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記憶のかけらが降る星で___。  作者: 萩原 なちち
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【きおふる外伝2】「ただいま、母さん。……そして、ただいま魔法局」

今回は、リツの“日曜日”の物語です。

彼が毎週どこへ向かっているのか、その理由を少しだけ描きました。


家族との時間は、優しいだけじゃなくて痛みもあって、

でも、その痛みごと抱えて生きているのがリツという人間です。


後半は魔法局メンバーの賑やかパートもあるので、

しんみりしすぎず読める回になっています。

どうぞ、彼の休日を覗いてみてください。

【きおふる外伝2】「ただいま、母さん。……そして、ただいま魔法局」


***


 日曜の朝。

 魔法局の玄関に、いつもの声が響いた。


「いってらっしゃーい!」

ロランが手を振る。


「気をつけてねぇ〜♡」

ゼフィールが軽く腰を揺らす。


「はいはい。いってきまーす。」


 リツは軽く笑って返す。

 ――だが、足取りにはわずかな重みがあった。


***


 汽車が静かに揺れ、BELIEVERの空へ向かう。

 秋のラベンダー色の空が、車窓に柔らかく流れていく。


(……日曜だけは、絶対に外せない)


 毎週のことだ。

 リツは“母さんに会う日”だけは、どんな依頼も断っていた。


(母さんは今、介護士さんと暮らしてる。

 俺は……その生活費を稼ぐために働いてるだけだよ、ほんとは)


 汽車が止まり、古い家並みの方へ歩く。


「ただいま……って、父さんはいないよな。」


 玄関の扉に触れた瞬間、胸が少し痛んだ。


(父さんは予知能力を持ってた。

 それを知られて……エクリプスに攫われたのが十二年前。

 まだ、生きているのかも分からない)


 深呼吸して、扉を開ける。


「あなた……!」


 母の瞳が揺れた。

 リツは柔らかく頬を緩める。


「リツだよ。母さん。」


「……リツ。父さんは……!?」


「……ごはん、食べようか。」


 その言葉だけで、母の表情がぱっと明るくなる。


「今日は父さんの好きな煮込み、作ったのよ!」


「……うん。」


(母さんは、毎週ここに帰る俺を父さんだと思ってる。

 認知症って……こういうやつなんだな)


 テーブルを挟んで座り、母の皿にそっと料理をよそる。


「体調は? ちゃんと眠れてる?」


「元気よ。」


「そっか……」


 母はしばらく煮込みを見つめてから、ぽつりと言った。


「わたしね……大事な息子がいるのよ。」


 リツは、箸を止める。


「うん。」


「すごく優しくてね。愛しているのよ。」


「……うん。」


「でも、どこにいるのかわからないのよ……」


「そっか。」


「父さんも、息子も……みんな私を捨てたのよ。」


 その言葉だけは、胸の奥に深く刺さった。


(……だいぶ、忘れてきてるな)


 でも、リツは笑った。


「大丈夫だよ。母さん。

 俺は……ここにいるから。」


 その声は静かだけど、たしかな強さを持っていた。


********


魔法局帰宅後


********


「ただいま。」


 魔法局の扉を開けた瞬間、弾丸みたいな声が飛んできた。


「おかえりーー!!!リツぅ!!!!」


「……なんかハイテンションだな、お前。」


「だって!!待ってたんだよぉ〜!!」


 カイが全力で抱きついてくる勢いで駆け寄る。

 その後ろから、ひょいっと銀髪が顔を出した。


「おかえり〜♡ お風呂できてるよーん?」


「はいはい。」


 (母さんも、父さんも……大事だよ。でも――

  俺にはもう“新しい居場所”ができたんだ。)


 奥のソファに座っていたルシアスが、ちらりと視線を寄越す。


「……母さんは?」


「あぁ。改善は……してない。」


「そうか。」


 短い言葉なのに、優しさが滲んでいた。

 けれど空気はすぐにかき消される。


「ねぇ今日のご飯はなにー?!」


「今日はお鍋でぇーす♡」


「わーーい!!」


「……今日も騒がしいな。」


 廊下の向こうからロランまで飛び出してくる。


「おなべだって〜!!」


「何入れる!?何入れる!!」


「僕はこれと、これと……」


「好きだなぁ、お前ら……」


 リツが苦笑しながら荷物を置こうとすると、

 背中をつついてくるやつがいた。


「リツ?」


「荷物置いてくるだけ。」


「今日はお鍋だからね!!」


「うん、いいね。」


(……はぁ。ロランが鍋にチョコレート入れようとしてたな。

 あれだけは……阻止しないと。)


「僕、とっておきがあるんだ!!!」


「闇鍋ってやつやろーー?」

ゼフィールが悪魔みたいな笑顔で言う。


「なにそれ!?なにそれ!!」

カイが興味津々で跳ねる。


「地球にあるらしいよ?暗闇で好きなもの入れるんだって♡」


「きまりー!!」


*****

◆ 闇鍋開始

*****


「おまたせ……って、何で暗いの?」


「やみなべ!!!」

カイが誇らしげに鍋を掲げる(暗闇で見えない)。


「まて。ロラン、まだ入れてないよな?」


 ルシアスは呆れた顔で壁にもたれている。


「……また何をやってるんだか。」


「次、僕だけど!!」

ロランがワクワクで鍋の前に立つ。


 リツの背筋に戦慄が走った。


(待て、それは……絶対にチョコレートだろ。)


「ロラン。

 **それだけはやめろ。胃が死ぬ。」」


「え〜〜!?とっておきなのにぃ!」


「とっておかなくていいから。」


 こうして――

 闇鍋なのに、暗闇の中で唯一“明らかに阻止される食材”が生まれた。


「はいはーい、じゃあボクちゃんが代わりに何か入れる♡」


「やめろゼフィール!!!もっと危険だ!!!」


「えぇ〜〜〜〜!?♡」


 魔法局の夜は、今日も賑やかだ。


(……ふぅ。

 母さんの記憶は薄れていくけど。

 ここでは、俺の記憶が毎日増えていくんだな。)


 リツは、誰にも聞こえないほど小さく笑った。


***

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


リツにとって“家族”は、痛みと優しさが混ざった特別な存在です。

母の記憶は薄れていくけれど、

それでも「ただいま」と言える場所があることが、

彼を支えているのだと思います。


そして魔法局という新しい家族も、彼を迎えてくれる。

血縁ではなくても、“帰ってきていい場所”は作れる──

そんなテーマを少しだけ込めました。


次回も、ゆっくり進む彼らの日常にお付き合いいただければ嬉しいです。

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