【31話】兄弟水入らず
結論から言おう。
私は、完全に包囲されていた。
「いやあ……」
向かいの椅子に深く腰掛け、セリウス兄がにやにや笑う。
「昨日のアルトリア、格好良かったよ」
「“彼女は私の婚約者です”」
芝居がかった口調で再現される。
「号泣ものだったね」
「やめろ」
即座に言う。
だが、隣から低い声。
「否定はしないのか」
レオンハルトだ。
「……事実だからな」
「ふむ」
満足そうに頷くレオンハルト兄。
「認めたか」
「認めるしかあるまい」
私は腕を組み、視線を逸らす。
「……あの場で、言う必要があった」
「うんうん」
セリウス兄が大きく頷く。
「英雄演説+カミングアウト+婚約発表」
「計算しつくされた完璧な構成だねぇ」
「計算ではない」
「それで?」
セリウス兄が身を乗り出す。
「彼女、どんな顔してた?」
「……」
思い出してしまった。
一瞬、完全に思考が止まったあの表情。
「……驚いていた」
「それだけ?」
「……怒っていた」
「お、怒らせた」
セリウス兄が楽しそうに笑う。
「で?」
「……喜んでもいた」
「はい確定」
ぱちん、と指を鳴らされる。
「両想い」
「口を慎め」
だが、止まらない。
「でもさあ」
セリウス兄が顎に手を当てる。
「普通、婚約って“事前相談”ってものがあるよね?」
「……反省している」
「本当に?」
レオンハルト兄が静かに問う。
「彼女が拒んだら、どうするつもりだった」
一瞬、胸が詰まった。
「……」
「……考えていなかった」
正直に答える。
「逃げるつもりはなかった」
「だが、拒まれる覚悟もしていなかった」
沈黙。
レオンハルト兄は、少しだけ目を細めた。
「それは……」
「随分と、不器用だな」
「……自覚はある」
私は、ため息をついた。
「……私は」
「彼女を、守れる立場に立ちたかった」
「守るだけじゃなく、同じ場所に立つために」
言い切ると、兄たちは一瞬、黙った。
そして。
「なるほど」
レオンハルト兄が静かに言う。
「なら、いい」
「え?」
「弟が、自分で人生を選んだ」
「それだけで、十分だ」
セリウス兄が、わざとらしく肩をすくめる。
「いやあ、感動したなあ」
「さすが兄」
「でもさ」
急に真顔。
「これからが本番だよ」
「王子の婚約者って、外野が黙ってない」
「……覚悟はしている」
「彼女は?」
その問いに、私は迷わず答えた。
「……強い」
「でも、無理はさせない」
レオンハルト兄が、ゆっくり頷く。
「なら、良い。合格だ」
「合格?」
「弟に相応しい人物か、だ」
セリウス兄が、ぱっと笑顔に戻る。
「よし、じゃあ次は――」
「初めての公式行事で、婚約者の手をどう取るか講座」
「やめろ!」
声を荒げると、二人は声を上げて笑った。
……本当に、容赦がない。
だが。
少し前までは考えられなかったこの騒がしさが、少しだけ――
心地よかった。




