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兄は兄でも従がつくのです

 うーん、何か色々お話しておかなければならない事が多いようですね。私とした事が、昨日の大事件を説明するのに夢中になっていて、ちっとも私の、そしてお兄さんの事について語っていなかったようです。ですから、事の起こりから順序良く、関係性をひも解いていきましょう。ようやく私も授業が終わって、めでたくお兄さんの命令から解放され、自由の身になった訳ですし。

 さて、言い忘れていましたが、私とお兄さん、梅里朔と梅里(うめさと)(うた)従兄妹(いとこ)同士です。形式上、というか私が幼い頃から仲良くしてもらっていましたのでお兄さんと呼んでいますが、本当の兄妹という訳ではありません。私があまりにも、お兄さんお兄さんと親しげに呼んでいた為、誤解してしまった方も多いでしょうね。けれどもそんな私達ですが、今は訳あって一つ屋根の下に暮らしています。

 まぁそんなに深い理由がある訳でもなく、ただ単に私が三年前に両親を交通事故で亡くし、天涯孤独になってしまったからというだけの話なのですが。流石に、当時私は小学五年生。父は会社員、母は普通の専業主婦だった一般家庭に育った私が、特別に家事が得意だったと言う事も無かった為、一人暮らしをするのは無謀でした。何より、まだローンの残った一軒家を管理出来る訳も無く、また生々しい話では、保険金などの遺産相続に関するあれこれなど、様々な問題がありました。それを一切合財手続きしていただき、泣きじゃくり途方に暮れる私に救いの手を差し伸べてくれたのが、叔父さんご夫婦。現在もその縁で、ご厄介になっているのです。

 ……え? 話が重い? 仕方ないじゃないですか。本当の事なのですから。それに、可哀相なヒロインポジションを狙っている訳では無いですし。そんな事で同情を引いて、人気を集めようなどというせこい手を使う気はさらさらありません。……確かに、お父さんとお母さんを一度に失くした事は辛かったです。実際、ずっとめそめそしていて、中学生になってから何とか心の整理がついたという感じです。叔父さんご夫婦が優しく見守って下さらなかったら、また、お兄さんが何かにつけて私に声を掛け、励ましてくれなかったら、私はずっと気持ちが沈んだままだったかもしれません。お兄さんにはそういう点においても、感謝してもし尽くせない恩があるのです。

 それに、名字は梅里で統一ですので、“家族”としての違和感は皆無なのです。故に、中学校に上がってからの知り合いには、その辺りの事情は何も話していません。変に説明して必要以上に気まずい顔をされたり、同情的に見られたりするのは、あまり気分の良いものではないですからね。元々、叔父さんにはご夫婦でよくしていただいていましたし、詩兄さんだって、私を本当の妹のように可愛がってくれています。……多分。このご家族に引き取っていただけた事が、絶望の淵にまで追い詰められた私の、たった唯一の光であり、幸せな事だったのでしょう。

 だから、色々ありましたが、問題が無いと言ってしまえば、不満も不安も無かったのです。

 ……お兄さんが、あんな風になってしまわれるまでは。



 きっかけは、一年前の事でした。

 それは、ようやく私が新しい学校にも慣れて、新しい家族にも親しむ事が出来て、精神的にも落ち着いて、家に友人を呼べるようになった頃の事です。

『お邪魔しまーす』

「お、朔。お友達か?」

 私が彼女達を連れてきた時、ちょうどお兄さんが帰ってきた所だったみたいで、私達を出迎えてくれました。

「はい、お兄さん」

『こんにちはー』

「お、おう。ゆっくりしていってね」

 お兄さんは若干ぎこちないながらも、それでも快く、友人達を迎え入れてくれました。いいえ、違いますね。この頃のお兄さんはスーパーお兄さんですから、緊張のあまり声が震えて挙動が不審になったり、あるいは妙に明るくハイテンション振る舞って寒い感じで見られたり、そういった恥ずかしい真似なんてする訳が無いのです。というよりも、ミスをするという事自体、想像もつかない、有り得ない事でした。

 そんなお兄さんを見た友人達の反応は、嬉しい事にとても良好でした。

「さくちゃんのお兄さん、格好良いねー」

「流石、さくちゃんのお兄さんだー」

「えへへ」

 私の部屋に入り、お兄さんの姿が見えなくなるや否や、彼女達は次々に称賛の言葉を投げかけました。こう素直に褒められると、私の事ではないのに何だか照れてしまいます。

「サッカーとかやってそう」

「うん、よく分かったねー」

「えー、運動神経も良いんだ。すごーい」

 そう、ああなってしまう前のお兄さんは、十人中八人は格好良いという程のイケメンでした。サッカーをやっていたので、運動神経もなかなか良く、頭も悪くないですし、自慢の素敵な従兄さんだったのです。ああなる前は。……いえ、今でもその辺りは変わらないのですが、いかんせん“性格”、いえ“趣味嗜好”と表した方が正しいでしょうか、に難があり過ぎて、他が霞んでしまうというか、何と言うか。ですからこの頃のお兄さんだと、私は自信を持って、眉目秀麗容姿端麗、優しくてスポーツも出来て成績優秀な、パーフェクトな従兄ですと言える訳なのです。

 そんなお兄さんを皆に褒められ、認めていただけたような気がして浮かれていた私は、だからこそ気が付かなかったのです。

「……おい、朔文」

 一つ。友人達が帰った後に私に話しかけた際、お兄さんがただならぬ様子だった事に。

「はい、なんでしょうお兄さん」

「あの子、可愛いな」

「そうでしょう。私の自慢の友人です」

「ふーん……。名前は?」

 二つ。何故か今日会ったばかりで、しかも次会えるかもわからない友人の名前を尋ねてきた事の不思議さに。

「佐々本風祢(ささもとかざね)ちゃんとおっしゃいます」

「風祢ちゃん、ねぇ……」

 そして、三つ。この時点からすでに、お兄さんの風祢ちゃんを見る目が、従妹の友人を見るそれではなかった事に。


 それからお兄さんは、私が友人を連れてくる度に、とても嬉しそうにしていらっしゃいました。いえ、私が友達を呼んだという事それ自体に関しては、叔父さんご夫婦も喜んで下さったので良いのです。良いのですが、たまに私達が遊んでいる所に、突然何の前触れも無くドアを開け、そのくせ我が物顔でいきなり突撃してくるのは、いくら家族とは言えいかがなものかと思いました。まぁその時は大抵、男の子の友達も連れてきていたので、そこで話が合って意気投合し、彼らの輪の中に入りたかったみたいなのですが。

 そうなのです。何のカリスマ性かはしりませんが、五つも年が離れているのに、お兄さんは私の友人達にすぐに馴染みました。というか、お兄さんが友人達に慕われるまでに時間はかからなかった、と言った方が正確かもしれません。だから一時期は、私がいない時にも家に誰かしらが来るという、奇妙な状態が続いていました。その頻度は、お兄さん受験生なのに大丈夫なのかな、とこちらが心配になる程でした。しかし、やっぱりその時はスーパーなお兄さんでしたから、上手く折り合いをつけて、むしろ勉強の息抜きのように、中学生と遊ぶ事を楽しみにしていたみたいです。ですから、双方気を使う事無くゲームに興じていたようです。そんな関係ですから、彼らの方が私よりも仲が良く見えた時期も、確かに存在しました。その証拠に、未だに私に隠れて遊んでいらっしゃるのだとか。

 それまでは、私をあんなに可愛がってくれていたのに。

 い、いえ、別にこれはその、決して、嫉妬とかそんなんじゃないんですよ。……そんなんじゃ、ないんですから。

 ただ、お兄さんがロリコンになってしまった一端は、責任は、私にもあるという事です。今から思えば、あの時に風祢ちゃんを連れてきてしまった事が、そもそもの間違いだったのかもしれません。彼女と出会わなければ、お兄さんの変態性は目覚めなかったかもしれないのですから。

 ……でも、私はただ、素敵なお兄さんを自慢したかった、たったそれだけだったのですが。



「はぁ……」

 嫌なシーンまで回想した所で、どうしましょう。家に辿り着いてしまいました。元々、帰宅した時の事を考えたくなくて始めたのですが、いかんせんさらに憂鬱な気分になってしまいました。現実逃避もほどほどにしておかなければならないと、私は一つ賢くなりました。さようなら、私の一時の自由。

 どうして、いつもは部活が無い限りは寄り道なんぞせずに、まっすぐ最短コースで帰るお家に戻りたくないかと言えば、お兄さんの期待という名の重圧に耐えられないからというのも勿論あります。ですが、本当の理由は別にありました。な、何故ならば、私は今から、一世一代の大博打を仕掛けなければならないのです。それも、あのお兄さん相手に。昨日は言いくるめられ、上手い具合に使われてしまった、知能も経験値も私のそれを遥かに凌駕する、あのお兄さんに。

 しかしこれは、私の今後を左右する、絶対に勝たなければならない勝負。入念にシミュレーションを重ね、臨戦態勢に入ります。どんな小さなほころびもないように、最終確認も怠りません。付け入る隙を与えず、華麗に騙しきらなければならないのです。慎重にもなります。とはいえ、此方はその気満々でも、お兄さんは何も知らないのです。それが唯一の、私の勝機。大丈夫、私は頑張れる――。

「おっと、朔ちゃん。どうしたんだい? 鍵でも忘れたのかい?」

 そんな事を玄関の前でずっと考え込んでいましたら、ご近所の方に心配されてしまいました。

「い、いえ。大丈夫です。ご心配ありがとうございます」

「そうかい? なら良いんだけどね」

 ふぅ。危ない所でした。少々どもってしまいましたが何とか誤魔化せたようで、おじさんは通り過ぎて下さいました。

「さて……。仕方ないですね」

 いくら自分の家とはいえ、居候の身の上ですし、何よりずっと道端に立っていては、通行人の方に変に見られてしまいます。先程のようにお声を掛けられて、ややこしい事になってしまうかもしれません。そろそろ決戦の時です。意を決し、鍵を開けてドアノブをひねります。

「ただいま帰りましたー」


 しかし、私が一枚も写真を撮っていないと言ったら、お兄さんはどんな顔をなさるでしょう。


役目は立派に果たしたはずなのに、何故か家に帰りたくないようです。

朔の謀とは一体――?

次話、朔の本性が垣間見えます。

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