【24話】王子の決断と、知らされる真実
彼女の背中が、庭園の闇に消えていく。
引き止めるべきだった。
名前を呼ぶべきだった。
だが、私は動けなかった。
「……私は」
呟いた声は、誰にも届かない。
守るために距離を取った。
縛らないために、線を引いた。
――その結果が、これだ。
彼女を傷つけ、
拒絶されたと感じさせ、
そして、自分の手で可能性を断った。
「……結局、私は何も変わっていない」
呪いを理由に、選ばない。
踏み込まない。
失うことを恐れて、何もしない。
それは、臆病で、卑怯な在り方だ。
夜の執務室で、一通の報告書を開く。
――北方戦線。
第1王子レオンハルト率いる王国軍が、国境近くで魔獣の大規模侵攻と交戦中。
「兄上は……戦場にいる」
昔から、そうだった。
危険な場所には、必ず長兄が立つ。
王位継承権第1位としてではなく、
“剣を取る王子”として。
「……私には、何が残っている?」
呪い。
誰かを守る資格がないと思い込んできた心。
それでも。
何もしないまま、彼女を失うくらいなら。
「……ならば」
私は、決断した。
机に向かい、志願書を取る。
「第3王子アルトリア・ヴァレンシュタイン。北方戦線への従軍を、ここに志願する」
呪いが制御できないのなら。
王子として役に立たないのなら。
――戦場で、証明するしかない。
自分が、何者なのかを。
「逃げないと、決めたのだから」
それが、正しい選択かどうかは分からない。
だが。
このまま王宮に留まり、
彼女の顔も見られず、
何も変えられない自分でいるよりは。
――前へ進む。
たとえ、それが破滅に近い選択でも。
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女王陛下に呼ばれたのは、翌朝だった。
胸騒ぎが、消えない。
「……リリア・エルヴァインです」
私室に入ると、そこには女王陛下と――セリウスがいた。
彼は、珍しく沈んだ表情をしている。
「あなたを呼んだのは、他でもありません」
女王陛下は、まっすぐ私を見つめた。
「アルトリアの件です」
心臓が、跳ねる。
「……何か、あったのですか」
セリウスが、口を開いた。
「昨夜の庭園のあと」
短く、だがはっきりと。
「アルトリア、北方戦線への従軍を志願した」
……一瞬、意味が理解できなかった。
「……戦線、ですか?」
「兄上――レオンハルトがいる戦場だよ」
女王陛下の手が、わずかに震える。
「理由は、分かりますか」
そう問われて、私は言葉を失った。
分かってしまう。
分かりたくないほどに。
「……私の、せいですか」
女王陛下は、首を横に振った。
「いいえ。あれは、あの子自身の問題です」
そして、静かに続ける。
「アルトリアは、追い詰められると、“自分を消耗させる選択”をする」
胸が、痛い。
「あなたと距離を取ったのも、戦場へ向かうのも、同じ理由です」
「……私を、守るため?」
「そして、自分を罰するため」
私は、息を呑んだ。
あの人は、そんなところまで追い込まれていたのか。
「リリア」
女王陛下の声が、柔らかくなる。
「あなたに、お願いがあります」
嫌な予感が、胸を締め付ける。
「アルトリアは、あなたに拒絶されたと思っています」
「……!」
「それでもなお、あなたを想っている。だからこそ、戦場へ向かった」
視界が、揺れる。
私は――
何も、分かっていなかった。
「今、あの子を引き止められる可能性があるとしたら」
女王陛下は、はっきりと言った。
「それは、あなたしかいません」
心臓が、強く打つ。
遅すぎるかもしれない。
それでも。
「……行かせてください」
私は、深く頭を下げた。
「アルトリア様のところへ」
女王陛下は、ゆっくりと頷いた。
「ええ」
そして、母の顔で言う。
「――まだ、間に合うと信じましょう」




