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貴方の為ならこの私、心を鬼に致しましょう

「おかえりー」

「た、ただいま、帰りました。お兄さん……」

「うん、おかえり。朔」

 家に帰ると、お兄さんが満面の笑みで出迎えてくれました。そのお姿はまるで、私が帰ってくるのを今か今かと手ぐすね引いて待ちわびていたかのごとく見事な仁王立ちで、思わずおののいてしまいます。

「朔、どうだった?」

「はい、それが……」

「まぁとりあえず入れよ」

 そう言って、労をねぎらうように、私の通学用鞄まで持って下さいました。その笑顔を裏切るのは大変心苦しいのですが、私は言わねばなりません。私達の今後の為に。この主従関係をひっくり返す為に。


「え、撮れなかった……?」

「はい……」

 手洗いうがいをし、茶の間の座布団に座って一息ついた所で(なんと、お茶まで用意してくれました)、私は思い切って伝えました。

「何故だ、どうしてだ」

「ご、ごめんなさい」

 お兄さんは動揺のあまり、私の肩を揺さぶりながら尋ねてきました。そのあまりの剣幕に圧倒されながらも、ここで負けてなるものかと私は続けます。

「それが……。今日、持ち物検査がありまして」

「あ」

 申し訳なさそうに、おずおずと切り出したのが功を奏したのでしょう。お兄さんはすぐにピンと来たようです。しかし、

「それで没収されちまったのか……」

いかんせん頭が回り過ぎたのか、答えは実際とは離れたものになってしまいました。いくら私でも、そんな失態は犯しません。……いやまぁ、お前のしている事が犯罪だろうと言われればそれまでなのですが。そ、それに、そんな事を言ったら、お兄さんは中学校に乗りこみ、先生を脅してでもカメラを取りかえそうと躍起になられるでしょう。それだけは避けなければなりません。

「いえ、カメラはここに」

 こうなる事を予測し、物はあえて私の手の中に残しておきました。

「え!?」

「とある場所に隠していたのですが、見つかってはいけないと思ったら取り出す事が出来なくなってしまいまして」

「ああ、そういう事か……」

 これで何とか、ご納得いただけたようです。私の肩から手を外し、自分の席へとお戻りになられました。

「まぁ、仕方ないよな。日記の方は?」

「はい、それはここに」

「さんきゅー。じゃ、明日も頼むわ。明日こそ、よろしく頼むぞ。健闘を祈る」

 グッドラック、と妙に発音良く言って親指を立ててポーズを決め、いそいそるんるんとノートを開き始めました。これからきっと、お兄さんは日記という名の観察報告書を読みながら、想像に妄想を膨らませ、にやにやと楽しむのでしょう。いくら私でも、そんな姿は見たくありません。猛獣が餌に夢中になっているうちに、足早にその場を立ち去りました。

 ……ま、勿論、全部嘘ですけどね。


 尋問のような恐怖からようやく解放されると、私は自室に鍵を掛けて閉じこもりました。子ども部屋に鍵なんて、と今までは思っていましたが、この時ばかりはそのご配慮に感謝感激雨あられです。そうやって身の安全を確保してから、お兄さんの部屋から拝借してきた、使われていない方のノートパソコンを立ち上げます。お兄さんは電化製品オタクなのですぐに買い替えを行い、その結果として古くて使われていない先代達がしまいこまれているのです。それを、寿命をまっとうし大往生するまで使わないのは、宝の持ち腐れという奴では無いのでしょうか。ですから、私が有効活用して差し上げようと思ったのです。まぁ最も、持ち出したこのパソコンも三年前ぐらいのものですし、譲り受ける約束はとりつけてあるので、勝手に持っていっても問題は無いはず。どうせばれる事は無いでしょうし、我が物顔で使います。

「……ありました」

 今のご時世、小学校でも使い方を習いますので、ある程度ならば私も勿論使えます。そんな訳でパソコンをちゃちゃっと立ち上げ、とあるソフトを起動します。そこには、今日私が撮った風祢ちゃんの写真が数十枚入っていました。

 実はあのカメラ、設定したパソコンにデータを飛ばすような仕組みになっておりまして、カメラ本体にはデータが残らないようになっているのです。本当に探偵さんが使うような代物ですね。だからこそ私は、撮れていないと申し上げておいたのです。

 ……だって、これでもし写りが悪かったりぶれていたりしたら、糠喜びさせるだけじゃないですか。あんなに心待ちにしていたお兄さんをがっかりさせるなんて、そんな事はしたく無い、って、はっ。い、いえ、今のは言葉の文です。依頼されたからにはきっちり仕事をこなそうという、探偵スピリットです。……きっと。

「さて……。でも、どんなものでしょうかね」

 一応、撮った写真は全て送られてきているようなので、一先ず安心しました。撮ったつもりが何らかのトラブルで届いていなかったら、それこそ本末転倒ですからね。ですが、問題は写りの方です。私は一枚一枚丁寧に、写真を検査していきます。

 写真とにらめっこする事、せいぜい一時間ぐらいでしょう。そうして分かった事は、今日初めてだったのにもかかわらず、私は一枚もぶれさせなかったという事と、全て彼女が中央に写るベストショットだったという驚愕の事実でした。……自分の盗撮の腕が、恐ろしくなりました。だって、よく考えても見てください。私は一介の女子中学生なのです。それが、何故気付かれないようにこそこそと影から撮っているのにもかかわらず、はにかんだ笑顔から一瞬の驚いた表情に至るまで、こうも上手く撮影出来るのか。自分でも不思議で仕方ありません。

 しかし、これは行幸です。悪魔との契約にも似たお兄さんとの取引の材料が、比較的楽に手に入る訳ですから。

 けれども、これではまだ足りないと更なる破壊力を求め、その調子で私は適当な嘘をでっち上げて公開を引き延ばしました。


 そして、一週間後。

「朔、ちょっと来なさい」

 険しい顔をしたお兄さんに、呼び出しを喰らってしまいました。

「はい」

 私はついに来たか、と思いました。そりゃあそうです。いくら心の広いお兄さんとは言え、何の成果も無く一週間もお預け状態にされれば、待ちくたびれるでしょう。

 そこに座りなさい、と語気を荒くして言ってから、お兄さんはお説教を始めました。

「お前、一週間だぞ。一週間。そろそろ成果を挙げても良いだろう」

 何をもたもたしているんだとぷりぷり怒るお兄さんを後目に、私は余裕たっぷりに答えます。

「あらお兄さん。人材育成には時間がかかるものですよ」

「ほう。朔よ、随分強気じゃないか。ろくに仕事もこなせないくせに」

 お兄さんの嫌味攻撃もなんのその。そうです。今日の私はいつもの私と違います。此方にはなんてったって、五百枚にも及ぶカードが揃っているのですから。お兄さん相手には絶対無敵の武器があるだけで、こんなに心強いなんて。

「お兄さん」

 さて、ここからは私のターンです。立ち上がってお兄さんよりも目線を高くし、心理的にも優位に立ちます。

「は、はい。なんでございましょうか」

 その気迫に押され、背筋をしゃっきりとさせて正座するお兄さん。ぷるぷると震えながら怖がる子犬のようなお姿も、なかなかに可愛らしいものです。

 そんなお兄さんに、まずは挨拶代わりに痛い所をついていきます。

「従妹とは言え妹を、いくら自分の欲望の為だからと言って、そんなに犯罪者に仕立て上げたいのですか?」

「だから」

 そうやって口八丁手八丁でまた丸めこむ気でしょうが、そうは問屋がおろしません。

「では、こう致しましょう」

 反論を認めず、あくまでも私のペースを保ったまま、提案という名の脅迫を差し向けます。

「私がこれから毎日一枚ずつ、彼女のベストショットをきっちりかっちりとらえて参りましょう」

 その自信たっぷりな物言いに、お兄さんはぽかんと開いた口が塞がらないご様子でした。それもそうでしょう。お兄さんの中で、私は一枚も写真を取って来られないダメ探偵な訳ですから。まんまと小娘の浅知恵に騙されましたね。

 良い気になって、本題に斬り込みます。

「ですから、お兄さんも誠意を見せてくださいな」

「……どうやって?」

 しかしこうやって、交換条件を持ち出す事は想定の範囲内だったのでしょう。疑いながらも、それでも話が先に進みませんので、お兄さんの方から尋ねてきて下さいました。

 それを待っていましたとばかりに、私は用意してきた台詞を声に乗せます。

「私の願いを、聞きなさい。そして、叶えなさい」

 一回言ってみたかったのですよね、こんな言葉。素敵な文言に、つい気分も乗ってきます。

「お、おい、朔。お前キャラが変わって」

「さぁ、言いなさい。お兄さんは私に何をさせたいのですか?」

 そんな私のあまりの変貌ぶりに心底怯えながら、それでも願わずにはいられないのでしょう。おっかなびっくり望みを言います。

「……朔の友達の、風祢ちゃんの写真を撮ってきてほしい。そして彼女の好みを探り出してほしい」

 素直に答えたご褒美に、私はどこぞの家政婦さんよろしく、一つ返事で了承します。

「承りました」

「いいの!?」

「その代わり」

 自分でも末恐ろしくなるぐらい残忍な、悪魔のような微笑みを浮かべて、お願いしました。

「お兄さんは私の下僕になって下さいね♪」

 さーっと血の気が引いたようです。やってしまった、俺はとんでもない化物を生み出したかもしれない、そんな顔をなされていました。失礼な。

「返事は?」

「……やだ」

 当然のように、お兄さんは断りました。でも必死に目をそらし、私を視界に入れまいとしている所を見ると、それでもやっぱり私の優位は不動のようです。

「そうですか……。ならばこれは要らないですね」

 本当は、こんな真似したくなかったのですが……。致し方ありません。懐から、切り札を取り出します。

「な」

「ふふん」

「そ、それは……!」

 ひらひらと見せびらかす様に手に持っているのは、私がこの一週間で苦労して手に入れた中でも一番のレアショット。授業中にうとうとしていて先生に当てられて恥ずかしがった挙句に照れ隠しにはにかむという、もうとんでもなく可愛い風祢ちゃんの写真でした。ちなみに、その様子は観察日記にも書いておいたはずですから、お兄さんには写真を見ただけでその時のものだと分かるという訳です。

 お兄さんは頭を抱えて悩んでいらっしゃいましたが、やがて脱力し諦めたように、床に膝と手をついたまま呟きました。

「お前に俺は何をしてやれば良いんだ……?」

「では手始めに」

 待っていました、とばかりに今度は天使の微笑みで言いました。

「お夕飯の支度をして下さい」


 ごめんなさい、お兄さん。それでも朔は、どうしても食べたかったのです。お兄さんの手料理という奴を。


そんな訳で朔の本性が露わになってまいりました。

でもお願いは中学生らしく、可愛らしいものに。

しかし、果たして願いという名の命令は聞き入れられるのでしょうか。

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