第一話 丁たる(あたる)(4)
「本当に撮影なんかしているのだろうか」
思わず、独り言をつぶやく。
僕は今、廃校舎の三階への階段を登っているだが、本来ならもっと賑わいというか、活気を感じてもおかしくない。
もしかすると、もう撮影を終えて撤収しているのだろうか。そうならば、少し時間を潰して待っていれば、無理に秘密のルートから侵入しなくても良かったなと思った。
ただ、ガラスの割れる音がしていたし、油断は禁物だ。僕は細心の注意を払って、抜き足差しで階段を登る。注意しすぎて困ることはない。
目的の3ーB教室は、階段を上がり、右手の二つ目だ。
教室が近づくにつれて、胸のモヤモヤ感も爆上がりし、胃液がせり上がってくるような感覚があった。
これは絶対に何かいる! 間違いない。これまでの経験から僕は確信する。また、その高揚感が、少しだけ気分の悪さを中和してくれていた。
3ーB教室の扉は空いていていた。僕はゆっくりと頭だけを出し、外から教室の中を覗いてみる。
と、教室の後ろの方にぼんやりとした、人の形のようなものが見えた。
マジかよ! 人生初の霊遭遇! テッテレー!
僕は急いでポケットからスマホを取り出しながら、駆けるように教室へ突入する。さながら、芸能人のゴシップを追うカメラマンのように。
と、そこには黒い巫女のような服を着た女性が立っている。
映画の撮影か? と一瞬思ったが、周囲には他に誰もいない。人気の無さが原因なのか、何となく異様な空気感をゾワリと肌で感じた。
彼女、人間⋯だよね?
ふと疑念が頭をよぎったが、それよりもまずは霊だ。僕は教室の後ろに佇んでいるぼんやりとしたものに視線を移す。
何だろう、小柄な人間、子どもだろうか? 人の形のように見えるが、うっすらとしていて、輪郭がはっきりしない。
と、カメラカメラ。僕はスマホのカメラを霊に向ける。
だが、カメラには教室の壁だけで、他に何も写っていなかった。
そんな馬鹿な⋯。
「貴様、そこで何をしている!」
黒い巫女のような衣装を着た女性が、僕の方をキッと睨む。
「⋯」
僕は彼女の相貌に引き込まれ、何も言えず見惚れてしまった。
黒髪ツインテールで、銀縁の装飾が少しゴツいメガネ、端正な顔立ち。歳の頃は二十代前半だろうか。幼さを感じる顔立ちとは打って変わって、その眼光はとても鋭い。
「いや、カメラで撮影しようと⋯」
僕は彼女の背後にある、モヤッとした霊のようなものを再びスマホのカメラで撮ろうしていた。
「お前は馬鹿か? 霊が写るわけがないだろう!!!」
「で、でも、心霊写真とかあるじゃないですか」
僕は咄嗟に答えた。
「底抜けの愚か者じゃな。あんなものはカメラの不具合か、合成にすぎん」
と、そのモヤッとした霊のようなものから、丸みを帯びた光る何かが膨れ上がり、僕の方へ放たれた。
その刹那、彼女が僕に向かって走ってくる。その姿に思わず見惚れていたら、僕の視界が彼女の靴で塞がれた。
グハッ。
僕は押し出されるように蹴り飛ばされた。
彼女はクルリとターンして霊の方を向く。その動きに合わせて、黒髪のツインテールがふわりと弧を描いた。そして、胸の前で両手を使い、◯や△のようなものを形作っていく。それはダンスのようにも見えたし、陰陽師などがしている印を結ぶ動きのようにも見えた。
「縛解術 護式!」
彼女が叫ぶのとほぼ同じタイミングで、霊のようなものから発せられた光の玉が、彼女に激突した。
かに見えたのだが、光の玉は彼女の前で弾け霧散する。僕は、その光景と彼女の後姿から目を離すことができずにいた。蹴られた痛みも忘れるほどに。
その凛々しさからだろうか、彼女の全身からオーラのようなものが発せられてように見えたのは、気のせいだろうか。
僕は思わずカメラを向けた。霊ではなく、彼女に。カメラ越しに見ても美しく、僕の心をとらえて離さない。いや、離れたくない。このままずっと画面を見ていたかった。
「何度言ったらわかるんじゃ? 霊は映らん!」
(違うんです。貴方を写しているのです!)と叫びたい気持ちを何とか抑えた。
「まあ良い。説明は後じゃ。今は、彼奴を何とかせねばならん」
そういうと、彼女は胸の前で再び両手で□や◯のような形を連続で作った。そして両手を組むようなポーズをする。
「縛解術 痿式!」
そう叫び、彼女は両手を霊の方に向かって大きく広げる。まるで手品のように、御札だろうか? 細長い紙が花吹雪のように舞った。
霊とおぼしきもは、突然何かに捕らわれているように動きを止める。ブルブルと震えているのか、輪郭が前よりもはっきりしたような気がしたが、残像のようにブレで見えた。
再び彼女が両手を動かし叫ぶ。
「縛解術 散式!」
と、その手には、いつの間にか大きな針のようなものを握っていた。
「その想い、解き放つ!」
その掛け声とともに、彼女は大きな針を霊のようなものに向かって投げる。
そして、再び両手を胸の前に持ってきて、忍者のような印を結んだ。
「縛解!」
彼女の言葉に呼応するように、霊はさらに振動を増し、ブルっと大きく震えた後、世界との境界が曖昧になり、そのまま世界に溶け込むように消えていった。
その瞬間、僕の視界に何か映像のようなものが流れてくる。
泣いている子どもだろうか。その子どもの周りを、同年代の子どもが囲んでいる。頭を小突いたり、蹴ったりしているように見えた。
遊んでいるのか。いや、これは⋯。
そしてまた眼の前が白くなったと思うと、子どもが膝を抱えて座っている映像に変わった。トイレだろうか。と、水のような液体が子どもにかかり、膝を抱え座っていた子どもがずぶ濡れになる。
これは、間違いなくいじめだ。
と、再び視界が真っ白になり、今いる教室に戻った。




