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とうとう、私の盗撮生活も終わりを迎えました

 少しだけ時は流れ、私の盗撮技術も更に向上し、お兄さんのお望みのアングルの写真が自由自在に撮れるようになってきた頃の事。その日、すなわち恐れていたXデーは、台風並みの勢力を伴って、竜巻のように突然訪れました。

 しかしそれを話す前に、語らなければならない事は山ほどあります。何事にも、例え突如姿を現したような出来事にさえ、きっかけというものは存在するのですから。心を整理する意味合いも込めて、のんびり話していきましょう。

 大丈夫。夜はまだ、長いのですから。



「お、お兄さん!」

 事の始まりは放課後。今後の私の学校生活を脅かすほどの、緊急事態が発生したのです。あまりに急を要する事でしたので、通学路をかつて無い程の速さで駆け抜け、失踪したい気分になりながらも、とりあえずお兄さんにご報告をしなければならないと思い、家に飛び込みました。

「おう、朔。おかえり」

 運が良いのだか悪いのだか。大事な時にはご不在ですのに、本日はしっかりばっちりいらっしゃいました。これから重大なお知らせが待っているとも露知らず、お兄さんは普段通りの笑顔で私を迎えてくれます。

「どうしたんだ? そんなに慌てて」

 けれども、私が息も絶え絶えになるまでに走って帰ってきた様子を見て、何かあったのだと悟ってくれたようでした。そうなれば話は早く済みます。息だけは整えてから、色々すっ飛ばして一気に本題に入りました。

「お兄さん、大変な事になりました」

「なんだ?」

「落ち着いて聞いて下さいね?」

「だからどうし」

 本来ならば私が一番冷静でなければならなかったのかもしれませんが、生憎とそんな余裕はありません。お兄さんの言葉を遮る形で、打ち明けました。

「とある事情から、盗撮が出来なくなりました」

「にゃ、にゃんだってー!?」

 そうなのです。それは思わず吃驚し過ぎて猫語になるほどの、って猫語!? お兄さんの猫語なんて、初めて聞きました。何という破壊力、何という可愛さ……。いえいえ、今はそんな事言っている場合ではありません。それは服の中に忍ばせているICレコーダーさんが拾ってくださっているでしょうから、後で無限に再生して楽しむ事にして。

 大事件が発生したのはさかのぼる事二十分前、つい先程の事でした。


**


「なぁ、梅里」

 何か先程から視線を感じると思っていましたら、私に話しかけてきたのは普段仲良くしている、正確にはお兄さんと仲の良い男子達でした。彼らも、これからする話の重大さを分かっていたのでしょう。今から思えば、気を使って人が少なくなった頃を見計らっていたのかもしれません。

「何?」

 だけれども何も知らない私は、首を傾げるばかり。ただ、口調があまりにも真剣で、しかも声をひそめていましたから、私もつられて音量を小さくして喋ります。

「あのな、別に悪い事ではないと俺達も思うんだ」

「でもまだ流石に早いんじゃないかと、僕達は思う訳だよ」

「だから何が?」

 先の読めない展開に、疑問を通り越して恐怖さえ感じてきました。

「もう少し経験を積んでからでも、遅くは無いと思うんだ」

「俺らもこんな事は言いたくないんだ」

「でもな、君の為に言うんだぞ」

「だーかーらー」

 いい加減、焦らされすぎていらついてきましたので、先を促そうと大きな声を出しましたら、その怒りも不安も何もかも、次に彼らから発せられた言葉に吹っ飛ばされてしまいました。

『梅里、女子を好きになるのは一旦置いとけ』

「……はい?」

 鳩が豆鉄砲を喰ったような顔、と言えば分かっていただけるでしょうか。予想外過ぎて、きょとんとなってしまって、頭が考える事を止めてしまいました。

「しらばっくれても無駄だぞ」

「お前が俺達の美少女に惚れている事は百も承知だ!」

「ええええええええええええええ」

 もう彼らの想像力がたくましすぎて、反論する気力もありません。どうやらこの男子達、私が盗撮をする為に風祢ちゃんに向けていた真剣過ぎる眼差しを敏感に感じ取り、あろう事か方向性を百八十度回転させてしまったみたいなのです。

「どうしてそうなるの……」

「お前のあの目を見てればすぐ分かる!」

「あれは恋する乙女の瞳だ!」

「だからそれは……」

 盗撮をしていたからでと喉まで出かかりましたが、寸での所で飲み込みました。事実を述べてしまえば、お兄さんに多大な迷惑がかかります。それに私の友人の中でも、特に彼らはお兄さんを慕っていますから、下手な事を言ってイメージを壊したくもありません。せめて友人達の前だけでも、お兄さんには格好良いままでいていただく。それが妹に出来る唯一の事です。

 その後も彼らは、私に風祢ちゃんの事を諦めさせようと、必死になって語り続けます。一方の私は、耳を傾け続けながらも、何だかデジャブのような感覚を味わっていました。

「兎に角、だ。悪い事は言わない。一旦心を落ち着けるんだ」

 それでも、諦めろとは言わないのが彼らの良い所なのでしょうか。最後にはそう言って踵を返し、私に背を向けたまま、手を振って去っていきました。しかしその所為で、きちんと訂正する事が出来なかったのです。


**


「という訳でして……」

 回想話が終わると、お兄さんも私と同じように、目を見開いて呆然としていらっしゃいました。そのお気持ちはよく分かりましたので、腑に落ちる事はないとは思いますが、気持ちが落ち着くまで気長に待つ事にします。やがて、無理矢理状況を飲み込んだような渋い顔をして、口を開きました。

「まさかそんな事になろうとは……」

「申し訳ありません。私の注意不足で……」

 まぁ確かに、最近は調子に乗って少しやり過ぎてしまった感は否めません。影からでは無く正面から狙うようになりましたので、そばにいる回数も多かったでしょうし、それこそファンクラブの方々に目をつけられるぐらいには、割と風祢ちゃんの事を独占していました。しかし、一体誰が予想したでしょうか。私と風祢ちゃんの間に、あろう事かそんな関係を妄想する方がいらっしゃるなんて。

 過ぎた事だと諦める気になったのか、それとも私があまりにもおろおろしているので、見ていられなくなったのかは分かりませんが、お兄さんは溜息と共に苦笑します。

「まぁこうなってしまっては仕方ないよな」

「すみません……」

「仕方ない仕方ない」

 本当はお兄さんの方がショックを受けているはずなのに、私を励ます様に、ねぎらうようにポンと肩を叩き、明るい調子でとんでもない事を言いました。

「んじゃ俺、明日風祢ちゃんに告白してくるわ」

「そうですか……。って、ええ!?」

 どうしてこの展開でそうなるのでしょう。いくらお兄さんでも、立ち直りが早過ぎてついていけません。

「だって、周りにばれたんだから、いくら風祢ちゃんでもそのうち気が付いちまうだろ?」

「まぁ、それはそうですけど」

 いくら、とつけている所に、風祢ちゃんの性格を知り尽くした感がにじみ出ています。彼女はやや天然ですから、鈍い所はあります。しかしそんな彼女でも、自分の事ですから流石に分かるでしょうし、何よりファンクラブの方々が黙っているとは思えません。大事になってしまったら、ますます自警団による警備体制が強化され、告白するはおろか近付く事さえ叶わなくなるでしょう。それは解する事が出来るのですが。

「でもどうしてそんな急に」

「思い立ったら吉日って言うだろ?」

 それは、そうなのですが。そういう諺がある事も、勿論知っていますが。頭で分かっていても、心ではどうしても認めたくなくて。言葉にならない声が宙を舞います。

「それとも何か。俺に告白してほしくないのか?」

「いえ、そんな事は」

「じゃあ、良いよな?」

「はい……」

 結局、所詮私は妹。お兄さんを止める権利なんて無くて。お部屋に戻られていく後姿を、ただ黙って見ている事しか出来ませんでした。いえ、それすらも、気持ちが折れてうつむいてしまった私には、目に入れる事も叶いません。

 だから、男は背中で語るとは言いますが、まさか本当に何かを伝えようとしていたなんて。お兄さんからの最後のメッセージを、私は感じ取れませんでした。

「これで、良かったんだよな」


 しばらくの間、私は放心状態に陥ってしまい動けませんでしたが、お兄さんの姿が完全に見えなくなってから、のろのろと自分の部屋に行きました。もう私の挟み込む余地が完全に無くなった事を知り、ここに居ても仕方が無いと思ったからです。

「ど、ど、ど、どうしましょう……」

 しかしだからと言って、すぐに理解が追いつく訳も無く。私がしていた事と言えば、ただ部屋の中で立ち尽くす事だけでした。


「朔、夕飯」

 お兄さんの声ではっと我に返った時には、すでに外は暗くなっていました。

「はい」

 いつもは楽しみにしているはずのお夕飯も、お兄さんとのたわいもないお喋りも、楽しいどころか、顔を合わせるのが辛くてたまりません。お料理のおいしさに心が躍る事も無く、味も分からずに食べ終え、早々に切り上げて部屋に戻りました。

 普段はいらっしゃらない事を本当に寂しく思っているのですが、この度はご両親が出張で本当に助かりました。余計な心配を掛けたくありませんからね。

 その後は上の空でお風呂に入り、鉢合わせしないよう、さっさと布団にもぐりこみました。



 そうして、今に至ると言う訳です。私はやっぱり、語るのが下手ですね。分かりづらかったかもしれません。しかし、お兄さんに説明した通りの順番で話そうとするとどうしても途中に回想を挟んだ方が説明しやすくて、いえ、今はそんな事を議論している場合ではありませんでしたね。逃げる癖がついています。いい加減、目の前の問題と向き合わなくては。

 “お兄さんが風祢ちゃんに告白する”という現実から、私は目を背けてはならないのです。

 いつかこうなるであろう事は初めから、お兄さんが高らかに堂々と宣言なさった時から、分かりきっていた事でした。けれども、あれからまだ三カ月も経っていないのです。まさかこんなにも早く、その時が訪れてしまうとは。

 しかもよりにもよって、決行が明日だなんて。心の準備が出来ないじゃないですか。……納得して送りだす事さえ、出来ないじゃないですか。

 私は確かに、自分の思いを大切にしようと決めました。でもそれは、お兄さんの想いを踏みにじってまでという事ではありません。大事にするからといって、必ずしも優先させる訳ではないのです。だって、私にとってはお兄さんの恋心の方が、遥かに大切なのだから。あんなに近くでずっと見ていたのです。その真剣さは、誰よりも私が一番良く知っています。でも……。

 いっその事、風祢ちゃんにお兄さんの告白を断るように頼んでみましょうか。にっちもさっちもいかなくなって、ついそんな事まで考えてしまいました。一時期はお兄さんの恋を応援するなんて、格好の良い事を言っておきながら。我ながら卑劣過ぎて、笑う気にもなれません。


 そんな時ふと、あの養護教諭の先生の台詞が思い浮かびました。

【心が引かれたならそれでいいじゃない】

 この言葉にはどれだけ助けられた事か。この後に続いたのは少々過激な単語達でしたが、それでも勇気をもらいました。私がお兄さんを好きになった事は、決しておかしな事では無いって。

 また、不思議な物言いの、何もかも見透かしたような先生はこうも言っていました。

【別に、自分の気持ちを押し殺す必要はにゃいと思うんだにゃ~】

 押し殺す必要はない。これを私は今まで、“自分を大事にしろ”という意味だと捉えていました。きっと、それもこの台詞が持つ一面なのでしょう。でもやっと、何となくですが、あの時先生が言っていた言葉の真意が分かった気がしました。一歩進んで、また追い詰められて、悩んで苦しくて、思考の袋小路にはまって、そうしてようやく、分かった気がしたのです。

【ちゃんと吐き出さないと】

 そうです。私はまだ、お兄さんに当たってすらいないのです。お兄さんが風祢ちゃんに想いを伝えても良いように、私がこの感情を伝えるのも許されるはずです。私だって、恋する乙女の一人。お兄さんに負けないぐらい、一途な心を抱く者なのですから。例え粉々に砕けようとも、咲かなきゃ花は散れません。折れる事はあっても、枯れる事はないのです。

「もう、迷ったりするものですか」

 何も伝えられなくて、やきもきするのは疲れました。大好きな人がこんなに近くにいるのに、応援し続ける事は辛いです。そばで見守る事にも飽きました。自分の気持ちを我慢するのはもう、たくさんです。


 決意が固まり、安心したからでしょうか。少し眠ってしまったみたいで、ドアの外の音と気配で目を覚ましました。

「じゃ、行ってくるから」

 全く、私はこんな当たり前の結論を導き出すのに、一体何時間かけたのだか。そんな自分に呆れながらも、今は余計な事を考えている時間はありません。急がなくては。

「お兄さん!」

 目をこすり、顔を叩いて気合いを入れてから、勢いよく扉を開けました。


さぁ、いよいよクライマックス!

作者の気力との戦いになってきますが、何とか頑張って描いていきます。

最後までよろしくおねがいします!

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