【23話】壊れた関係、言えなかった本音
セリウスに呼ばれたのは、夜の庭園だった。
「二人とも来るからさ。ちゃんと話した方がいいと思って」
そう言われて、断る理由はなかった。
けれど――
そこにいたアルトリア様の表情を見た瞬間、胸がざわついた。
硬い。
いつもの穏やかさが、ない。
「……リリア」
「……アルトリア様」
視線が合い、すぐに逸れる。
沈黙。
その空気を、セリウスがわざとらしく破った。
「いやあ、二人とも深刻そうだね。まるで別れ話の前みたい」
「兄上」
アルトリア様の声が、低くなる。
「……そういう冗談は」
「冗談じゃないよ?」
セリウスは珍しく真剣な顔で言った。
「最近、君たち明らかに避け合ってる。このままだと、契約そのものが破綻しかねない」
その言葉に、胸が締め付けられた。
――契約。
やっぱり、そう見えているのだ。
「私は……」
言葉を探していると、アルトリア様が先に口を開いた。
「リリア。君が距離を置きたいのであれば、私はそれを尊重する」
息が止まる。
「……え?」
「無理に関わらせているのだとしたら、それは本意ではない」
違う。
そうじゃない。
けれど、その続きを聞く勇気が出なかった。
「……やはり」
胸の奥で、何かが崩れた。
「やはり、ですよね」
「リリア?」
「私は、契約者として役に立っていない。それどころか、重荷になっている」
「そんなことは――」
「では、なぜ距離を取るのですか」
思っていた以上に、声が震えた。
「私が……結婚だなんて言葉を、意識してしまったから?」
一瞬の沈黙。
その沈黙が、答えに思えた。
「……私は」
アルトリア様が、苦しそうに目を伏せる。
「君を縛りたくなかった」
「それは……」
優しさのはずの言葉が、刃になる。
「私が、縛られるとでも?」
声が、冷たくなってしまう。
「私は、そんなに弱く見えましたか」
「違う!」
彼の声が、強く響いた。
けれど、その必死さが、今は怖かった。
「私はただ――呪いを抱えたまま、君の未来を語る資格がないと思っただけだ」
……資格。
その言葉に、胸がひどく痛んだ。
「……それなら」
私は、ゆっくりと息を吸った。
「最初から、近づかないでください」
その場が、凍りつく。
「契約者として必要なら、役割は果たします。ですが……それ以上を期待するような態度は、やめてください」
言ってしまった。
言いたくなかった言葉を。
「リリア……」
「私は、期待しません」
自分に言い聞かせるように。
「王子様が、呪いを理由に距離を取るのなら。それは……私が踏み込んではいけない場所なのだと思いますから」
アルトリア様の顔が、はっきりと歪んだ。
それでも、私は目を逸らさなかった。
――これ以上、傷つかないために。
「……分かった」
彼は、低くそう言った。
「私も、これ以上踏み込まない」
その声には、諦めが滲んでいた。
セリウスが、珍しく言葉を失っている。
「……あ、いや。これはさすがに、拗れすぎじゃ」
もう遅かった。
「今夜は、失礼します」
私は一礼し、庭園を後にした。
背中に視線を感じながら。
――歩きながら、気づく。
胸が、痛い。
息が、苦しい。
「……嫌われた、わけじゃないのに」
なのに、どうして。
一方、庭園に残されたアルトリア様は、動けずにいた。
「……私は」
守るつもりで、また突き放した。
そして今度こそ、
本当に彼女を失うかもしれない場所まで来てしまった。
これは、すれ違いではない。
決裂の、一歩手前だった。




