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触れれば死ぬと言われた王子に、なぜか平気で触れられる令嬢  作者:


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【10話】それでも触れた

夜の王城は、昼とはまるで別の顔をしていた。

人の気配が薄れ、灯りも最小限に落とされた回廊は、ひどく静かだ。

その静けさの中で、私は自分の足音がやけに大きく聞こえる気がしていた。


「……眠れなくて」


そう言い訳をしながら、私は中庭に出た。


月明かりに照らされた噴水のそばに、ひとり立つ影がある。


白銀に近い髪。

紫がかった瞳。


「アルトリア王子……」


声をかけると、彼は少し驚いたように振り返った。


「リリア。どうしてここに?」


「それは……あなたと、同じです」


そう答えると、彼は小さく笑った。


「……そうか」


沈黙が落ちる。


けれど、不思議と気まずさはなかった。


今日の会議のこと。

彼が、公の場で声を上げたこと。


それが、胸の奥にまだ熱を残している。


「……怖く、なかったですか」


私がそう尋ねると、彼は少し考えてから答えた。


「怖かったです」


即答だった。


「でも」


視線が、ゆっくりとこちらに向く。


「あなたの名前が出た瞬間、他のことを考えられなくなった」


胸が、強く鳴った。


「守ると、言いましたね」


「はい」


「それは……王子としてですか」


それとも。


――一人の、男として?


聞いてはいけない気がして、言葉を飲み込もうとした、その時。


「違います」


彼が、静かに言った。


「アルトリア個人として、です」


月明かりの下で、その表情は驚くほど真剣だった。


「僕は、あなたに触れられない存在です」


痛いほど、分かっている言葉。


「それでも」


一歩、近づいてくる。


触れられないはずの距離で、立ち止まる。


「あなたが離れてしまう未来のほうが、ずっと怖い」


息が、詰まった。


「……アルトリア様」


呼びかけた声が、震える。


「……怖くありません」


私がそう言ったとき、彼は、はっとしたように目を見開いた。


「本当に?」


問い返す声が、微かに揺れる。


「はい」


一歩、近づく。


「殿下が怖いなら、私も怖い。でも」


彼の前で、立ち止まらない。


「それでも、触れたいと思うんです」


沈黙。


風が、白銀の髪を揺らす。


「……やめてください」


そう言いながら、彼は一歩も退かなかった。


「もし、何かあったら」


「その時は、あなたのせいじゃありません」


私は、ゆっくりと手を伸ばした。


躊躇は、あった。

でも、迷いはなかった。

指先が――彼の手に、触れる。


一瞬。


何も、起こらない。


痛みも、衝撃も、死の気配も。


ただ、彼の体温が、はっきりと伝わってきた。

前よりもずっと暖かい……


「……生きてる」


彼が、息を呑んだ。


その声は、泣き出しそうで。


「はい」


私は、指を絡めた。


「ここにいます」


彼は、しばらく動かなかった。


やがて、震える手が、私の手を握り返す。


強く。

逃がさないように。


「……ありがとう」


月明かりの下で、彼の瞳が潤んでいるのが分かった。


「初めてです」


何が、とは言わなかった。


けれど、分かる。


「誰かが、触れてくれたのは」


胸が、痛くなるほど締めつけられた。


「アルトリア様」


「様はいりません」


静かな声。


「……アルトリア」


呼んだ瞬間、彼の手に力がこもった。


彼は、私を引き寄せる。


抱きしめる、というより――確かめるように。


私は、その胸に額を預けた。


呪われた王子と、触れても死なない令嬢。


そんな肩書きよりも。


ただ、人として。


この夜。


私たちは、初めて、触れ合った。

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