表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/13

-4時間

 扉が開くと、小さなベランダのような場所に出た。薄暗いが、そこから見えるのは、まるでオペラの会場のような場所だった。地下へ下りてきたのだが、私のいる場所は2階くらいの高さだった。扉から見て真正面には横いっぱいに広がった舞台がある。この距離ならオペラグラスがなくても舞台の人物は判別できそうだ。

 コンテスト会場はとても綺麗だった。床はカーペットが敷き詰められてあって、それっぽい装飾もされている。もしかして位置関係からして、ここはホテルのレストランの場所に当たるのかもしれない。天井の高さからそんなことを思った。


「ここは僕たち案内人や、VIPの方のための観覧席なんだ。本当は下でお祭りの雰囲気を味わいたいけれど、人ごみは嫌だろう?」


 よく見れば下には蟻の群れのような人々がざわめきあっている。その熱気がこちらまで伝わってくる。


「うぇ……この人数は、すごいね。あの中にいたらいつの間にか骨だけになっていそう……。」


「骨だけかぁ。それなら僕はあまり変わらないかもね。」


 当然のように無表情で言い捨てたダリオに思わず笑ってしまう。


「そうかもね。ありがとう、ダリオ。」


 ダリオの心遣いには素直に感謝した。

 それにしても、本当にすごい人だ。さっきの会場よりも狭いが、それ以上に人数が多い気がする。小さな虫が大勢集まる様は気持ち悪い。それと似た嫌悪感が沸き起こる。


「そろそろ始まるかな―――。」


 ダリオがそう言い終えた途端、場内の全ての照明が落とされた。映画館のような雰囲気に似ているので、ついワクワクしてしまう。

 舞台に一本のスポットライトが落ちた。その下には……顔がオレンジ色の人間がいた。……よく見ると、カボチャだということがわかった。カボチャの被り物をしている。ジャック・オ・ランタンみたいだ。


「―――皆様、長らくお待たせいたしました。」


 カボチャが情緒的な振り付けをしながら語り始めた。会場内に透通るような声が響き渡る。


「この世に蔓延る数多の殺人鬼たち……悲鳴に抱かれてこの世に生をうけ、狂気と凶器を携えて蹂躙し、混沌の渦を巻き起こす……。」


 片膝をついて右手で光に手を差し伸べる。滑稽な光景だった。


「そして、ついにはは正義の名の元に捕らえられ、あるいは世界の狭間を知覚しつつ、散っていく。―――しかし、彼らは生きている!」


 くるりと一回転すると、今度は両手を広げる。いちいち大袈裟だ。


「語り継ぐのだ!その恐怖と狂喜を!その伝記と憧れは全てを越えて、全てを置いていき、やがてはあなたを突き刺すだろう!あなたが、あなたたちが、これからの恐怖なのだ!」


 今度はナイフを持つような仕草で自らの心臓を突き刺した。


「今、ここに、新たな殺人鬼を解き放つ!……ワンダー・スクリーム・ショー、最大のイベント、マーダラーコンテストをここに開催いたします!」


 突然、観客という観客の声援が地の底から這い上がり、爆発した。建物全体を揺るがす声の大きさに圧倒されてしまう。


「申し遅れました。私、当コンテストの司会を務めさせていただきます、カーペンターです。」


「カーペンター?」


「ハロウィンだよ。」


 私の一人言にダリオが答えてくれた。

 カボチャはそういうことか。これまた、わかりやすいようなわかりにくいような……。


「カーペンターは仕切りたがりの目立ちたがりだからね。あいつの推薦よりも面白いときがあるよ。盛り上げ方も様になってるだろう?」


「確かに、後にも先にも、カボチャの司会なんて見れないかもね……。」


 カーペンターは歓声と拍手を身体全体に浴びるようにして、舞台を歩きまわっている。


「拍手喝采、痛み入ります。―――さて、貴重な時間は有効に使いましょう。それでは早速、今回の種目を発表しましょうか……!」


 舞台に大きなスクリーンが表れる。観客がざわつく中、スクリーンに映写機のカウントダウンが映し出される。

 本当に映画館にいるみたいだ。頭の中では得体のしれない葛藤がぐるぐると回り続けていた。

 スクリーンにびりびりとした粗い映像と共に、青緑一色の画面が映し出される。


「これは、とある監視カメラの映像です。場所や時刻は教えられませんが、国内の映像です。」


 ビルに囲まれた路地裏の光景だ。夜に撮られたものみたいだが、映像からは細かな部分がわかりにくい。

 その路地裏で影が動いた。その部分へカメラがズームしていく。

 ―――左向きの男の人の顔が映っている。まだ若い。私より少し年上だろうか。何か焦るようにして路地裏を歩いている。

 たった、それだけの映像だ。しかし、私は目が離せなかった。周囲の音と視界が遮断されている。けれど、耳には大きくなる鼓動と、血の巡る音がしっかりと聞こえる。そして目にはその男しか入らないのだ。


「……もうお気づきですね?この方がターゲットとなります。」


 遠い場所で、声が木霊のように聞こえる。

 ターゲットという言葉に心臓が飛び跳ねる。呼吸が止まりそうになる。


「今回の種目は、そうです!マンハント!」


 会場がざわめく。


「彼を探し出し、阿鼻叫喚させ、殺した者こそが、勝者となります……!」


 声は更に遠く、意識は更に深く。しかし、決して消えることはない不安のようなものがいつまでも、ただぼんやりと残っていた。


◇◆◇◆◇


「―――シラリア、シラリア?」


 瞼は開いていた。視界が蘇ってくる。


「……ダリオ?あれ?私……。」


 頭がぐらぐらする。立っていることが不思議なくらい。


「ぼうっとしてたけど……。大丈夫かい?」


「うん、うん。大丈夫。立ちくらみ……人くらみかな。」


 我ながらよくわからない病名だったが、それ以上の詳細を聞かれることはないので良かった。

 ダリオがひじ掛けの椅子を引き寄せてくれたが、「大丈夫」とだけ言って断った。


「それでは注意事項を―――あっ」


 突然、カーペンターの間の抜けた声が聞こえた。そして会場全体が湧き上がった。

 舞台の上では、いつの間にかスクリーンが引き上げられていた。そこには、二つの影があった。カーペンターと……誰だろう?


「あ……はは、落ち着いてください。これから注意事項を……。」


 カーペンターが後退りしながら焦っている。もう一方の影は、汚いタンクトップに白いエプロン姿の中年の男だった。その手には鉈のような刃物を持っており、これ見よがしに振りかざしては何か喚いている。


「あ、こりゃまずいぞ。」


 ダリオが口に手を当てて、壁に備え付けてある電話を取った。


「ダリオです。……うん、対処よろしく。あとマイクの用意を忘れずに―――。」


 いつもと変わらない口調だが、どうやら演出ではないみたいだ。


「これ、緊急事態?演出?」


 ダリオが電話を置きながら戻ってくる。


「どちらも正解かな。けれど、盛り上げるためには両方も不可欠さ。演劇はね、インプロヴこそが面白いんだ……。ほら、見てごらん。」


 舞台に目を向けていると、突然、スポットライトが二つになった。そして、カーペンターの声に混ざって別の声が聞こえてきた。


「なあ、俺を推薦してくれよ。俺は肉屋をやってるんだけどよぉ……何を売ってるか知ってるか、あんた?」


 鼻息が荒いので聞き取りづらい。


「な、何を売っているか、ですか?」


 カーペンターが苦笑しながら必死に抵抗する。


「まさか、人肉なんて時代遅れじゃあないでしょう?」


 私、いや、会場にいる全員にとっても賛同できる意見だった。現実問題では時代遅れでも何でもないが、嘘でも真実でもこの会場内の空気の中では、それほど特別なことではなかった。

 しかし、予想外にエプロン男の顔が真っ赤になっていく。それに伴い、会場内では笑い声が聞こえてきた。


「それじゃあ推薦は厳しいな……。」


 ダリオも肩を揺らして笑っている。私はといえば、当然笑えるはずもなく、カーペンターがどうするのかが気になっていた。


「この、カボチャ野郎が!お前の肉をうちに並べてもいいんだぞ……!」


「えぇ?私ですか?や、八百屋にでもなるつもりなんでしょうかね……はは……。」


 今一度、抵抗するカボチャの姿は勇ましくも儚い。

 エプロン男はついに抑えきれなくなったのか、醜い奇声を発しながら、鉈を振り回して走りだした。

 その瞬間、全ての照明が消えた。

 真っ暗だ。何も見えない。けれど、きっとダリオたちは笑っているだろう、とどこかで感じた。

 会場がざわついている中で、何かの音が聞こえてきた。地下鉄のホームで聞こえてくるような、何かが迫ってくる音が……。それは、雑音としか思えないほど、低く、重い。

 しかし、私には聞き覚えがあった。そうだ、声だ。呻き声だ。


「う、あっ!」


 突然、暗闇の中でエプロン男の短い悲鳴が聞こえた。苦しそうな声がマイクを通して会場に響く。

 そして、スポットライトが点灯した。舞台と会場が一部明るくなる。


「ひっ―――!」


 今度の悲鳴は観客席から挙がった。危うく、私も悲鳴が飛びだしそうだった。それが一度目だったなら。


「……ロメロの奴、すごいのを連れてきたな。」


 ダリオがぽつりと呟いた。

 舞台には、ゾンビ―――いや、グールがいた。ビデオ

で見たままの、そのままの姿で飛び出してきたのだ。

 そのグールが、エプロン男の首元を片手で掴み上げている。ボロボロに崩れた身体のどこにそんな力があるのか不思議だった。

 やがて、舞台の上手からロメロがスポットライトと共に登場した。相変わらず、オペラグラスが必要のないくらいに大きい。


「く、う、ぐぅ……。」


 エプロン男が呻き声をあげながら、逃れようと必死にもがきだす。ロメロはエプロン男のその姿を見ると、グールに向かって頷く。すると、エプロン男は、空き缶のように観客席へ投げ捨てられた。そして、エプロン男は二度と舞台に上がることはなかった。


「皆様、お騒がせしてどうも申し訳ない。このように、招かれざる役者は、たったいま舞台を降りた。どうか落ち着いてほしい。―――それと、何か勘違いしている方がおられるようだが……、」


 ロメロがマイクを手にして低い声で語り出した。グールは舞台の真ん中で立ったまま動かない。


「私たちは誰に対しても公平な審査をする。先ほどのような極端に趣向が乏しい輩に対しては、こちらもそれなりの対処をさせてもらう。例え、それが自ら選んだ推薦人だとしても、だ。だからこそ、一般参加者の方にもチャンスがあることは忘れないでほしい。要は私達が推薦した者よりも怖ければいいのだから。」


 ロメロはゆっくりとグールに近づいていく。


「紹介が遅れたが、私はロメロ。そして、彼が私の推薦人だ。私は彼以上の存在を知らないのでね……。どうか、彼以上の恐怖を味わわせてほしい。」


 そう言い終えて、ロメロはグールを前に押し出した。一方のグールは気だるそうに呼吸をするだけだ。再びロメロがもうひと押しすると、グールが喉元を撫でながら前へ一歩進み出た。よく見えないが、不満そうな顔つきをしているみたいだ。


「えー……っと、ただいま、ご、ご紹介にあず、かりました。……かふ……グール……です。」


 息苦しそうに息継ぎをしながら、ゆっくりと話していく。舌先を細切れにして、糊でくっつけたような今までに聞いたことのない声色だった。


「はぁっ……掘り起こさ、れた、ばかりなので……上手く、話せません、が……どうやら、俺も、さん、か、参加するので、みなさん、おて、かっ、は……お手柔らか、に……。」


 ビデオのように饒舌ではないものの、その口調は“彼”そのものだった。

 誰もが言葉を発することができなかった。発してはいけない空気さえあった。

 グールは最後に、「拍手は?」と言いたげに小首を傾げた。その後すぐに、拍手と歓声が巻き起こる。観客は自分たちが求めていた物に気付いたのだろうか。今までよりも一際大きい。それを聞きながらグールは舞台袖に向かい、見えなくなった。


「ありがとうございます。―――それでは、カーペンターによる注意事項をお聞きください。」


 そう言い残して、ロメロも消えていった。

 やがて、どこに隠れていたのか、再びカーペンターが現れた。


「はい、お待たせしました、カーペンターです。それでは、さっきみたいなことが起こらないように、すぐに始めたいと思います。」


 そこでひとつ咳払いを入れた。すると、会場の雑音量が最少になる。


「先ほど参加者の方々に申し上げた通り、勝利条件はターゲットを捕らえて仕留めることです。しかし、ただ殺せばいい、ということでは勝者とは認められません。殺すだけならトマトにもできますからね。」


 雨音のような多少の笑い声が聞こえた。ダリオに顔を向けると、「映画のジョークだよ」と教えてくれた。私は残念ながらその映画を見たことがなかった。


「ここで重要なのが、恐怖度です。どれだけ“恐がらせることができるか”ということですね。ターゲット個人を的に絞ってじわじわとスリルを味わわせることはもちろん、観客を楽しませるための演出もしていただきたいのです。方法や趣向はみなさんにお任せします。サスペンスに、オカルティックに、サイコに、グロテスクに、フリークに……ありとあらゆる恐怖を評価しますので、お好きにどうぞ。」


 レンタルビデオ店で聞きそうな台詞だった。しかし、意味の重さもスケールの大きさも全く違うのだ。

 ただ怖いだけならば、それこそレンタルビデオ店に行けばすぐに出会える。私たちに求められているのは、そんなところには存在してはいけない新作なのだ。


「また、自己責任の上ならば、ターゲット以外にも何をしようが誰を何人殺そうが自由にしていただいて結構です。その度にポイントというものが取得できます。ポイントの積み重ねは重要です。ポイントを蓄積していくことでゲームを有利に進めていくことができる特典がついてきます。特典はポイントが一定に溜まった時点でこちらから連絡させていただきます。楽しみにしていてください。」


 カーペンターは教師のように後ろ手を組んで歩く。


「また、ポイントは所持者から奪うこともできます。やり方は……言わなくてもわかりますかね。」


 不意に隣にいるダリオの顔を見上げる。何も言ってはくれなかった。


「次に、ターゲットが殺された場合ですが……もしも私たち観客側がその人物が殺人鬼には相応しくないと判断したとき……これは大事ですよ。その人物が次のターゲットとなります。」


 会場がざわつく。その原因は、戦慄か、歓喜によるものか、私には想像がつかない。

 カーペンターは振り向いて来た道を同じように歩く。


「同じ状況が起きた場合、また次のターゲットへ……と続いていきます。殺人鬼同士の殺し合いというのも面白いですからね……。」


 ステージの中心に戻ると、その歩みを止めた。


「なお、参加者のみなさまの見せ場は、こちらのカメラがしっかりと監視しております。見逃すことは絶対にありません。お好きな時間、場面でお願いします。また、プライベートに干渉することもありませんので、安心して楽しんでください。」


 カーペンターが大きく咳払いをひとつ入れる。


「観客、方法、演出、ポイント、ターゲット……以上のことを意識して取り組んでいただきたい。私たちは待っています。きっと、この中から稀代の殺人鬼が生まれることを願っています。一般の方も推薦を受けた方も―――」


 観客を意識する。人を殺した分だけ溜まっていくポイント。有利になっていくゲーム……カーペンターの言葉が頭の中で何度も反復する。耳の奥で聞こえてくる。その言葉の意味もわからずに。ただ繰り返すだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ