表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

-48時間

この物語はフィクションです。

この物語の、実在もしくは歴史上の人物、団体、地域など、その他固有名称で特定される全てのものとは、名称が同一であっても何の関係もありません。

 映画が大好きだ。

 恐らく、私の人生は人と話すより、映画鑑賞の時間のほうが長いのかもしれない。それだけ心酔していた。

 だからと言って人付き合いが苦手ではない。必要性とか価値の天秤で量った場合、映画のが勝るだけだ。

 ヘッドホンから女性の甲高い悲鳴が聞こえた。


「あ、きた!」


(ふふふ、どんな手段で逃げようとも無意味なのに。)

 ホッケーマスクを被った男が女性の足首を掴んでいる。

 液晶画面の向こうには予想通りの展開が待ち受けていたが、それでも私の興奮は増していくばかりだ。


「む~、やはり首から上を切り落とすくらいしないと安心できないね。」


 腕の力だけでここまで這ってくるとは。瞬間移動もいいとこだ。

 恐怖と苦痛にひきつった女性の顔がアップになる。


 さぁ、さぁ、さぁ!いよいよクライマックス……!というところで、突然ヘッドホンが私の頭から離れた。


「こらあっ!」


「ぎゃあっ!」


 突然の怒号に私は座ったまま後ろに倒れこんだ。

 何が起きたのか、自分が今どんな状態にあるのかわからなくなる。


「朝ごはん!」


 倒れた先には姉の顔があった。


「おね、お姉ちゃん?」


 そんな私を見て、心底疲れたようにため息をつく。


「全くあんたは朝からこんなの見て……。」


 あまりの出来事に気が動転していて、何も話せない。心が宙を舞っている状態だ。


「B級作品の一体どこが面白いのかしら……。」


 その発言だけで私は蘇った。


「い、いいじゃない別に!そんなことより、いちいち驚かせないでよ!」


「ホラー映画見てる奴が言うなっ!」


 ……仰る通りだ。恥ずかしいから顔を背けてしまう。


「で、用件はなに?そっちこそ朝からでかい声で何なのよ……。」


 今度は頭を掴まれ、真正面に向けられる。にこっとした笑顔が最高にホラーだ。


「あ、ああ、朝ごはんですね!すぐに参ります!」


 これ以上身内の怒りを買っても得はない。

 立ち上がると、すぐに着替えを始める。私にとっては毎朝の通過儀礼のようなものだった。


◆◇◆◇◆


 私は姉と気ままな二人暮らしを続けていた。

 今まで住んでいた孤児院を抜け出して、二人で生活していく、と姉が言ったときはどうなるかと思ったが、意外とうまくいくものだ。

 大変なことと言えば、私がビデオやDVDを見てばかりなので、その度に姉が怒ることだ。

 私としては、映画鑑賞をしているだけなのだが、姉にはどうも受け入れてもらえない。「女の子がそんなもん見るなんておかしい」と、何度も言われている。そう言われても当然やめるつもりはないので、姉が諦めてくれるより解決策はないのだが。

 食卓では、フォークでハムエッグを突く音と、トーストに噛り付く音がしていた。トーストはやはり8枚切りに限る。トーストとは薄いのだからこそ美味しいのだ。


「あんた明日から夏休みだっけ?」


「そうだよ。」


 何ともなしに返事をしたが、私自身忘れていた。明日からは昼夜問わずに見放題だ。何人たりとも邪魔なんてさせるもんか。あのシリーズを見続けて見続けて…


「"ハロウィン"なら私の部屋にあるよ。」


「え?」


 心底驚いた。


「お姉ちゃん、ホラー映画なんて……」


「……私だって映画くらい見るわよ。」


 顔が真っ赤だった。姉のそんな姿を見てしまい、つい、顔がほころんでしまう。

姉はそんな私に気付いたのか、咳払いをひとつして口を開いた。


「私、仕事の都合で今夜から当分帰れないから。」


「それはそれは……って、本当!?」


 姉は仕事で忙しくなると、外泊する習性がある。家にいると集中できないらしい。そのために何週間も家を空けることは珍しくなかった。そうなると、必然的に私の映画鑑賞の時間が増え、至高の夏休みを過ごすことができるのだ。


「……うれしそうだね。」


「そりゃあもう!邪魔が入らないわ雑音が聞こえないわでもう―――。」


 突如、目の前が真っ暗になった。ほのかに漂う香りは……


「パンはまだ余ってるけど?」


 どうやら食パンを顔に投擲されたらしい。


「……焼いてくれたほうが好きかな。」


◆◇◆◇◆


「それじゃあ先に行くよー。」


 未だに馴染まない革靴を履きながらリビングへ声をかける。いつもと違って彼女はお昼に出発するらしい。


「はいよー。あんまりB級ばかり見ないようにねー。」


 む……何たる言い草。私にとってはSS級なのだから、死ぬほど鑑賞してやろう。


「はいはい。」


 ドアを開く。玄関に光が差しこんだ。


「行ってきますお姉さま~。」


 普段絶対に口にしない言葉を告げる。私が帰るころにはもう邪魔はない。それほど気分が高揚していた。

 ふと振り返ると姉が腕を組んで紫煙を燻らせて立っていた。相変わらず凛々しい美しさを持った女性だ。家ではどこか抜けているところがあるくせに、その目は力強さを秘めていて、男性とは違う女性特有の頼りがいがある。


「またね、シラリア。」


 私は姉が大好きだった。

 当然、シラリアは本名ではなく、私が周囲にそう呼ばせているだけだ。自分なりにおかしいとは思うが、本名を呼ばれることがどうしても慣れない。好きではない。

 ごく自然な挨拶を交わした、朝だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ