【26話】契約のその先
王宮の広間は、以前と変わらぬ厳かな空気に満ちていた。
国王陛下、女王陛下。
第1王子レオンハルト殿下。
第2王子セリウス殿下。
そして――
私の隣に立つ、アルトリア様。
「第3王子アルトリア・ヴァレンシュタイン」
国王陛下の声に、彼が一歩前へ出る。
「先の戦場における一件、
ならびに既存の契約内容について――
改めて、意思を示してもらう」
アルトリアは、迷いなく頷いた。
「はい、陛下」
彼の声は静かで、だが揺れていない。
「私は、これまで“個人”として結んでいた契約を、王子として、正式に結び直すことを望みます」
アルトリアは、そこで一度言葉を区切った。
「先の戦場において、私は呪いの制御を失いました」
広間の空気が、わずかに張り詰める。
「瀕死の重傷を負い、
その精神的・肉体的限界を引き金として――
呪いは、完全な暴走状態に入りました」
事実を、淡々と。
「敵である魔獣のみならず、味方すら巻き込みかねない状況でした」
その視線が、一瞬だけ伏せられる。
「……私は、そこで初めて理解しました」
顔を上げ、はっきりと続ける。
「この呪いは、隠し続ければ制御できるものではない」
「そして」
アルトリアは、私のほうを見た。
ほんの一瞬。
けれど、確かな意志を込めて。
「伯爵令嬢リリア・エルヴァインが、私に触れたことで――暴走は、止まりました」
ざわり、と微かな動揺が広間を走る。
「偶然ではありません」
きっぱりと断言する。
「これまでの経緯、そして戦場での結果から見て、彼女との契約は、呪いの抑制に明確な効果を示しています」
「ゆえに私は――」
拳を軽く握りしめ。
「この契約を、個人的な選択ではなく、王子としての責務として、正式に結び直したい」
真っ直ぐに、国王陛下を見据える。
「呪いと向き合う覚悟を、今度こそ、立場を理由に曖昧にしないために」
「呪いの制御と研究、そしてそれに伴う責任を、王国の監督下で明確に引き受ける」
女王陛下が、わずかに目を伏せた。
「それは、相当の覚悟を要するわ」
「承知しております」
アルトリアは、そう答えたあと――
ほんの一瞬、私を見た。
「……そして」
そこで、彼は言葉を切る。
私の胸が、どくりと鳴った。
この先を、彼だけに言わせてはいけない。
そう思った。
一歩、前に出る。
「国王陛下」
私の声に、全員の視線が集まる。
「リリア・エルヴァインです」
深く一礼してから、顔を上げる。
「先ほどの契約の件――私は、もう一つ、お願いを申し上げたく存じます」
セリウスが、何かに気づき楽しそうに目を細めた。
「おや?」
国王陛下が促す。
「申してみよ」
息を吸う。
「今回、アルトリア様が王子として私との契約を結び直されるのであれば」
一瞬、視線を彼に向けて、すぐ戻す。
「私は――その契約の先にあるものとして」
言葉を、選ぶ。
「婚約という形を、視野に入れていただけないかと考えております」
一瞬の沈黙。
――そして。
「……っ」
誰よりも先に反応したのは、アルトリアだった。
「リ、リリア……?」
明らかに動揺している。
セリウスが、吹き出した。
「ははっ!これは一本取られたね、アルトリア」
「君から言うと思ってたのに」
「セリウス」
レオンハルト殿下が、呆れたように溜息をつく。
「場をわきまえろ」
だが、その表情はどこか柔らかい。
女王陛下は、しばらく私を見つめ――
やがて、小さく微笑んだ。
「……あなたは、本当に強い子ね」
国王陛下が、腕を組み、低く笑う。
「契約に婚約か」
「随分と、実務的でいて……同時に、人間らしい」
視線が、彼に向く。
「アルトリアよ」
「は、はい」
「リリア嬢の申し出について、どう思う」
アルトリアは、深く息を吸い――
そして、はっきりと答えた。
「光栄です」
真っ直ぐに、前を見据えて。
「私にとって、それは逃げ道ではなく――共に立つという、覚悟の形です」
その言葉に、女王陛下が目を細める。
「……ようやく、そんな顔をするようになったわね」
セリウスが、にやにやしながら言った。
「じゃあさ」
「正式な発表は、いつ?」
「兄上!」
「冗談冗談」
そう言いつつ、明らかに楽しんでいる。
広間の空気は、いつの間にか張り詰めたものではなくなっていた。
国王陛下が、締めくくるように言う。
「婚約については、正式な手続きを踏んだうえで検討する」
「だが――」
一瞬、視線を和らげる。
「反対する理由は、今のところ見当たらぬ」
私は、胸の奥で、そっと息を吐いた。
隣で、アルトリアが小さく囁く。
「……驚かされました」
「私もです」
そう返すと、彼は困ったように、でも嬉しそうに笑った。
この場は、王国の決断の場。
それでも確かに――
家族のような温度が、そこにあった。




