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”九畝 明のノート”


被害者:鎌田かまた 依子よりこ 17歳(※高校は中退)

    家出中の身であり、23歳の彼氏のアパートに同居していた


住宅街の裏山と呼ばれる山中、その遊歩道から遠く離れた場所で殺されていた。


死亡推定時刻は午前4時30分から午前5時の間。


警察関係者から聞いた、鎌田 依子の彼氏の話によると、彼女は昨夜、一人でコンビニへ行った。

彼女がコンビニへ行くのはいつものことなので、気にも留めていなかった。

しかし、それにしては帰りが遅いことに気付く。(アパートからコンビニまでは30分ほど)

不審に思い、携帯へ電話したところ繋がらない。

コンビニと自宅を往復したが彼女の姿は見つからなかったという。

(コンビニ店員は確かに彼女が来店したのを覚えていたらしい → 後で防犯カメラを確認する必要あり)


そして警察へ通報、という流れ。


何故、山にいたのかは不明。アパートとコンビニの通り道の中間ではあるが、彼女がそこへ寄り道するようなことは今までなかった。


そして、一番の問題は現場の有様だ。

麻駒から話は聞いていたが、実際に見ると私も自分の目を疑った。


顔は半壊し、右目が消失していた(右目は未だ見つからず)。

身体にはその他に外傷は見当たらなかった。

何か道具を使った形跡もない。

周りには肉片がそこかしこに散らばっていた。

死体は明らかに食されていた。

それも野犬や猛獣の類ではない。

これは警察関係者との情報とも一致している。

曰く、全て人間による仕業だと。

検死の結果はまだなのではっきりしたことは言えないが、この分だと待つまでもないだろう。


恐らく彼女は追われていたのだ。

そして逃げに逃げた先が山の中。

閑静な団地が続くこの通りでは、彼女の叫び声も聞こえなかったのも無理はない(確認の必要あり)

もしかしたら犯人は山へ誘導していたのかもしれない。

そこでとうとう彼女は捕まってしまい、"噛みつかれた"。

その顎は肉を貪り、頭蓋骨を砕き、


◆◇◆◇◆


「九畝さん、聞き込み終わりました~!」


そこまで書いたところで車のドアが開き、麻駒まこまは運転席に飛びこむなり大声を上げた。

ノートを途中で終わらせるのは釈然としないが、仕方あるまい。

彼女は話を面と向かって話を聞かないとすぐに機嫌を損ねる。


「お疲れ様、どうだった?」


「どうもこうも、みなさん、知らない、寝ていた、ですよ。疲れちゃいましたよもう……。」


よほど熱かったのか、スーツの胸元をバタバタと煽ぎ、風を送り込んでいる。

私は軽い労いの気持ちとして車内のクーラーを強めにしてやった。


「そうか……。まあ現場から少し離れてるとは言え、ここの住人は無関心だな。普通だったら野次馬目的で逆に色々と聞いてくるぐらいだが。」


「時間が時間ですからね。私も昨日は寝てましたよ。」


「ファイル整理してないままな。」


「……あぁっ!?も、申し訳ないです!!」


「いいさ、おかげで良い復習になったよ。」


はぁ……、とマコマは重いため息をついて、ハンドルに突っ伏してしまった。

本音だったのだが、皮肉と受け止められてしまったようだ。


「まあそれはさておき、どうしたもんかな。」


マコマからの報告が終わったので、ノートを開く。

書きかけの文章がすぐに目に付いた。


「うわ…今回はいつもにも増してドロドロな内容ですね…。」


マコマはノートを覗き込みながら嫌悪な表情を浮かべる。

私も書きたくて書いてるわけじゃない。性分だ。


「こんな猟奇的な犯人、大人しく捕まるのかねぇ。」


「……どうですかね。少なくとも大人しくないとは思いますが。」


「だろうな。人の脳を食べちまうなんて……。」


仕事柄、死体は見慣れているつもりだが今回は別だ。

人肉を食したという犯人はいたが、まさか自分がその光景を見せられるとは思わなかった。

当分、肉と言う肉は口に入れたくない。


「うぅ……もうその話は止めましょうよ。警察もその件については表沙汰にしないでくれって言ってましたし……。」


「あ、あぁ、すまないな。」


マコマは今朝からずっとこの調子だ。無理もないが。


「とりあえず、鎌田 依子が行ったコンビニにもう一度行ってみよう。そこからアパートまでを実際に歩いてみることにする。」


私の意見に頷くと、マコマは車を発進させた。

景色が素早く変わっていく。

こんな事件、放っておいていいはずがない。

犯人は一体どんな人物なのか、一目見てやりたい。


「九畝さん。」


「ん?」


「私たちの仕事は見つけること、だけですからね。危ないことはせずに、後は警察に任せましょうよ。」


私の心を読み切ったように、マコマが呟いた。


「……そうだな。」


彼女の探偵という職業の定義はそういうことらしい。

しかし、わざわざ危険なことに首を突っ込んで死にたくないのは私も同感だ。

今回は手がかりを見つけるのも苦労しそうだ。悪く言えば、もう一度同じような殺人が起きたほうが楽になるかもしれない。


「そうだ!気分転換しません!?」


彼女が閃いたように叫んだ。

嫌な予感がした。

……予感だけかもしれないので、一応聞いてみる。


「……気分転換というのは、どんな?」


「やだなぁ~わかってるくせに。この近くにケーキバイキングのお店があるんですよ~ちゃんと調べてきたんですよ~。」


始まった。こいつの甘党ぶりには以前から困り果てている。

私が却下するのを察知したのか、続けて捲し立ててきた。


「九畝さんもケーキ嫌いじゃないって言ってたじゃないですか!」


「そう、嫌いじゃない。お前が選ぶ店が嫌いなんだ。私の趣味に合わないんだよ。周りの目が嫌なんだ。」


「またまたぁ。そんなこと気にしないでいいですって!」


本当に気にせずにアクセルを踏みこんでいく。

いつものことだが、こいつにハンドルを預けるとすぐにこれだ。

白くなった車内の灰皿を開くと、煙草に火をつける。

こうなったら、その店が爆破でもされて跡形もなくなっていることを祈るしかない……。


◆◇◆◇◆


「アイスコーヒーお待たせしましたぁ~。」


間延びしたウェイトレスの声を聞きながら何杯目かのアイスコーヒーを受け取る。

それを少し口に含んで心地よく冷えた苦みを味わうと、ノートへペンを走らせる。

やはり環境が変わると能率も上がる。さっきの事件もなんとか書き終えた。と言っても概要だけだが。

この店に来てから初めての煙草に火をつけた。


「今日の[どうかしてるの!?]見た?」


「見たっ!マザコン夫やばい気持ち悪かった!!」


周りでは若い女性たちがテレビやファッションの話などで大いに盛り上がっている。その中にいる私はどう考えても場違いだろう。できることなら早々に出てしまいたいが、煙草とコーヒーと涼しさを味わえてしまう誘惑に逆らう気力は無かった。


「ありゃ?やっと終わったみたいですね。」


マコマがプレートの許容範囲を遥かに無視した質量のケーキを持ってきながらやってきた。

「事件のせいでケーキも食べられないかも……」と沈んでいた頃が懐かしい。

そして今、彼女は私のプレートを見るなり、訝しげな顔をしている。


「むー、せっかく来たのにまたコーヒーだけですか?」


「煙草も吸ってるよ。」


「……バイキングなのに。ケーキ取り放題なのに。」


天井に向かって煙を吐き出す。まるで背骨が抜かれていくような感覚。それはとても心地の良いものだった。


「あのな、こんな奴がこんな場所でそんなケーキ食べるなんておかしいだろ。視線を感じるんだ。"あなた場違いですよ"っていうさ。」


首を振りつつ周りの女性たちを見ながら答える。……ほら、目が合った。


「場違いだなんて、そんな!そんなこと……」


「いいよ、わかってるって。適当にくつろいでるから気にしないでくれ。」


向日葵の形をした灰皿に短くなった煙草を揉み消す。

アイスコーヒーを口に運ぼうとすると、マコマが顔を伏せているのに気付いた。


「みんなが九畝さんを見てるのは…場違いとかじゃなくて…その……。」


――――――。


――――。



……困った。

何か喋っているのだが、周囲がざわついているため全く聞き取れない……。

妙に顔も赤いし、大丈夫か?


「なあ、おい……やっぱり調子悪いんじゃあないのか?無理しなくても今回は……」


「へ、平気ですって!」


こちらが言い終える前にフォークを掲げて嬉しそうにケーキに刺す。

……まあいいか。

数本目の煙草に火をつける頃にはマコマもかなり満足した様子だった。

今は"食後の"デザートのプリンとアイスティーを食している。


「それで、」


唐突にマコマが話を切り出した。


「ノートをまとめてみて、どうでした?」


事件の話はここではしないつもりだったのだが、一応マコマも自分の職業をわかっているみたいだ。

吐き出した煙は天井へ昇っていき、やがて見えなくなっていく。


「そうだな。皆目見当がつかない。ただの頭がおかしい奴なら散々見てきたが、今回のは……」


「頭までおかしい奴?」


「……そうだな。食物連鎖の頂点に立つ捕食者である人類を捕食するなんてな。」


あながち間違っていない事柄に吐き捨てるように答える。

きっと顎から胃袋からつま先まで異常な奴だ。

言葉が通じるのかさえもわからないような。


「なぁ、マコマ。人間の脳を食べたいって思うとき、ある?」


マコマは目を見開いて、プリンを食べる手を止めてしまった。

我ながら馬鹿げた質問をしたことに後悔した。


「悪い。」


「……いや、いいですよ。」


さすがに不謹慎だったか、と反省する。


「そうですね、少なくとも私は今まで一度も思ったことないですけど。」


「だろうな……。」


「だとすると、犯人は被害者に相当な恨みがあるとか……?」


マコマがアイスティーの氷をストローで回しながら言った。


「あるいは好意、か?どちらもねじ曲がってはいるが可能性はあるかも。けれど、そのために、わざわざ?」


「……ですよねー。」


ノートを開いて事件の概要をもう一度見る。

こうすることで、見えないものが見える……気がするのだ。

思い出したくないが、例の有様を頭で描いてみることにした。


山中、草が生い茂る、林。

サンダルは泥だらけで、片方は離れた場所に。

重要なのはここからだ。

空洞になった右目。傷だらけの顔。

頭の内部。白い骨。喉から肩の間が大きく抉られていた。後ろから噛みつかれていた。

被害者は、17歳の若い女性。

衣服は乱れていた…いや、なかったか。

多少の乱れはあったが、それは捕まる前では。

彼女は追われていた。

ただの変質者じゃない。

身体、そちらには興味がなかった。

だとしたら、何故、脳だけを……。


そのとき、2つの文字が浮かんだ。


「……食欲。」


「え?」


知らずに、口に出していた。


「何か言いました?」


「いや……。現場は、何ていうか、動物が獲物を狙うみたいに……食欲で満ちていた気がした。」


自分の考えをある程度言葉にしてみると、頭がはっきりしたような感覚に襲われた。


「まさか……それだけの、食欲のために、彼女を?」


「そう。それも、異常な食欲。」


マコマは信じられない、という顔で私と目を合わせた。

私だって、信じられない。

自らの食欲を満たすために人を殺し、喰らう。

そんな狂った奴が本当にこの街にいるのだろうか。

……いや、現に犠牲者が出ている。

私程度の常識が通じるはずがない。

おかしいと思うことが、すでにおかしいのだ。これは現実だ。


「そんな……。だとしたら、どうして、その……。」


マコマが周りを気にしているように、声がどんどん小さく低くなっていく。


「もし、もしですよ?食欲が目的だとしたら、それこそ骨だらけになってるはずじゃあ……。」


最後のほうはほとんど聞き取ることができなかったが、大体は飲み込めた。

そして私には仮想とは言え、その回答も用意してあった。


「そう。純粋な食欲が目的だからこそ、他の部分は残したんだ。残さざるを得なかった、か?」


「まさか、お腹いっぱいになったからってことですか!?」


なるほど、単純だが一理ある、と煙草を吸いながら納得する。


「いや、私の考えは違う。そもそも、それならもっと身体が傷ついていてもいいはずだ。明らかに犯人は頭部、脳を目的にしている。」


現場を思い出しながら話す。

そう、食されたのは喉元、頭、あるいは右目、だけだ。


「……。」


マコマは神妙な顔をして黙っている。しかしここで話を切るわけにもいかない。


「馬鹿げた話だが、」


一呼吸おいて、煙を肺に入れる。

もうあまり美味くはなかったのが残念だ。


「犯人は意外とグルメだってことじゃないかな?」


鎌田 依子の顔写真が載っているページを開く。


「被害者は、不味かったのさ。」


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