ、これで少しは落ち着くだろ?」

「はい」

 暗がりに一点の光がともっただけで、こうも心が平静を取り戻すとは。

「私達はすっかり、灯りという神に支配されてしまったのですね」

 昔は夜になれば真っ暗だったという事実を思うと、私達がいかに脆弱かという事を思い知らされます。いえまぁ、きっと昔は月明かりや星の光に照らされ、それはそれで美しかったのでしょうが。

 しかし、お兄さんには私の意図は届かなかったようです。

「ここでそれを言うか」

 何故かつっこまれてしまいました。自分がこれから、いかに間の抜けた事を言うとも知らずに。

「さ、夕飯にしようぜ。今日は遅くなったからコンビニ弁当で勘弁な」

「……お兄さん」

「ん?」

「どうやって温めるのですか?」

「……俺達はすっかり、電気という魔王の支配下だな」

 お兄さん。今日は妙に、台詞にフラグが多いです。


 結局、夕飯はガスが生きていましたので、買い置きしてあったレトルト食品で済ませる事にしました。けれども、そうこうしている間に電気も復旧しましたので、なんというか弄ばれた気分です。

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 食べ終わった後、お兄さんとお話ししながら、これはこれでキャンプみたいで面白かったかもなぁ、たまには良いかもなぁと少しだけ肯定的な事を、頭の片隅で考えていました。

 ……だからでしょうか。一瞬勢力を弱めた雷雲が、再び力を取り戻してしまいました。

「う~」

 早くどこかに行かないかなと、そんな弱気な事は言えませんので、どうしても訴えはうめき声になります。

「ん、どうした?」

「な、なんでもありません……」

 それをお兄さんは、不満と取ったようです。

「あー、ごめんな。今日作ってやれなくて」

「いえ、それは仕方ないですから」

「明日は朔の食べたいもん作るよ」

「ありがとうございます」

 気遣いの方向性は大分ずれているのですが、ありがたく受け取っておきましょう。

「じゃあ、俺宿題あるから」

「あ」

 話している最中に、お兄さんが突然席を立たれたからでしょう。つい、心の声が出そうになってしまいました。行かないで、なんて言えるはずもありませんのに。

「だから、さっきからどうし……」

 今度は先程の件もあってか、外の様子に怯える私の姿を見て、気付いてしまったようです。

「……怖いのか?」

 今更言い出せるはずも無く、というか中学生にもなって雷が怖いからそばにいてほしいなんて頼める訳も無く。気まずいのを通り越してしまって、もう、目をそらす事しか出来ませんでした。

 それでも、お優しいのがお兄さん。

「いいよ、じゃ俺の部屋おいで」

 意地を張る私に、手を差し伸べてくれました。

「すみません……。このご恩は明日、体操服姿の彼女を撮影する事で返させていただきます。残念ながらブルマではありませんが」

「いや別に良いけど……。っていうか近頃の子はあれの存在すら知らないだろう。あと男が皆ブルマに萌えると思ったら大間違いだ。体操着といういつもと違う、期間限定特別な服それだけで、いや、何でも無い。まぁ、楽しみにはしている」

 そんな事を話しながら階段を上り、お兄さんのお部屋に入れていただきました。

「……って、そこで良いのか?」

「大丈夫、です」

 流石にお勉強の邪魔をする訳にはいきません。部屋の隅においていただければ十分、それで何とかしのごうと思ったのですが、

「ひゃうっ」

本日二回目の停電でした。この雲さん、どうやら相当意地悪なようです。

「うう……」

 下手に動いては危ないですし、どうする事も出来ませんので、腕を抱えて震えるしかありません。

「はぁ」

 すると、溜息をつく声が聞こえ、何やら動く気配がありました。程なくして、横に人の温もりを感じます。お兄さんがわざわざ、私の隣に来て下さったのです。

「うう~」

 こうなってしまったら、恥ずかしがっている場合ではありません。暗くて顔が見えない事を良い事に、お兄さんの腕にすがりつきます。

「よしよし、大丈夫だから……」

 そう言ってお兄さんは、怖がる私のそばにいて、もう片方の手でずっと頭を撫でていてくれました。


 電気が復旧した時に、あまりに近くにお兄さんがいた事に驚き、私の顔がりんごよりも真っ赤になったのはもはや言うまでも無く、ましてや飛びのいてすぐさま土下座した事は、語る必要さえありません。


大体の伏線は全て張り終えましたので、あとは突き進むだけでございます。

朔は果たして、自分の気持ちに素直になれるでしょうか。

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