【15話】母として
王家会議の翌日、私は女王陛下からの呼び出しを受けた。
場所は、女王陛下の私室。
公の場ではなく、あまりに私的な空間に、自然と背筋が伸びる。
「私も同席します」
そう言ったアルトリア様は、扉の前で足を止められた。
「本日は、リリア・エルヴァイン様のみです」
「母上?」
扉の向こうから、はっきりとした声が返る。
「アルトリア、今日は席を外してください。ただこの子と話をしたいだけ」
一瞬の沈黙。
「……分かりました」
彼はそう言って、私を見る。
「何かあれば、すぐに」
「はい」
扉が閉まり、静けさが落ちた。
女王陛下は、窓辺に立っていた。
会議室で見た威厳ある姿とは違い、どこか疲れた横顔だった。
「座って」
勧められ、向かいに腰掛ける。
「まず……謝らせてちょうだい」
唐突な言葉だった。
「アルトリアの呪いについて。私は、母として向き合ってこなかった」
胸が、ひくりと鳴る。
「怖かったのです」
女王陛下は、包み隠さず言った。
「触れれば死ぬ、近づけば不幸になる。そんな呪いを背負った子を、どう抱きしめればいいのか分からなかった」
その声には、長い年月の後悔が滲んでいた。
「……言い訳に聞こえるでしょう?」
「いいえ」
私は首を振った。
「ですが、知ってほしい」
女王陛下は、私をまっすぐ見た。
「私は、あの子を“放っておいた”わけではない」
ゆっくりと、言葉を選ぶ。
「側近たちが、私を近づけなかったのです。正確には――近づかせてもらえなかった」
「……」
「呪いが真実かどうか分からない以上、王妃が万が一の目に遭えば、王家は崩れる」
淡々とした説明。けれど、それは冷たい制度の話だ。
「“母”よりも、“王妃”を優先するよう、常に選択を迫られてきました」
女王陛下は、苦く微笑んだ。
「結果、あの子のそばにいたのは、感情を持たない者たちばかり」
私は、胸の奥が痛くなった。
「呪いに向き合わなかったのは、母としての弱さです」
女王陛下は、深く頭を下げた。
「だから、あなたに感謝しています」
「……私に、ですか?」
「ええ」
視線が上がる。
「あなたは、寂しそうだったあの子に触れた。逃げなかった」
静かな声だった。
「それは、私ができなかったこと」
しばらく、言葉が見つからなかった。
「私は――」
女王陛下は、続ける。
「あなたを、利用するつもりはありません」
はっきりと。
「アルトリアを救う“道具”としても、王家の“切り札”としても」
その言葉は、強かった。
「だからこそ、問いかけます」
女王陛下は、母の顔で言った。
「それでも、あの子のそばに立つ覚悟はありますか」
私は、少しだけ考えてから答えた。
「あります」
即答ではなかった。
けれど、迷いもなかった。
「私一人で救えるとは思いません。ですが……一人で背負わせるつもりもありません」
女王陛下の目が、わずかに潤んだ。
「……ありがとう」
その声は、王妃ではなく、母のものだった。
扉が開き、アルトリアが呼ばれる。
「アルトリア」
「母上」
「この子は、あなたを選びました」
彼は、一瞬だけ私を見てから、深く頷いた。
「私も、迷いません」
女王陛下は、静かに告げる。
「ならば、進みなさい。母として、あなたを止めることはしません」
私は、その場に立ち会った。
王家の決断ではなく、
母と息子の、遅すぎた和解の瞬間に。




