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最後くらい、素直になろうと思います

「お兄さん!」

 私が跳ぶように階段を駆け降りた時にはもう、お兄さんは玄関で靴を履いていました。危ない所でしたが、なんとか間に合ったようです。外に出られてしまっては、色々と面倒ですからね。

「なんだ、朔。俺はこれから」

「ですから、その前に言っておかなければならない事があります」

 これからどこに行くかなんて、そんな事は知っています。風祢ちゃんの所に行って告白をしてくるなんて、もう一度言われて現実を突き付けられなくたって、分かりきっています。だからこそ、その前に伝えようとしているのではありませんか。

 私の真剣な物言いに、お兄さんは歩みかけていた足を止め、此方に向き直ってくれました。

「何?」

「お兄さん……。いえ、詩さん。私」

 先程起きたばかりですから、きっと目は腫れているだろうし、確実に睡眠不足ですから、顔もむくんでいることでしょう。服装もしわくちゃのパジャマ姿ですし、髪もとかしていませんから、ぼさぼさで寝癖までついているかもしれません。今の私には、可愛さの欠片も無いでしょう。折角告白するにしても、もっと身なりに気を使うべきだったかもしれません。

「私、詩さんが好きです」

 でも、貴方を思う気持ちだけは、誰にも負けないつもりです。震える声を奮い立たせ、折れそうになる心を必死に支えて、勇気を振り絞って、幼い頃から抱き続けた恋心をしっかりと目を見て告げました。ところが。

「知ってたよ」

「ええ!?」

 あまりにもあっけらかんと暴露されてしまったので、思わずのけぞって、全身で驚きを表現します。

「っていうか、あれでばれてないとでも思ったのか?」

「だってお兄さん、平気そうな顔して」

 どういう事なのでしょう。私の気持ちを知っていた上で、ずっと一つ屋根の下で暮らしていたなんて。そんな事があってたまるものですか。私なら絶対に耐えきれないです。

「あ、あれは、その、動揺するとか格好悪いじゃん」

 すると、流石のお兄さんでも平気では無かったようで、

「朔の前では、格好良い兄貴でいたかったんだよ」

少し照れたように、頬をかいて呟きます。何という事でしょう。これが所謂ギャップ萌という奴なのでしょうか。ずきゅんと胸に矢が刺さってしまったかのように、その場から一歩たりとも動けません。

「でも、もう良いよな」

 そのくせ、目だけはお兄さんに釘付けで、そらす事も出来ませんから、熱い視線を送り続ける形になってしまいます。その上、先程の件も合わせて考えると、恥ずかしさに顔だけがどんどん真っ赤に染まっていきます。だって、私が言うまでも無く、私のお兄さんへの恋心は筒抜けだった訳ですから。

 それなのに、お兄さんは靴を脱いで上がって、どんどん私の方に近付いてきます。

「俺もずっと、朔が好きだったんだから」

 そして理解が追いつく前に、抱きしめられてしまいました。長年思い続けた憧れの人に告白までされてしまって、内心の動揺や次々と浮かび上がる疑問を、叫んで表すのが精一杯です。

「えええええええ!?」

 しかしそれはおかしいのです。話が全く噛み合わないじゃないですか。

「でも、お兄さんは風祢ちゃんが」

好きなのではないのですか。だから昨日、告白をしに行くとおっしゃったのではないのですか。その為に私は、犯罪の真似事をしてきたのではないのですか。そして今日、今から彼女の元へと馳せ参じるのでは無かったのですか。それ故に、私は決死の覚悟で、お兄さんに想いをお伝えしたというのに。ますます訳が分かりません。

 さらにこのお兄さん、顔が見えないのを良い事に、とんでもない事を抜かしやがりました。

「ほら、俺はただ女子中学生が好きなだけかもしれないだろ?」

「はぁ……」

 その可能性を自ら指摘するなんて、このお兄さん、どれだけロリコンなのでしょうか。自分の気持ちを疑うほどだなんて、昔はそんな方では無かったのに。いつからそんな方向に目覚めてしまったのでしょうか、おいたわしや。ではなくて。

 私が平静さを失ったあまりにずれた事を考えている間にも、お兄さんの独白は続きます。

「卑怯な兄貴だよ。あの手この手で裏から根回ししたりな」

「根回し?」

 どうして今そんな単語が出てくるのでしょうか。何を言っているのだか、さっぱり分かりません。

 でも、関係無い話などあるはずもなく。話はきちんと繋がっていました。

「お前の完璧な盗撮が見抜かれる訳が無いだろう」

「え、じゃあ……」

「俺があいつらに頼んだの」

 なんと、犯行が露見した犯人はお兄さんでしたか。通りで、彼らが遠慮する訳です。

「……まさか、あんな風に曲解するとは思ってなかったけどな」

「ちなみに、なんと?」

「俺はただ“最近朔の部屋から風祢ちゃんの写真が発見されたんだが、お前ら何か知らないか”と言っただけだ」

「それは誤解を生みますよ!」

 想像力たくましい男子達の事です。おそらく、以前から私が風祢ちゃんを見る視線が尋常では無い事に気が付いていたはず。そんな彼らには、私が風祢ちゃんの写真を持っていたという事実はこれ以上無い証拠だったでしょう。もう、全てお兄さんが悪かったのですね。後でしっかりと訂正をお願いしなければ。

「ただ、風祢ちゃんだけは何も知らない」

 流石のお兄さんでも、女の子を利用するような汚い真似はしなかったようです。彼女を仲間に引き入れるのが一番手っ取り早いと思うのですが、そこは紳士だからでしょうか。本当にすまなそうな顔をしていました。

「彼女には悪い事をしたよ」

 そうして、ようやく離してくれました。今まではこの一連の話をお兄さんの腕の中で聞いていたと言うのですから、もう冷静でなんていられません。

 しかし次の一言で、冷や水をかけられたように頭が冷えました。

「それに、養子縁組の話、知ってたか?」

「……初耳です」

 まさか、ご両親がそんな事を考えていただけていたなんて。けれども思えば、あの大量の資料はその関連だったのかもしれません。お仕事の物だと思っていましたが、だったら私がお片付けをするぐらいは許していただけたでしょうからね。

「父さんと母さんは、お前が十五になったら養子に迎え入れようとしてたのさ」

「何故、十五歳なんですか?」

 もっと早くても良いような気がしますが。それこそ、引き取られる時にでも。けれども今までそんな話は聞いた事もありませんでした。

「なんだっけかな……。ああ、確かそれだと代理人とか通さないで、お前の意思だけで組めるからじゃ無かったかな」

「成程……」

 私は本当に、何も知らなかったようです。でもどうでしょう。知っていたら、それこそ気を使って、諦めていたかもしれません。そう思うと、私の意思を尊重させてくれようとしたご両親に感謝しなければなりませんね。

「だから、手出しちゃいけないかなと思ったの」

 それでも、お兄さんは迷ってくれた。私への想いを大切にしてくれた。だからこそ、こんな素敵な言葉を聞ける訳で。

「風祢ちゃんにときめいたのは事実。可愛いなって思ったのも真実。でも、朔の代わりにはならなかった。いや、違うな。それだとお前に失礼だ」

 それだけでも、本当に嬉しいのに。お兄さんは更に言葉を重ねます。

「俺には、お前しかいないの。俺はお前が一番可愛いと思うし、朔が何してもどきっとする。料理下手だって一生懸命作ってくれたんなら嬉しいし、むしろ朔の作ったもん食べたい。雷苦手だって、俺がずっとそばにいてやるよ。病弱だって構うもんか。むしろ喜んで看病してやる。ずっと見てたいし、俺の物にしたいし、ええい、まどろっこしいな」

 最後はストレート、直球でした。

「俺は朔が大好きなんだ」

 そしてまた、抱きしめられてしまいました。あまりにまっすぐで率直な愛の告白は、私の胸に響いて、ほんわかとした温かさとやわらかな優しさをもたらします。これが、幸せという奴なのでしょうか。噛みしめたら、涙があふれてきそうです。

「段々可愛くなってきやがるし……。我慢するの、大変だったんだからな」

「そんな、ず、ずるいです」

 よりにもよって、耳元で囁くなんて。少女漫画のような展開に、頭がぽーっとしてしまってついていけません。

「そうだよ、俺はずるいんだ」

 私が骨抜きになっているのを良い事に、そう言ってまた、言わなきゃ良いのに、自ら手の内をさらしました。

「じゃなきゃ、朔に告白させるような真似させねーよ」

「なっ」

 まさかそこまで手のひらの上だったとは。驚きを通り越して、もはや恐怖さえ感じます。こんな危険で要注意な人物を、私は何故好きになってしまったのか。そこまで考えてしまいました。

 けれどもそこはお兄さん。また甘い言葉で、私をとろかしてしまいます。

「お前の気持ちを確かめたかったの。俺が朔の事大好きでも、朔が俺の事好きじゃなかったら、ただの変態な兄貴だろ?」

 またさりげなく、大好きとか言ってくれちゃって。私ばかり赤面して悔しいので、少し嫌味を込めて反論します。

「わ、私の気持ちなんて、最初からお見通しなのでは無かったのですか?」

 そんな精一杯の反撃にも、お兄さんにはどこ吹く風。のらりくらりとかわして、甘く誘ってしまうのです。

「分かってても、言葉にしなきゃ不安だろ?」

 もう、どうしてこのお兄さんは、こうもいちいち格好良いのでしょうか。そんな事言われたら、怒りたくても怒れないじゃないですか。

「朔、愛してる」

 本当に、ずるいです。


「ところでお兄さん」

「何?」

「いい加減、離してくれません? は、恥ずかしいです……」

 なるべく考えないように意識の外に置いていたのですが、流石に限界です。幸せすぎて、物理的に溶けてしまいそうなのです。そろそろ頃合いだと思ったのですが、

「やだ」

可愛く断られてしまいました。

「な!?」

「離してほしいの?」

「うう……」

 そんな言い方をされたら、離れづらいじゃないですか。まぁ、ここまで赤くなった顔を見られたくないのもありますし、しばらくはこのままでいて差し上げましょう。

 ロリコンにしてシスコン、ストーカー体質で独占欲が強い、こうと決めたら一直線の頑固さも併せ持つ、誠に残念な変態のお兄さんですが、それでも私の大事な大事な、彼氏さんなのです。離してなんか、やるものですか。


「あ、朔」

 あれから本当にずっと、抱きしめられたままでした。ようやく声を発してくれたので、やっと離してくれる気になったのかと思ったのですが。しかしそれにしてはいささか真面目な口調で、けれどもふと思いついたような軽さで言います。

「なんですか?」

「俺達は一番大事な問題を忘れているぞ」

 それはまさしく盲点。でも、うっかり見逃していたなどではすまされない、重要な問題でした。

「親父達には、なんて説明しようか……」

「あ、あははははははは」

 ご両親が出張からお戻りになられるまで、あと三日。はてさて、その間に良い解決策が見つかると良いのですが。


 やっぱり私達の関係は、薄っぺらい紙ひとひらの上で成り立っているようです。


本編最終話でございます!

あとは詩の独白で、エピローグに代えさせていただきます。

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