EP33 「思い出せない温度」
記憶は、ときに残酷だ。
忘れることで守られるものもあれば、
思い出せないことで、傷つく心もある。
この話は、
「思い出す物語」ではなく、
思い出せないまま、それでも近づいてしまう人たちの話です。
地球編は、戦いや大きな事件よりも、
小さな違和感や、言葉にできない距離を描いています。
静かな回ですが、
確かに“何かが動き出した”回でもあります。
記憶かけらが降る星で___。
EP33 「思い出せない温度」
***
ホテルの一室。
先ほどまでの出来事が尾を引いているのか、
部屋に集まったものの、誰も口を開こうとしなかった。
窓の外から、かすかに聞こえる街の音だけが、沈黙を埋めている。
「……」
カイはソファに腰掛けたまま、視線を落としていた。
「……」
ルシアスも同じく、腕を組んで立ったまま動かない。
「えーっと……」
ロランが、耐えきれずに声を出す。
「とりあえず……集まってはみたけど……」
ゼフィールが苦笑する。
「……しゃあないよな」
リツがぽつりと呟いた。
(ルシアスは、いつも無口だけどな)
ロランは心の中で思う。
(でも……)
リツは視線を伏せた。
(いつもなら、カイとバカみたいにふざけ合ってたのにな。
……もう、懐かしいや)
「……新入り」
静寂を破ったのは、ルシアスだった。
「は、はい……」
カイがびくっと肩を揺らす。
「……昔、どこかで」
ルシアスは言葉を選ぶように続ける。
「会ったりしなかったか?」
「……!」
カイの喉が、小さく鳴った。
「カイ……」
ゼフィールが、制するように名を呼ぶ。
「う、うーん……」
カイは無理に笑おうとする。
「最近、魔法局に入ったばっかりだからなぁ」
「……そうか」
ルシアスは、それ以上追及しなかった。
(……こいつを見ると)
心の中で、違和感が渦巻く。
(なんだか、安心するというか……
初めて会った気がしない)
***
「えーい!」
ゼフィールが、急に手を叩いた。
「もうさ!せっかく地球に来たんだし……楽しいことしようよ!」
「……本来の業務からは外れているが」
ルシアスは一拍置き、
「まぁ、少しくらいならいいだろう」
「……う、うん!」
カイも、少し遅れて頷く。
「未来的にはどうなの〜?」
ロランがリツに顔を向けた。
「……びっくりするくらい、何もないね」
リツは目を閉じる。
(――温泉、というものに行く未来が見える)
「未来は常に見ておくように!」
ゼフィールが即ツッコむ。
「了解」
「ねぇねぇ!」
ロランが身を乗り出す。
「さっき道で、大きなお風呂を見つけたんだ!」
「大きい……お風呂?」
ゼフィールが首を傾げる。
「地球ではね」
ロランは楽しそうに続ける。
「みんなでお風呂に入る文化があるらしいよ〜!」
「は、はぁ?!」
カイの声が裏返った。
「へぇ……」
ゼフィールは興味深そうだ。
「文化の違いってやつだね」
「大きいお風呂か……」
リツも少し目を輝かせる。
「気になるな!」
「……たまには体を休めるのも悪くない」
ルシアスが言った。
「お、俺はいいや……!」
カイは必死に首を振る。
「んー?」
ゼフィールがにやりと笑う。
「だーめ。離れたら危ないからね♡」
「みんなで、ゆっくりしようよ〜」
ロランが追い打ちをかける。
「や、やだぁぁぁああ!!」
カイの悲鳴が、部屋に響いた。
「……」
ルシアスは首を傾げる。
(……あいつは、一体なにを恥じらってるんだ?)
その疑問に、答えが出ることはなかった。
だが――
張り詰めていた空気は、確かに少しだけ、和らいでいた。
***
ホテルの廊下は、昼間よりも静かだった。
照明に照らされたカーペットの上で、
カイは足を止めたまま、ぽつりと呟く。
「……温泉……」
「大きいお風呂だよ?」
リツが軽い調子で言う。
「楽しいって」
「みんな……裸になるってこと……!」
「そんなに何を恥ずかしがってるのさ〜」
リツは笑う。
そのとき――
ガラッ、と音がして、扉が開いた。
「誰も見てねぇよ」
「ルシアス……!」
振り向いたカイに、ルシアスは首を傾げる。
「あれ……?」
「編集長って、呼んでなかったか?」
「あ……」
カイは、言葉に詰まる。
「……」
リツは、そのやり取りを黙って見ていた。
「……いいよ」
ルシアスが、少しだけ視線を逸らす。
「ルシアスで」
「あ……ありがとう……」
カイの声は、少し小さかった。
「カイ」
ルシアスは腕を組み、真面目な声になる。
「お前は……なんだか危なっかしい」
「この前、ラーメンを食べに行った時も……!」
「え?」
リツが目を丸くする。
(ラーメン、食べに行ってたのか……笑)
「突然、店の客に話しかけるし」
ルシアスは続ける。
「“パスタス”とか言い出すし……!」
「あはは……」
カイは思わず笑った。
「ここは地球だ」
ルシアスは淡々と諭す。
「パスタスなんて言っても通じない。
変なことを言うと、怪しまれる」
「まぁ……確かに……」
リツも苦笑する。
「……だから」
ルシアスは一拍置いた。
「カイは、俺が見張っておく」
「……」
リツは一瞬だけ考えてから、頷く。
「いいんじゃない?」
「は……はい!!!」
カイの返事は、やけに元気だった。
「……?」
ルシアスが怪訝そうに見る。
「なんで、そんな嬉しそうなんだ?」
「そ、そんなこと……!」
カイは慌てて視線を逸らす。
「ないです……!笑」
(……顔に出ちゃってるよ)
リツは心の中で、くすりと笑った。
夜は、静かに更けていく。
けれど――
その距離は、確かに少しずつ、縮まっていた。
***
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回は、
大きな事件は起きていません。
焼け野原の未来は回避され、
記憶も、まだ戻っていない。
けれど――
何も起きなかったことが、
彼らにとっては、ひとつの救いでした。
名前を呼ぶこと。
一緒に行動すること。
守ると、無意識に決めてしまうこと。
記憶がなくても、
心や身体は、過去を覚えている。
そんな「ズレ」を、
少しでも感じてもらえたら嬉しいです。
次回は、
もう少しだけ踏み込みます。
思い出ではなく、
**“気づいてしまう違和感”**の方へ。
引き続き、
『記憶のかけらが降る星で』を
よろしくお願いします。




