表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
adagio  作者: 神崎みこ
番外編/拍手再録
13/17

17. 憐憫なら消えてくれ

 物心ついたころには、母はろくでもない人間だと気がついていた。

親父の仕事が忙しいことを利用して、よその男を引っ張り込んでは俺を外へ追い出す。言うことを聞かなければ、親父にばれない部分に暴力を振るう。

そんなことは日常茶飯事で、愛情に餓えていて、だけれども誰も信用ができない。

そんなかわいげのないガキであった自分が、偶然にもある意味似たような境遇の秋音に出会ったのは、幸いではある。

当時を思い起こしてみれば、そんな母親をもつ俺に近づいてくる子供はおらず、常識のある親であればあるほど、俺と秋音を遠巻きにしていた。本当に優しい人たちは、俺たちのどこか人を近づけない頑なな態度に、また一人二人と離れていった。

それでも近寄ってくるのは、虚栄心を満たしたい親切顔をした連中ばかりだった。

母が、若い男と出奔したことにより離婚した我が家は、曲がりなりにもようやく安定することができた。

誰もいないけれども、追い出されることがない家。

仕事ばかりだけれど、確実に俺の事を心配しているだろう父。

そして、どこかお互いを預けあうような関係である秋音。

それらが揃えば、俺には何も必要がなかったというのに、どういうわけか、親切面した大人の数は増えていった。

皆一様に、俺を母に捨てられたかわいそうな子だと決め付け、母のいない俺には優しくしないといけない、と言い放つ。

鬱陶しさにその手を振り払えば、やはりあんな親の子はだめだと決め付ける。

いつのまにか、自分は随分と擦れた少年になっていて、世の中を斜めに見るかわいげのない人間になっていた。

秋音との関係はその頃も相変わらずで、彼女は彼女でまた家庭の問題を抱えていた。

それを解決してやることはできない。

理解してやることもできない。

ただ、俺らは一緒にいて、一緒に過ごすだけ。

それはただの依存だと言われてしまえば、言い返す言葉すらない。




「高井君、これ」


献身的な雰囲気を醸し出している後輩の女が、上目遣いでこちらを伺う。

差し出された弁当を見下ろし、苛立ち以外の気持ちが見つけられないでいる。

人によっては、うらやましがるような状況下において、そんなことしか思えない自分は、やはりどこか欠陥があるのかもしれない。

自慢げに、俺を特別扱いした、昔の担任教師の顔が浮かぶ。

そして、彼女がこんなことをする動機までも用意に思い当たる。


「悪いけど、他人が作ったもの食べられないから」


さらりと大嘘をつき、拒絶する。

取り付くしまもない俺の物言いに、彼女は一瞬戸惑って、すぐに涙ぐむ。

便利な涙だな、と、思いこそすれ、鬱陶しさに変わりはない。

周囲は、明らかに俺に非難の目を向け、彼女に同情の視線を送る。

どうしたら、自分の好意が全て受け入れられる、などという傲慢な考えになるのかがわからない。

わざとらしくこちらを睨み、彼女の肩を抱く友人とやらは、自分たちの絶対的な正義を信じて疑っていない。

恐らく、友人の誰かが、俺は母親がいないから手料理に餓えている、などと酒の席でもらした情報を手に入れたのだろう。

冷ややかに見下ろし、何も言わずに歩き出す。

背中に、酷い、だなどと呟く言葉がぶつけられる。

固まって便所に行くメンタリティーから、彼女たちは一歩も進んでいないのだろう。

自分たちが正しい、と思い込める幼さと一緒に。

彼女たちに取り繕う気も、言い訳をする気もありはしない。

所詮、俺の人生にかかわりがない連中のことなのだから。





「おまえもなぁ、もう少し言い方ってもんがあるだろ?」


全てをわかった上で友人は、トラブル回避のために提案をしてくれる。


「彼女がいるとか、ほら他にあるだろ?」

「彼女いねーし」

「そんな馬鹿正直に言わなくてもいいだろうに」


秋音の顔が浮かんで消えた。

彼女は、恋人じゃない。

友達でもない。

それを言語化するのはとても難しく、関係性は深まっているのに、俺はそれをきちんとしていない。

先送りにした問題を放り投げ、ぶっきらぼうに友人に答える。


「同情だけはごめんだ」


それだけで通じた彼らは、すでに他の話題に興じていた。

同情はいらない、ただそれだけなのだから。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ