【38話】決着、平穏
剣術勝負が終わり、訓練場に残ったのは気まずさ……ではなく。
「……で」
ノエルが腕を組んだまま、アルトリアをじっと見上げた。
「さっきの最後の踏み込み、あれ理論的にどういう判断だったんです?」
いきなりそこ!?
アルトリアは一瞬言葉に詰まり、真剣な顔で考え込む。
「理論……というより、距離感と、呼吸の乱れから――」
「呼吸!? どこで見てたんですか!?」
「……相手の肩と、足運びを」
「なるほど……」
ノエルはぶつぶつと何かを書き留める素振りをし始めた。
剣を鞘に収めたまま、完全に研究モードである。
「いや負けを消化するの早くない?」
セリウスが横から突っ込む。
「今は勝敗より再現性の検証が重要なので」
「理屈派こわ」
レオンハルト様は何やら感心している様子だ。
それから数秒、ノエルはふっと顔を上げる。
「……あと」
言いにくそうに視線を泳がせてから、ぽつり。
「姉上、さっきの試合中……一度も不安そうな顔してませんでした」
私は驚いて瞬きをする。
「そう、だったかしら」
「はい。……つまり」
ノエルはアルトリアをまっすぐ見て、真顔で言った。
「精神的安全性が高い、ということですよね?」
「え?」
「姉上が落ち着いていられる環境を提供できている、という意味です」
アルトリアは少し困惑しながらも、丁寧に頷いた。
「……そうであれば、光栄です」
「現時点での評価は、暫定合格です」
「暫定」
「改善の余地はあります」
「あるんだ……」
セリウスが吹き出した。
「いやあ、これ何回もあるやつだ」
「当然です」
ノエルは胸を張る。
そして踵を返しかけ――また戻ってきた。
「そうだ。紅茶」
「はい?」
「姉上が、砂糖を二つ入れるときと一つのときの判断基準、把握してます?」
アルトリア様が完全にフリーズする。
「気分、です」
ノエルは勝ち誇った顔で言う。
「……」
アルトリアは何も言わずに黙っている。
「頑張ってね、アルトリア」
セリウスが楽しそうに言う。
「……努力します」
帰り際、ノエルはまた振り返り、今度は小声で。
「……姉上を大事にしてくれるなら、それでいいです」
そしてすぐに、
「でも剣の話は別ですから!次は勝ちます!」
そう言い残して去っていった。
人影が見えなくなり、私は思わず吹き出した。
「……なんだか、面白い人でしたね」
「ええ、少し。いや、かなり?」
二人で顔を見合わせ、笑う。
ようやく戻ってきた平穏は、
どうやら以前より、少しだけ賑やかになりそうだった。




