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adagio  作者: 神崎みこ
番外編/拍手再録
14/17

22. 楽にして欲しいだなんて、

 考えるだけで苦しくて、でもそれがどうしてなのかわからなくて。

私は、いつもここから逃げることだけを考えていた。

だけど、具体的なことは何一つ想像していなくて、いつか誰かが何かをしてくれる。そんな風に思っていた。

何も考えなくても、眠って起きたらクラスメートは笑ってて、日常は変わらない。

これからもこんな毎日が続く。

私はずっと、こういう中にいるんだってどこかで甘えていた。


 この家がなくなる、って聞いて居場所がなくなる。単純にそう思った。

家に居るのが嫌で、亮太の家に逃げ込んだ。なのに、それでもこの家は、私にとって最後の居場所だったのかもしれない。

亮太に会わなくなって、一人でも平気になった。

それは先生、という存在に依存先を変えただけなのかもしれない。けれども、私にとっては大きな変化には違いなかった。

これからも大丈夫。

私は、きっと一人でいられる。

なのにその逃げ込んだ先がなくなるだなんて、想像もしていなかった。

父親にとってこの家は、ただの目障りなモノでしかなく、母親にとっては何の思い入れもないただの箱だ。

それを処分せずに今まで放置していたのは、一重にどちらも私という存在を引き取りたくなかっただけ。薄々感づいていた事実を、現実に突きつけられる。

そんな勝手なことを、と嘆くほど子供ではなく、責任を果たせと詰め寄ることも出来ない私は、大学生活の保障と引き換えに、思い出せないほど久しぶりな父の声を、黙って聞くことしかできなかった。

どこまでも他人行儀な声は、私をいつかは迎え入れてくれるかもしれない、そう思って縋っていた気持ちを粉々にするには、十分だった。

亮太には話さない。

先生には知られたくない。

考えの足りない脳みそがぐるぐる回って、布団をかぶって何も考えないようにする。

右手の手のひらには携帯が握られ、何の反応もないそれをただ暗闇の中で見つめる。

先生の声が聞きたくて、でも握り締めたまま何もできない。

最初は冷たかった携帯が、徐々に私の体温と同じになる。

外界の音さえ聞こえなくて、私はやっぱり一人ぼっちだと痛感する。

かわいそうな自分に酔っていた私を起すかのように、携帯が鳴る。

メールの着信を知らせ、ちかちかとランプが点滅する。

ゆっくりと、それが先生から届いたものだと確認をする。

他愛もない文字列の中に、ご飯を一緒に食べよう、という文を見つける。

いつ、とも、約束されない約束に、私はいつのまにか涙を流していた。

両親の前でも泣けなくて、最後通牒のように突き放されても、機械的な返事しかできなかった。

そんな私を揺さぶるのは、先生だけだ。

楽になりたいだけで縋りつくつもりはない。

苦しくても、ただ近くにいたい。

私の中の気持ちが、ようやくはっきりと形となった。

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