EP32 「潮風に揺れる、忘却の街__みなとみらい」
見慣れない街。
知らないはずの景色。
けれど、胸の奥がざわつく――
そんな違和感から、この章は始まります。
みなとみらいは、
ただの観光地ではありません。
この物語においては、
「思い出のない場所で、思い出が動き出す街」です。
何が起きるのか。
何が失われ、何が戻るのか。
ゆっくりと、
けれど確実に、
波形は揺れ始めています。
どうかこの先も、
彼らの選択を、見届けていただけたら嬉しいです。
記憶のかけらが降る星で___。
EP32 「潮風に揺れる、忘却の街__みなとみらい」
***
潮の匂いが、風に混じって流れてきた。
「ここが……みなとみらい!」
カイが目を輝かせて、辺りを見渡す。
高く伸びる建物。
整備された広い道。
メモリスとはまるで違う、人工的で、それでいて活気のある街並み。
(……来たことがないはずなのに)
ルシアスは、無意識に足を止めていた。
(妙だな……既視感がある)
理由はわからない。
ただ、胸の奥が微かにざわつく。
「なんだろう……あのおっきいの……」
リツが指さした先で、巨大な円形の構造物がゆっくりと回っていた。
「観覧車っていうらしいよっ!!」
ゼフィールが楽しそうに声を上げる。
「乗り物……なのか?」
ロランが首を傾げる。
「円形でできている」
ルシアスは冷静に観察する。
「移動手段ではないな」
「あれだよ、あれ♡」
ゼフィールがにやりと笑った。
「好きな人と乗るやつ♡」
「好きな人と?!」
カイが勢いよく振り返る。
「よくわかんないけど……」
リツは苦笑する。
「メモリスとは、まったく違う街並みだな」
ルシアスは空を仰いだ。
「……本当に、地球に来たんだって感じだ」
「あの車が宙で爆走してるやつは……?」
「あれはジェットコースターというらしい……!」
「……」
ルシアスは沈黙する。
「行って、戻ってきている……あれも移動手段ではないな」
「じゃあ……何のためのものなんだろう?」
「でもさ!」
カイが笑顔で言う。
「なんか面白そうじゃね!?」
「俺はやめておくよ……」
「遊びに来たんじゃないぞ」
ルシアスは軽く咳払いした。
「記憶のかけらの動き……それを見に来たんだろ」
「そ、そうだった……!」
「とはいえ、ここに突っ立っていても何も変わらない」
ルシアスは歩き出す。
「少し、街を見て回ろう」
「だな」
「あっち行こあっち〜!」
(ゼフィールは完全に遠足気分だな……)
ルシアスは小さくため息をつく。
「いぇーい!!」
(……こっちの新入りカメラマンも)
「今のところ、特に何も感じないけどね〜」
「てかさ」
カイがふと呟く。
「なんで地球に、記憶のかけらがあるんだろ?」
「本来、記憶のかけらが存在するのはメモリスだ」
ゼフィールが真面目な声に戻る。
「地球には、あってはいけない」
「……カイに反応している、という点が気になる」
ルシアスが続ける。
「俺の記憶……」
「例えば……ご両親とか」
「……俺の、両親……」
「記憶が欠けているのが両親のこと、ってだけだ」
ロランが静かに言う。
「まだ、断定はできないけどね」
「でも……」
カイは空を見上げた。
「なんで地球なんだろ。俺、メモリスで育ったのに」
「そこが、不自然なんだ」
ゼフィールが頷く。
「両親は、本当に無関係なのかな」
「それを確かめに来た」
ルシアスは前を向いたまま言う。
「話してても答えは出ないね」
ロランが言う。
「とりあえず……歩こう」
誰も反論しなかった。
観光地の喧騒の中、
彼らは“何か”を探すように、街を歩き始めた。
そのときだった。
「――反応あり!!!」
NUSA団員の叫びが響く。
「は、反応!!」
「どんなんだ?!」
「非常に強いエナジーです……!!」
「……まずい」
リツの顔が、青ざめた。
「どうした」
「未来が……」
声が震える。
「この辺一帯が……焼け野原に……!」
「は?! 焼け野原?!」
「何かが起こる」
「何かまでは、わからない……!」
ルシアスは即座に判断した。
「ここは人が多い。移動する」
「人々を巻き込むわけにはいかない」
ロランが海を指さす。
「あの方向なら……!」
「急ごう!」
彼らは走り出した。
誰もまだ知らない。
この街が、
“思い出の場所”であり、
“破壊の起点”でもあることを。
***
潮の匂いが、わずかに強くなった。
人通りはほとんどなく、聞こえるのは波の音と、遠くの街のざわめきだけだ。
「……この辺なら、平気か?」
リツが周囲を見回しながら言った。
「だいぶ人が少ないね」
ロランが頷く。
「リツ、何か来る前に結界を」
ゼフィールが即座に指示を出す。
「了解」
短く答え、リツは地面に魔力を流した。
空気が、わずかに張り詰める。
「ロランは守りに全振りだ。攻撃はこっちに任せろ」
「了解」
自然と役割が決まり、全員が構えに入る。
「焼け野原……」
ルシアスは、低く呟いた。
「戦闘が……始まってしまうのか」
「やだよ……!」
カイが声を震わせる。
「俺、こんなところで……!」
そのときだった。
「あれ……?」
NUSA団員が端末を見つめ、首を傾げる。
「反応が……薄く……」
「急に……?」
ゼフィールが眉をひそめる。
「よ、よかった……」
カイが小さく息を吐いた。
だが、リツの表情は晴れなかった。
「……未来が……変わった」
「移動したのが、よかったのか?」
ルシアスが問う。
「かもしれないね」
リツは静かに言った。
「少なくとも……今見えていた“最悪”は消えた」
「ですが……」
NUSA団員が続ける。
「記憶のエナジーは、常に動いています。まるで……何かを探しているかのように」
「何かを探す……」
ロランが低く繰り返す。
(まだ口には出さないけど……)
ゼフィールは心の中で思った。
(おそらく……カイの両親の記憶で間違いない)
「平和な一日で終わりそうだな!」
リツが、わざと明るく笑いながら言った。
「もー……」
カイが肩を落とす。
「なんなんだよ、焼け野原って……!」
「でもね」
リツは、真面目な声に戻った。
「その未来も……確かに存在したんだ」
「……怖い」
カイは素直に呟いた。
「大丈夫だ、新入り」
ルシアスが言う。
「みんな強い」
「……そう……だね」
カイはそう返しながら、視線を伏せた。
(あぁ……)
(ほんとに、俺のこと……何も知らないままなんだな)
――記憶の奥で、別の声が響く。
***
「もし俺が……お前のことを忘れたら……」
あのとき…ルシアスは、そう言っていた。
「時間がかかってもいい……」
「全部、教えてくれ」
***
「……っ」
カイは唇を噛みしめた。
「……なんで言えねぇんだよ……クソ」
「カイ……」
リツが、そっと声をかける。
「今日は……ホテルに戻ろうか」
ゼフィールが提案した。
「そうしよう」
ロランも頷く。
誰も、反対しなかった。
穏やかな海の音だけが、変わらずそこにあった。
――だがその裏で、
“確かに存在した未来”は、
静かに、次の波を待っていた。
***
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
今回は、
大きな戦闘も、明確な答えもない回でした。
けれど――
「確かに存在した未来」
「言えない想い」
それらが静かに積み重なる回でもあります。
ルシアスの既視感。
カイの言葉にできない感情。
そして、回避されたはずなのに消えない“焼け野原の未来”。
この世界では、
未来は一本ではありません。
選ばれなかった未来も、
確かに“存在した”ものとして残り続けます。




