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触れれば死ぬと言われた王子に、なぜか平気で触れられる令嬢  作者:


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【30話】実感は遅れてやってくる

――眠れなかった。


寝台に横になっても、目を閉じるたびに思い出す。


『私の、婚約者です』


――言った。

言われた。

公衆の面前で。


「……っ」


私は布団に顔を埋めた。


(何を堂々と……!)


怒っている、はずなのに。


(でも……)


昨夜の、月明かりの下での声。

真剣な目。

逃げないと言った彼の顔。


「……ばか……」


小さく呟く。


婚約者。


その言葉が、今になって胸に落ちてくる。


王子の。

第3王子アルトリア・ヴァレンシュタインの。


(私が……?)


昨日までと何も変わっていないはずなのに、

世界の見え方が、少しだけ違う。


視線が合えば緊張して、

声を聞けば胸が騒いで、

触れられたら――きっと、平常心ではいられない。


「……これからどうしたらいいんでしょう……」


思考が、完全に迷子だ。


そのとき。


――こんこん。


控えめなノック音。


「……?」


誰だろう、と体を起こした瞬間。


「おはよう、義妹」


軽やかな声とともに、扉が開いた。


「……っ!?」


そこにいたのは――


「な、な……」


「失礼する。」

レオンハルト様の落ち着いた声。


「安心しろ、正式な場ではない」


そして、その隣。


「いやあ、いい顔してるね」


にやにやとした笑み。


「完全に“あとから効いてきたタイプ”だ」


「セリウス様……!」


私は、思わず立ち上がった。


「な、なぜお二人が……!」


「なぜ、って」


セリウスが微笑む。


「昨日の今日で、大事な弟の“婚約者”を放っておく兄がいると思う?」


「お前はからかいに来ただけだろう」


レオンハルト様が即座に突っ込む。


「はは、手厳しい」


そして、私を見る。


「で?」


「眠れた?」


「……」


答えられない。


セリウスが、ぱちんと指を鳴らした。


「あ、これ完全に図星だ」


「顔に書いてあるよ」


「か、書いてません……!」


「いや、書いてある」


レオンハルト様まで同意する。


「昨日の宣言を、今になって反芻している顔だ」


「……」


私は、観念して肩を落とした。


「……はい」


小さく、認める。


「嬉しいのに、怖くて……実感が追いつかなくて……」


言葉にすると、少し楽になる。


「私は、王子の婚約者なんて、そんな立場を……」


そこで、レオンハルト様が静かに言った。


「それはな」


「立場の話じゃない」


真っ直ぐな視線。


「お前が“選ばれた”という事実だ」


セリウスも、珍しく穏やかな声で続ける。


「アルトリアはね」


「守れるから選んだんじゃない」


「“失いたくないから選んだ”んだよ」


胸が、きゅっと締め付けられる。


「……だから」


セリウスが、いつもの調子で笑う。


「今さら逃げ場はないし、覚悟が遅れてくるのも、まあ普通」


「むしろ健全」


「健全……」


「うん」


「だってさ」


少しだけ声を落として。


「昨日のあれで、舞い上がらない人のほうが怖い」


私は、思わず笑ってしまった。


「……ずるいですね」


「何が?」


「いつもは冗談ばかりなのに、こういう時はちゃんと、現実を突きつけるところです」


レオンハルト様が、ふっと口元を緩めた。


「歓迎する」


「そして、弟を選んでくれたことを」


その言葉に、胸の奥がじんわり温かくなる。


扉の外で、足音。


――きっと、彼。


(……あとで、ちゃんと顔を見て話せるでしょうか)


悶えは、まだ終わらない。


でも。


この実感の遅れは――

悪くないものだと思えた。

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