【11話】呪いの名を持たないもの
王城の書庫は、夜になると別世界のようだった。
灯りを落とした通路の奥。
人の気配も、時間の感覚も薄れていく。
「ここまで来る人は、ほとんどいません」
私は小さな声で言った。
「ええ」
彼は頷く。
「……私自身も、初めてです」
“呪われた王子”が、書庫に近づくことを許されなかった。
理由は単純だ。
危険だから、という名目で。
古書の棚を、一段一段確かめていく。
魔術書。
王家の年代記。
祝詞や儀式の記録。
どれも“呪い”について、はっきりとは書かれていない。
「やはり……」
彼が呟いた、その時。
「……アルトリア様」
私は棚の奥である本を見つけた。
「この本……」
引き抜かれた一冊は、背表紙の文字が削られ、題名が読めない。
まるで、意図的に。
慎重に頁を開いた。
「――ヴァレンシュタイン家に結ばれし、古き契約について」
最初の一文で、息が止まった。
「呪い、ではない……?」
「はい」
彼は、頁を追いながら答えた。
「“それは、王家を守るための契約であり、罰ではない”」
記されていたのは、王国成立以前の話。
外敵から国を守るため、
王家が“何か”と契約を交わしたこと。
「“契約は血に宿り、触れ合いを拒む形で顕現する”」
胸の奥が、重くなる。
「……だから、触れた者が」
「死ぬ、と噂された」
さらに、頁をめくる。
「“契約は、選ばれし一人に最も強く現れる”」
「“その者が孤独に身を置いたとき、完全な形となる”」
彼は、目を閉じた。
「……私のことだ」
否定の余地はなかった。
「でも」
私が、続く一文を見つめる。
「“契約は、拒絶によって強まり、受容によって緩む”」
二人の視線が、重なる。
夜会で声をかけたこと。
恐れずに触れたこと。
“呪われた王子”ではなく、“人”として向き合ったこと。
「……偶然じゃなかったんですね」
「ええ」
彼は、静かに頷いた。
最後の頁。
文字は薄れ、ほとんど消えかけている。
「“完全なる解放には、条件がある”」
二人は、同時に息を呑んだ。
「“契約者が、自ら選び、王家を守る存在と結ばれること”」
沈黙。
書庫の空気が、張り詰める。
「結ばれる、というのは……」
私が言いかけて、言葉を止めた。
彼は、ゆっくりと本を閉じる。
「まだ、答えは出せません」
だが、視線は真っ直ぐだった。
「けれど」
一歩、私に向かって踏み出す。
「この契約も、この力も……私自身のものです」
逃げない。
誰かに押しつけない。
「そして」
声が、ほんの少し柔らぐ。
「君に、無理をさせるつもりもない」
私は、静かに頷いた。
「一緒に、考えましょう」
呪いと呼ばれていたものは、
ようやく“名前を持たない真実”として姿を現した。
それは、悲劇ではなく――
選択を必要とする、力だった。




