第一話 丁たる(あたる)(5)
何だったのだろう、今の子どもの映像は⋯。
「お主、何か見えたのか」
黒い巫女のような服を着た彼女が、僕を少し寂しげな瞳で見ていた。その瞳からは、一筋の涙が流れている。
「こ、子どもが⋯」
僕は上ずった震え声で、声にもならない声を出す。なぜか、とても寂しい、悲しい気持ちが心に広がっていた。そして、僕の頬を涙が伝う。何が起きているのだろう。なぜ彼女は、そして僕は泣いているのだろう。そもそも⋯泣いているのか?
彼女は頬の涙を拭いながら、そして、再び僕を見下ろす。その目は、先ほどとはうってかわって、敵意に満ちた鋭い眼光に変わっていた。その大きな瞳に僕の心は貫かれる。
「お前は、何奴じゃ」
敵意を感じる棘のあるような声色で、僕は現実に引き戻された。
「あの、その、オカルト系のライターをしてまして」
彼女から見下されているのに、なぜか僕の心に変なざわつきがあった。
「あ、アタルって言います。多々良アタル」
訝しげな彼女の視線に、僕は慌てて名刺を取り出し、彼女に差し出す。いつの間にか、僕は正座をしていた。
名刺をひったくると、彼女は刺すような視線を名刺に落とす。
「お前は、霊が見えるのか?」
「霊ですか? もしかして、さっきのおぼろげなやつですかね?」
「そうじゃ」
「でも、見たのは初めてで。今までも、嫌な感じはあったんですけど⋯でも⋯」
何も考えられず、とにかく口が何かを喋ろうとしていた。
その言葉を遮るように彼女が問う。
「これは本名か?」
「はい。ちょっと珍しいですよね。咫瑠って漢字。何か代々同じ漢字を受け継ぐ家で⋯、父は咫利、じいちゃんは咫羅と言って⋯」
「まあ、良い。ここで見たことは、誰にも言うでないぞ」
「そう言われても⋯」
彼女がギロリと蛇のような目で僕を睨む。ゾクリとした。いろいろな意味で。
「シノブ」
シノブ?
「ウゲッ」
と、僕は急に背中から羽交い締めにされ、思わず変な声をあげてしまった。耳元で誰かが囁く。
「お静かに。じゃないと、もっとひどいことになりますよ」
ふわりと耳に感じた温かさとは対称的に、AIのような抑揚のない声のアンバランスさに心が波立つ。
「ハナツ様、この者はどうしますか?」
彼女はハナツという名前なのか。僕はしっかりと彼女の名前を心に刻む。こんな状態なのに、僕は彼女から目を離すことができずにいた。彼女のこと、ハナツさんのことを、もっと知りたいと感じていた。
「とりあえず離せしてよい、シノブ」
「はい」
僕の四肢が自由を取り戻す。
「あの、何が起きているんですか! 説明してください」
「めんどくさい」
即答である。
「シノブ、任せる」
僕はシノブと呼ばれた方を見やる。
そこには身長150センチくらいだろうか。小柄で黒ずくめのダボッとした服を着て、左目が隠れた黒髪ショートヘアの人物が立っていた。
歳は若いようだが、高校生にも見える。が、流石に十代ということはないだろう。
「承知しました。では、場所を移しましょう」
そう言うと、シノブと呼ばれる人物が僕の手を引いて歩き出した。小柄なのに思った以上に力が強いのか、体がグイグイと引っ張られていく。
「ちょちょ、ちょっと待て!」
シノブは僕の声にも意に介さず、僕はズルズルと情けない格好で引きずられていく。
ここで終わっちゃ、オカルトライターの名がすたる。
「蹴ったのは酷くないですか!?」
僕が今できる精一杯の抵抗。
そんな僕にハナツさんが近づき、顔をぐっと寄せる。至近距離で見つめら、悔しいが、僕は少し汗ばんでしまった。
真っ黒ではなく少し灰色がかったその瞳は、シルバーのようにも見え、僕の心臓が今日一の高鳴りを記録する。
「緊急事態じゃ。そもそも立入禁止だったはずじゃが」
それはご尤も。言い返す言葉が見つからない。
ハナツさんはスッと顔を離し、その場を立ち去っていく。
僕は彼女を何とか止めたかった。子どもの霊のイメージを見た後、ずっと感じていたことがある。胸のあたりにジワーッとした、温かみというか、柔らかい心地よさだ。それが、未だに残っていた。人生で初めて感じる感覚。それが、何なのか、今を逃してしまったら、知ることができない気がした。
「あっ、あの! ハナツさん!」
僕はありったけの声をひねり出す。一体何が起きているのか。霊とは何なのか。なぜ、カメラに映らないのか。僕が感じているこの感覚は何なのか。霊に寄るものなのか。そして、君は何者なのか。聞きたいことがたくさんあるんだ!
「好きです!」
その瞬間、世界の時間が止まった。僕は何を言っているのだろう⋯。
ハナツさんは振り返り一瞥したが、そのまま立ち去っていく。
「あなた、馬鹿ですね」
そう思う。いきなり告白してどうする。
「とりあえず、行きましょう」
シノブは再び僕をグイグイと引っ張り、ハナツさんの後に追いかける。抗おうにも、体がいうことをきかなかった。




