【26話】ぶつかる本音
――目を覚ましたとき、天幕の布が揺れていた。
薬草の匂い。
包帯の感触。
……そして、微かな体温。
「……?」
視線を動かす。
簡素な寝台の傍。
椅子に腰掛け、私の手を握ったまま――彼女が眠っていた。
リリア。
伏せた睫毛の先に、涙の跡。
「……馬鹿……」
喉が掠れて、声にならない。
その微かな音に、彼女がぴくりと肩を揺らした。
「……アルトリア、様……?」
顔を上げた瞬間、目が合う。
そして。
「……っ……」
次の瞬間、彼女は立ち上がり、私に縋りついた。
「よかった……っ、よかった……!」
声が、震えている。
「目、覚まさなくて……どうしようかと……!」
「……泣くな……」
そう言おうとして、
自分の目元も熱いことに気づいた。
「……君が……どうしてここに……」
「聞きたいこと、いっぱいあります」
彼女は、そう言って、私の胸元を掴んだ。
「でも……まず」
涙が、ぽろぽろと落ちる。
「どうして、勝手に全部背負って……いなくなろうとしたんですか……!」
胸が、締め付けられる。
「……」
「私が……あなたの隣にいる資格がないって……そんなふうに、決めつけて……!」
声が、嗚咽に変わる。
「……私は……アルトリア様が……
怖くても、苦しくても……
一緒に悩むくらいは、したかった……!」
私は、何も言えなかった。
――言い訳が、思いつかなかった。
「……私は」
ようやく、口を開く。
「……君が、眩しすぎた」
彼女が、顔を上げる。
「普通の幸せを、ちゃんと望んでいる君を……呪いにまみれた私のそばに、置いていいはずがないと……」
視線を逸らす。
「……結婚、という言葉を聞いたとき……真っ先に思ったのは……
“奪ってしまう”という恐怖だった」
声が、震える。
「君の人生を、私が」
沈黙。
その沈黙を、彼女が壊した。
「……それでも」
彼女は、私の頬に手を伸ばす。
「それでも、私は……あなたのいない未来を、想像できませんでした」
額を、私の胸に押し当てる。
「怖かったです……でも……
あなたが死ぬかもしれない戦場にいるって聞いて……」
ぎゅっと、服を掴む。
「それ以上に、嫌だったんです……何も知らされず、置いていかれるのが……」
胸が、痛い。
「……すまない……」
それしか、言えなかった。
彼女は、首を振る。
「謝らないでください」
そして、小さく息を吸う。
「……聞いてほしいんです」
真っ直ぐ、私を見る。
「私は……アルトリア様の“呪い”も含めて、あなたを見ています」
「それに――」
震える声で、でもはっきりと。
「一人で全部決めて、一人で壊れるあなたを……放っておけるほど、強くありません」
私は、耐えきれず――
彼女を、抱き寄せた。
「……私も、怖い……」
吐き出すように言う。
「君を、失うのが……この呪いが、いつか君を傷つける日が……」
腕の中で、彼女が小さく笑った。
「それでも、私は……逃げません」
そのとき。
「……まったく」
低く、落ち着いた声が、天幕の外から聞こえた。
「お前は昔から、考えすぎだ」
布がめくられ、背の高い男が入ってくる。
第1王子――
レオンハルト・アルヴェイン。
兄上は、私たちを一瞥し、椅子に腰を掛けた。
「目を覚ましたと聞いて来てみれば……随分と、情緒的な修羅場じゃないか」
「……兄上……」
「安心しろ。聞く気はない」
そう言いながら、ちゃっかり聞いていた顔だ。
「だがな、アルトリア」
少しだけ、声を低くする。
「お前が最前線に出た判断は、王族としては無謀だが……一人の人間としては、理解できる」
視線が、リリアへ向く。
「この娘が来なければ……お前は、この世にいなかった」
否定できない。
「選べ」
兄上は、短く言った。
「守るために離れるか、一緒に立つために、覚悟を決めるか」
そして、微笑む。
「……俺は、どちらを選んだ弟でも、切り捨てる気はない」
兄上は、踵を返す。
「城に戻ったら、女王陛下が話をしたいそうだ」
天幕を出る前、振り返り――
「経緯はどうあれ、結果として魔獣を殲滅出来たことについては感謝する」
そう言い残して、去った。
静寂が戻る。
私は、リリアの額に、そっと額を合わせた。
「……一つだけ、約束する」
「はい」
「……もう、勝手にいなくならない」
彼女は、泣き笑いで、頷いた。
「私も……一人で抱え込まない努力、しますから」
夜明け前の天幕で。
二人分の呼吸が、重なっていた。




