【21話】すれ違う思い
――おかしい。
そう思い始めたのは、ほんの些細な違和感からだった。
「おはようございます、アルトリア様」
「ああ……おはよう、リリア」
声は、丁寧。
言葉も、いつも通り。
けれど。
どこか、よそよそしい。
廊下を並んで歩いても、以前のように歩幅が合わない。
机を挟んで話す距離も、少しだけ遠い。
触れないように。
近づきすぎないように。
まるで、無意識に線を引いているみたいに。
……いえ。
引いているのは、きっと私だ。
あの日――
「結婚」という言葉を、意識してしまってから。
彼の何気ない仕草一つで、心臓が跳ねる。
視線が合うだけで、意味を探してしまう。
そんな自分が、恥ずかしくて。
「今日の資料は、こちらに置いておきますね」
「……ありがとう。助かる」
それ以上、言葉が続かない。
以前なら、自然に交わしていた雑談が消えていた。
――嫌われたのだろうか。
ふと、そんな考えが胸をよぎる。
契約者として、役に立たないと思われた?
それとも……結婚なんて言葉を意識して、勝手に戸惑っている私が、重い?
胸の奥が、じくりと痛む。
「……私は」
独り言のように呟く。
「勘違い、していたのかもしれない」
彼が優しいのは、元々だ。
距離が近かったのも、契約上の配慮だったのかもしれない。
それを、特別だと思い込んだのは――
私だけ。
一方で。
私は気づいていなかった。
同じ時間、同じ場所で。
彼もまた、似たような沈黙に沈んでいたことを。
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彼女が、距離を取っている。
その事実が、胸に重くのしかかる。
「……私の態度が、悪かったのだろうか」
結婚という言葉を、否定しなかったこと。
あの沈黙が、彼女を困らせたのかもしれない。
あるいは。
――重い、と感じさせてしまった?
呪いを抱えた王子が、
将来の話など口にするべきではなかった。
「私は……」
彼女を守るつもりで距離を取った。
期待させないように。
縛らないように。
だがそれが、彼女を傷つけたのだとしたら。
机に肘をつき、額に手を当てる。
「嫌われた、のか……?」
思い浮かぶ彼女の表情が、柔らかかっただけに、余計につらい。
――私は、また同じことをしている。
呪いを理由に距離を置き、
相手の気持ちを確かめる前に、勝手に引いてしまう。
それは、弱さだ。
臆病な、自己満足だ。
「……情けないな」
彼女が、離れた理由を聞く勇気もない。
誤解かもしれないと考える余裕もない。
ただ、自分を責める。
こうして、二人は――
互いを思いすぎた結果、すれ違っていた。
嫌われたのだと、思い込み。
相手を失うのが怖くて、さらに距離を取る。
夜の王宮は静かで、
その沈黙が、二人の間に横たわっていた。




