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-3時間


 アミューズメント広場では先ほどよりも人がまばらになっていた。コンテスト会場から出てきた客もいるみたいだが、それにしては少ない。恐らく他の会場に通じている出入り口がたくさんあるのかもしれない。

 狂宴はいつになったら終わるのかな―――壁際にあるベンチに座りながら、そんなことを考えていた。そう、どうでもいいことを考えて、本当に考えたいことを包んでいた。ターゲットである男の顔を、上書きするように。

 そう考えて、すぐに頭から振り払う。考えないようにすることがこんなに難しいとは思わなかった。


「やあ、お待たせ。」


 顔を上げると、ダリオが立っていた。その手にはソフトクリームが握られている。


「そこで買ってきたんだ。どうぞ。」


「わ!ありがとう!」


 ソフトクリームを買ってもらうなんて初めてかもしれない。心の底から嬉しい。乾いた口の中に、バニラ味の白く冷たい甘さが溶けていく。

 ソフトクリームを口に運びながら、道行く人々を眺める。2人の子供を連れた家族が歩いている。ホッケーマスクとゴムマスクを被りながら、じゃれ合うように両親の周りを走り回っている。


「どういう教育方針?」


 薄笑いを浮かべて、黙っていたダリオに話しかける。一方のダリオは含み笑いをしつつ口を開く。


「将来有望じゃないか。あの子供たちにも、是非とも壁の向こう側に挑戦してほしいものだね。今はまだ、何も知らないだろうけど。」


 やはりというか、当然というか、このお祭りはホラーファンにとってはただのイベントの一種なのだろう。殺人鬼コンテストを包み隠す、ベールのような役割もしているのかもしれない。

 ダリオはポケットから例の懐中時計を取り出し、蓋を開いた。


「さっきから考え事をしているね。どう?できる?」


 コンテストのことだ。「できる」、とは「殺せるか」の意味だろう。


「今回はマンハントだね。このコンテストでは伝統的な競技なんだよ。ただ、探すのがものすっごく大変だからね。それなりに遠出を覚悟しておいたほうがいい。」


「うん……うん。」


 ダリオは楽しそうに語っているが、頭ではなかなかそれを情報として認識してくれない。全てが靄に包みこまれて、見えなくなってしまう。

 どうしようもない。


「……ね、ダリオ。あのターゲットの男の人って、どうやって選ばれたの?」


「それはわからないなぁ。今までも色々な人が選ばれてきたからね。」


「そっか……。で、どこにいるわけ?」


「こらこら、その意地悪そうな顔はやめてくれよ。教えられるわけがないじゃないか。」


「そりゃあそうだろうけど。だったらどうするの?日本中でウォークラリーでもするの?」


「カーペンターが言っていたじゃないか。ポイントを蓄積すれば有利な特典が付いてくると。まあ僕も立場があるからこれ以上は言えないんだけど、つまりは、そういうこと。」


「ああ、なるほど……。でも、それって半分以上答えを言っているようなものじゃない?」


「ルールは守っているよ。“居場所を言うな”っていうさ。」


 ダリオはそう言って肩を竦めた。細長い足を組みかえて遠くを見つめている。


「シラリア、君、まさか、一目惚れでもしたのかい?……ああ、いや、冗談だよ。」


 私の軽蔑の眼差しを感じ取ったのか、すぐさまダリオが否定した。


「そのくらいはっきりしているのならいいんだけど。ぼんやりとしているというか、……前世で何かあったような感じ、かなぁ。」


 口に出してはみたものの、うまく言葉で伝えられない。どこかで彼にそっくりな人を見た、というような遠い感覚だけならわかるのだが。でもそれは、どこかの交差点で見かけたとしても、気にも留めないくらいの小さな感覚だ。……やっぱりよくわからない。


「すごい……。それは、まるで、運命だ……!」


 ダリオは頭を抱えながらゆっくりと力強く頷いた。


「え?ちょ、ちょっとやめてよ。そんなのじゃあ……。」


「その相手が、ターゲットだって……!?」


「……ダリオ?」


 ダリオはぼそぼそと呟くだけで、私の声は聞こえていないみたいだ。


「―――行こう、シラリア。コンテストは、もう始まっているのだから。」


 ダリオは急に立ち上がると、すぐに歩きだした。慌てて、ソフトクリームのコーンを頬張ると私も後を付いていく。

 先ほど歩いてきた通りの道をまた戻っていく。ちらりと目に入ったショーケースは空っぽになっていた。あのチェーンソーは誰かに買われてしまったようだ。買う気はなかったはずなのに、少し悔しい。

 道行く人々と何度も肩がぶつかりそうになる。少なくなったとは言え、まだ会場内は混雑している。

 人々は川のように同じ方向へ歩いていく。笑いながら、楽しそうに、その流れに乗って。

 その流れに逆らって歩いているのは私とダリオだけだ。

 ふと、思う。どちらが正しい流れなのか。どちらの方向が間違っているのか。私と彼らはどう違っているのか……。

 ダリオに聞いてみようかと思って顔を上げる。声を出そうとして、やっぱりやめてしまった。


◇◆◇◆◇


 外に出ると、少しだけ、呼吸が楽になった気がする。いつの間にかじわりと滲んでいた汗が、風に当たって、涼しい解放感を身体に与えてくれる。明るい室内にいたせいか、外は先ほどよりも暗くなってしまった気がした。

 結局、ダリオとはそのまま一言も交わさずに出口に着いてしまった。もっと話したいことがあったはずなのに、ぼんやりとした頭が中々働いてくれなかった。


「シラリア。」


 後ろから、ドアを閉めていたダリオがやってきた。


「すまない。急かすように帰しちゃって……。」


 ダリオはひとつため息をついた。


「本当はもっと色々と案内してあげたかったけれど……。コンテストが始まってしまった以上、あまりここには長くいないほうがいい。」


 先を越されるな、ということだろうか。それならば、確かにその言い分は正しい。


「大丈夫だよ。私も少し疲れちゃったから、そろそろ帰ろうかと思ってた。」


 半分は本当だった。もっと遊びたいのだが、やっぱり人が混雑している場所はあまり好きではない。改めて思い知ることになった。

 突然、ダリオは腰を落として、私と目線を合わせた。


「先ほど、ロメロが話していたように、これから君は追いかける身であり、追いかけられる身にもなった。」


 私は黙って頷いた。探して殺す。探されて殺される。


「絶対に勝ち残るんだ、シラリア。つまらない死に方だけは、しないでくれよ。そんな役に収まるのは君じゃない。君の役目は、演じることだ。今夜、君は与える存在になったのだから。僕も含めて、大勢の人たちに、ね。」


 ダリオの言葉を理解しようとするが、よくわからない。言葉の節々が、やけに重く響いた気がした。

 与える存在……と、心の中で反復してみる。今までは与えられてばかりだった。そうだったのか。


「……うん、うん。わかったよ、ダリオ。」


 私の役は、演じること。今の私ではなくて、一人の登場人物として、殺人鬼として。


「ダリオの推薦だから、魔女に、ならなきゃね。魔女はつまらない死に方なんて、しない。」


 ふっ、と少しだけ笑みのこぼれる音が聞こえた。


「そうだよ、シラリア。魔女は美しく、ミステリアスで、好奇心旺盛なんだ。その線香花火のような儚さは、永遠に人々の心に刻まれる。」


 私の肩にダリオの手が優しく置かれた。それと同時に私は頷いた。言葉なんていらないと思ったからだ。


「いい子だ。……直接的に君に手を貸すことはできないけれど、何かあったらこちらから連絡するよ。それじゃあ、期待しているよ。」


 ダリオが立ちあがる。やっぱり大きい。

 仮面から覗く目が優しくなった気がした。


「もう遅いから気をつけて……って、そういえば、どうやって帰るの?ここに住んでるのかい?」


「あ……。」


 そうだ。すっかり忘れていた。どうしてこうも後先のことを考えずに行動してしまうのか、いや、できてしまうのか、私自身が一番不思議だ。

 開催時刻を見た途端、すぐに気付くべきだった。


「……どうやら帰りのことは考えていなかったようだね。君らしいというか、何というか……。」


 笑いを押し殺して喋っているのがすぐにわかった。私らしい?ダリオの観察力があれば、今までもそんな風に思われていたのかもしれない。それがまた、ものすごく、恥ずかしい。

 すぐにわかった。これは言葉の抵抗が必要だ。


「やー、いや、主催者側にも問題があると思うなぁ、これは。こんな夜遅くに女の子を出歩かせるなら、送り迎えくらいは考えるでしょう?それとも、殺人鬼は怖くて近寄れないのかね、ダリオくん?」


「お、言うじゃないか。」


 何故かダリオは嬉しそうだった。


「行動で示せって言ったのはそっちだよ。」


 ようやく舌が潤ってきた気がする。私の本来の性格はこうなのかもしれない。自然と笑みがこぼれてしまった。


「あっはは!その通り!……オーケー、今回は僕の負けだ。運良く、駅に車を用意してあるんだ。僕の仲間が運転するから安心していい。責任を持って君を家まで送り届けよう。」


「え……あ、ホントに?」


 さすがに瞬きを繰り返してしまった。


「実は君が受付を済ませたときに用意していたんだ。大事な参加者だからね。」


「あ、ありがとう……って、結局私の負けじゃない。」


 ダリオが笑ってくれた。紳士には勝てない。


「それじゃ、今夜は本当にありがとう。あまりうまく言えないけど……うん、すっごく楽しかった。」


「こちらこそ。それと、楽しみなのはこれからで、楽しむのは僕のほうさ。」


 彼らしい言葉だと笑いつつ、私は振り返らずに歩きだした。

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