1.クレイルの記憶と、穏やかな朝。
ここから、第1章です。
『いい加減にしろ、クレイル! どうして言われた通りにしないんだ?』
――また、いつもと同じような叱責を受けている。
お前は修繕師になるべきだ、と。繰り返し、繰り返し父親からそのように言われ続けてきた。子供が大人に歯向かったところで、勝てないのは目に見えている。だから仕方なし、俺は適当ながらも修繕の技術を身につけた。それでも周囲の者よりも筋は良かったのか、気付けば技術が頭一つ抜けていたように思う。
だとしても、俺は敷かれたレールの上を歩くつもりはない。
成長して体格も大きくなってきた頃、自分はそれまで溜め込んだ鬱憤を父親に吐き出した。
『ふざけるな! なりたくてもなれない、そんな人間の気持ちは無視か!?』
そんな自分に向かって、アイツが言い放ったのはそんなこと。
耳にした瞬間、いよいよ俺の自分の中にあった堪忍袋の緒はプツンと切れた。周囲の気持ちを考えろと言うのなら、どうして父親は実の息子の気持ちを汲み取ろうとしてくれないのか。
俺はそう声を荒らげて、初めて父親と取っ組み合いの喧嘩をした。
母親が泣いて仲裁したために勝敗はつかなかったが、これが訣別だったのは明らか。その後に俺は修行先の工房に入ったのだが、結果は推して知るべし。
――いまでも、思うのだ。
自分の行動原理も子供っぽかったが、決して間違いではなかった、と。
◆
「――様、クレイル様? 朝食の準備ができましたので、どうぞ」
「ん、あぁ……ありがとう、リーナ」
ソファーで寝ていた俺の肩を、リーナが軽く揺すりながら声をかけてくる。
微睡みの中から戻ってきた自分は目を擦りながら、機巧少女に感謝を伝えて伸びをした。どうやら昨日は資料を読んでいて、そのまま寝てしまったらしい。慣れない姿勢でいたために、身体の節々が痛んでいる。その凝りを解すように動かしながら、ひとまず立ち上がった。
そして少女の行く先を見ると、テーブルの上に一枚のパンに目玉焼きという朝食がある。ほどよく火を通したであろうそれらは、空きっ腹には贅沢な香りを漂わせていた。
「ふー……こんなマトモな食事、久しぶりだな」
俺は椅子に座りながら、思わずそう呟く。
修行先を抜けて以降、自分はずっと祖父の遺した工房に閉じこもっていた。リーナを修繕している間に口にしたといえば、水分くらいだったと思う。つまり、これは何の比喩でもなく久々の食事だった。
俺は手を合わせて神に祈りを捧げ、おもむろにパンに手をつける。
少量をちぎり、バターをつけてから口に放り込んだ。
「うっ…………ま!?」
すると口いっぱいに、甘味が広がっていく。
鼻からは芳醇な香りが抜けて、一瞬だけども気を失いそうになった。慌てて皿の隣に置かれていたコップを手に、水を喉に流し込む。そこでようやく、一つ呼吸を整える余裕ができた。
さすがに断食状態から、絶品の朝食は刺激が強すぎる。
――いや。あるいは、普通の食事をそのように感じているだけなのか。
「いかがですか? クレイル様」
「めちゃくちゃ美味いよ! マジで!」
そう考えていると、リーナが対面の席に腰かけて訊いてきた。
俺は彼女のそれに迷いなく、お世辞なども一切抜きに頷いて答える。簡素とはいえここまで美味く感じさせるには、相当な技術がいるはずだった。
パンをただ焼くだけと思うなかれ。
絶妙な焦げ具合が醸し出す味わいは、一朝一夕では叶わない。
「そうですか。では、昼の食事はどうしましょう?」
「え、もう昼の話か……うーん、そうだな――」
感動を抱いたままでいると、しかし機巧少女は淡々と次に行っていた。
そういえば、今後の方針なども決定していないのだ。
俺はそう考え、諸々込みで相談しようと――。
「申し訳ない! この工房はいま、修繕を受け付けているのかな?」
「――ん?」
そう口にしようとした瞬間だった。
工房の入口の方から、一人の男性の声が聞こえてきたのは。
俺とリーナは互いに顔を見合わせて、ひとまず食事は後回しにするのだった。
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