表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
記憶のかけらが降る星で___。  作者: 萩原 なちち
46/50

EP33 「思い出せない温度」

記憶は、ときに残酷だ。

忘れることで守られるものもあれば、

思い出せないことで、傷つく心もある。


この話は、

「思い出す物語」ではなく、

思い出せないまま、それでも近づいてしまう人たちの話です。


地球編は、戦いや大きな事件よりも、

小さな違和感や、言葉にできない距離を描いています。


静かな回ですが、

確かに“何かが動き出した”回でもあります。

記憶かけらが降る星で___。


EP33 「思い出せない温度」


***


ホテルの一室。


 先ほどまでの出来事が尾を引いているのか、

 部屋に集まったものの、誰も口を開こうとしなかった。


 窓の外から、かすかに聞こえる街の音だけが、沈黙を埋めている。


「……」


 カイはソファに腰掛けたまま、視線を落としていた。


「……」


 ルシアスも同じく、腕を組んで立ったまま動かない。


「えーっと……」

 ロランが、耐えきれずに声を出す。


「とりあえず……集まってはみたけど……」

 ゼフィールが苦笑する。


「……しゃあないよな」

 リツがぽつりと呟いた。


(ルシアスは、いつも無口だけどな)

 ロランは心の中で思う。


(でも……)

 リツは視線を伏せた。

(いつもなら、カイとバカみたいにふざけ合ってたのにな。

 ……もう、懐かしいや)


「……新入り」


 静寂を破ったのは、ルシアスだった。


「は、はい……」

 カイがびくっと肩を揺らす。


「……昔、どこかで」

 ルシアスは言葉を選ぶように続ける。

「会ったりしなかったか?」


「……!」


 カイの喉が、小さく鳴った。


「カイ……」

 ゼフィールが、制するように名を呼ぶ。


「う、うーん……」

 カイは無理に笑おうとする。

「最近、魔法局に入ったばっかりだからなぁ」


「……そうか」


 ルシアスは、それ以上追及しなかった。


(……こいつを見ると)

 心の中で、違和感が渦巻く。

(なんだか、安心するというか……

 初めて会った気がしない)


***


「えーい!」

 ゼフィールが、急に手を叩いた。

「もうさ!せっかく地球に来たんだし……楽しいことしようよ!」


「……本来の業務からは外れているが」

 ルシアスは一拍置き、

「まぁ、少しくらいならいいだろう」


「……う、うん!」

 カイも、少し遅れて頷く。


「未来的にはどうなの〜?」

 ロランがリツに顔を向けた。


「……びっくりするくらい、何もないね」

 リツは目を閉じる。

(――温泉、というものに行く未来が見える)


「未来は常に見ておくように!」

 ゼフィールが即ツッコむ。


「了解」


「ねぇねぇ!」

 ロランが身を乗り出す。

「さっき道で、大きなお風呂を見つけたんだ!」


「大きい……お風呂?」

 ゼフィールが首を傾げる。


「地球ではね」

 ロランは楽しそうに続ける。

「みんなでお風呂に入る文化があるらしいよ〜!」


「は、はぁ?!」


 カイの声が裏返った。


「へぇ……」

 ゼフィールは興味深そうだ。

「文化の違いってやつだね」


「大きいお風呂か……」

 リツも少し目を輝かせる。

「気になるな!」


「……たまには体を休めるのも悪くない」

 ルシアスが言った。


「お、俺はいいや……!」

 カイは必死に首を振る。


「んー?」

 ゼフィールがにやりと笑う。

「だーめ。離れたら危ないからね♡」


「みんなで、ゆっくりしようよ〜」

 ロランが追い打ちをかける。


「や、やだぁぁぁああ!!」


 カイの悲鳴が、部屋に響いた。


「……」

 ルシアスは首を傾げる。


(……あいつは、一体なにを恥じらってるんだ?)


 その疑問に、答えが出ることはなかった。


 だが――

 張り詰めていた空気は、確かに少しだけ、和らいでいた。


 ***


ホテルの廊下は、昼間よりも静かだった。


 照明に照らされたカーペットの上で、

 カイは足を止めたまま、ぽつりと呟く。


「……温泉……」


「大きいお風呂だよ?」

 リツが軽い調子で言う。

「楽しいって」


「みんな……裸になるってこと……!」


「そんなに何を恥ずかしがってるのさ〜」

 リツは笑う。


 そのとき――


 ガラッ、と音がして、扉が開いた。


「誰も見てねぇよ」


「ルシアス……!」


 振り向いたカイに、ルシアスは首を傾げる。


「あれ……?」

「編集長って、呼んでなかったか?」


「あ……」


 カイは、言葉に詰まる。


「……」

 リツは、そのやり取りを黙って見ていた。


「……いいよ」

 ルシアスが、少しだけ視線を逸らす。

「ルシアスで」


「あ……ありがとう……」


 カイの声は、少し小さかった。


「カイ」

 ルシアスは腕を組み、真面目な声になる。

「お前は……なんだか危なっかしい」


「この前、ラーメンを食べに行った時も……!」


「え?」

 リツが目を丸くする。

(ラーメン、食べに行ってたのか……笑)


「突然、店の客に話しかけるし」

 ルシアスは続ける。

「“パスタス”とか言い出すし……!」


「あはは……」

 カイは思わず笑った。


「ここは地球だ」

 ルシアスは淡々と諭す。

「パスタスなんて言っても通じない。

 変なことを言うと、怪しまれる」


「まぁ……確かに……」

 リツも苦笑する。


「……だから」

 ルシアスは一拍置いた。

「カイは、俺が見張っておく」


「……」

 リツは一瞬だけ考えてから、頷く。

「いいんじゃない?」


「は……はい!!!」


 カイの返事は、やけに元気だった。


「……?」

 ルシアスが怪訝そうに見る。

「なんで、そんな嬉しそうなんだ?」


「そ、そんなこと……!」

 カイは慌てて視線を逸らす。

「ないです……!笑」


(……顔に出ちゃってるよ)

 リツは心の中で、くすりと笑った。


 夜は、静かに更けていく。


 けれど――

 その距離は、確かに少しずつ、縮まっていた。


***


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


今回は、

大きな事件は起きていません。


焼け野原の未来は回避され、

記憶も、まだ戻っていない。


けれど――

何も起きなかったことが、

彼らにとっては、ひとつの救いでした。


名前を呼ぶこと。

一緒に行動すること。

守ると、無意識に決めてしまうこと。


記憶がなくても、

心や身体は、過去を覚えている。


そんな「ズレ」を、

少しでも感じてもらえたら嬉しいです。


次回は、

もう少しだけ踏み込みます。


思い出ではなく、

**“気づいてしまう違和感”**の方へ。


引き続き、

『記憶のかけらが降る星で』を

よろしくお願いします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ