【9話】呪われた王子の選択
王城の会議室に、重苦しい空気が満ちていた。
貴族たちの視線が、一点に集まっている。
――第3王子、アルトリア・ヴァレンシュタイン。
生まれてから忌避されてきた彼が、この場に立っている。
それ自体が、異例だった。
「では改めて確認しよう」
重臣の一人が、咳払いをして口を開く。
「第3王子殿下の“呪い”について、検証を行う必要があるのではないか、という意見が出ております」
ざわり、と空気が揺れた。
「もし安全であるならば、王家として正式に扱いを見直すべきだ」
「逆に、危険であるなら、これ以上の混乱を避けるため――」
言葉の続きは、誰も口にしなかった。
だが、分かっている。
“隔離”
“排除”
“切り捨て”
それらが、選択肢として並んでいることを。
アルトリアは、拳を強く握りしめた。
――また、黙っていればいい。
そうすれば、誰も傷つかない。
自分が耐えれば、済む。
……はずだった。
「検証には、すでに適任者がいる」
別の貴族が言った。
「噂の令嬢――リリア・エルヴァイン嬢です」
その名が出た瞬間。
アルトリアの中で、何かが切れた。
「――やめてください」
静かな声だった。
だが、会議室が一瞬で静まり返る。
全員が、彼を見た。
今まで、一度も発言しなかった第3王子が、口を開いたのだ。
「彼女は、関係ありません」
喉が、ひりつく。
それでも、言葉を止めなかった。
「触れても平気だったのは、偶然かもしれない。理由は、まだ分かっていない。だからこそ――」
視線を上げる。
逃げない。
「検証などという名目で、彼女を危険に晒すことは、許されない」
貴族たちの間に、ざわめきが走る。
「しかし殿下、それでは真実が――」
「真実を知るためなら、誰かを犠牲にしてもいいのですか」
思ったよりも、声が震えていた。
それでも。
「それが王家のやり方だと言うなら」
一拍、置く。
「――私は、従いません」
息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
沈黙の中、別の声が上がった。
「へえ」
軽い調子。
場違いなほど明るい。
「かっこいいじゃん」
第2王子セリウス・ヴァレンシュタインだった。
「僕の不用意な一言でここまで大事になるとは思ってなかったけどさ」
肩をすくめる。
「少なくとも、本人が拒否してる検証を強行するのは、趣味悪いよね」
貴族たちが、言葉に詰まる。
アルトリアは一瞬、兄を見た。
――味方、なのか?
セリウスは、にやっと笑った。
「安心して。今回は、面白そうなほうにつくだけ」
その言葉に、何人かが苦笑した。
最終的に。
検証は、無期限延期となった。
明確な解決ではない。
だが、これまでとは違う。
アルトリアは、自分の意思で守ったのだ。
会議室を出た廊下で、アルトリアは深く息を吐いた。
足が、少し震えている。
「アルトリア王子!」
声をかけられて、振り返った先にリリアがいた。
「……聞いて、いましたか」
「はい」
彼女は、静かに頷いた。
「ありがとうございました」
「礼を言われることでは……」
言いかけて、止まる。
彼女が、微笑んだ。
「でも、嬉しかったです」
その一言で、胸の奥が、すっと軽くなる。
アルトリアは、ゆっくりと頷いた。
「……守ると、決めたので」
呪われた王子は、その日。
初めて、自分の言葉で、世界に立ち向かった。




