EP2「初めての仕事 __記憶に残るデビュー戦 」
前回に引き続き、カイの魔法局初日が始まります!
ちょっとドタバタで、ちょっとあたたかい――そんな“きおふる”らしいお話です。
記憶のかけらが降る星で___。
EP2「初めての仕事」
***
朝から、けたたましい音で目覚ましが鳴り響く――はずだった。
「……やっべ……っ!! 遅刻だぁ!!」
カイは布団を蹴とばして跳ね起きた。頭の中で警報が鳴りまくる。
(初日から寝坊とか、やらかした……! あの怖そうな編集長に“遅い”って言われるやつだこれ……!)
顔もろくに洗わず、ローブを抱えて飛び出した。
***
魔法局・応接室。
ルシアスはソファに腰かけ、静かに時計を見ていた。針は【9:55】を指している。
「……来ないな。」
低くつぶやくと、隣で書類を整えていたアヤセが顔を上げた。
「まだ五分ありますよ、編集長。」
「五分前行動は基本だ。」
「さすがTHINKERですね。ふふ」
「別に。」
そこからさらに十五分。
ルシアスのこめかみが、わずかに動く。
「……なめているのか、あいつは。」
「カイさん、道中で何かあったのかもしれませんよ…。」
そう言った直後――
ばぁん!!
扉が開いた。寝癖で跳ねた金髪。寝坊したんだろう。
「し、失礼しますっ!! 遅れてすみません!!」
「遅い。」
「ご、ごめんなさい!! 本当に……! でも途中の村で魔物が出てて……!」
「魔物?」
ルシアスの表情が一瞬で切り替わる。あの眠たげな鋭い目に、警戒の色が宿った。
「とりあえずぶん殴っておきました! けど、ちょっと時間かかって……!」
「……場所を案内しろ。すぐ向かう。」
ルシアスはすでに立ち上がっていた。
***
村は、のどかなはずの朝の空気が少しざわついていた。
「こいつです。」
カイが指さした先には、けむくじゃらの丸い魔物がひっくり返っている。口だけがやたら大きく、よだれをたらしていた。どうやら気絶しているらしい。
ルシアスは近づき、ふっと眉をひそめた。
「……結界があるはずだが、弱いな。ほとんど消えかけている。」
まるで最後の一息で灯っている蝋燭のように、魔力の膜が薄く揺れている。
「え、ほんとだ……!? 全然気づかなかった! じゃあ俺、教会見てきます!」
「おい、ひとりで――」
引きとめる前に、カイはもう走っていた。
「……行動だけは早い。」
ルシアスはそう呟きながら、わずかに口元を緩めた。
***
教会の中はひんやりしていた。奥で、結界を維持していたらしい神官が苦しそうに横たわっている。
「大丈夫っすか?!」
「……う、うう……」
額に汗、呼吸は浅い。
(やば……これ、俺の回復魔法だと足りないやつだ……でも何もしないよりはマシだろ)
カイは両手をかざし、光を呼び出す。指先に灯るやわらかな魔力が、傷ついた人の表面だけをそっと癒やす。
「……ごめん、かすり傷くらいしか直せないんだけどさ……」
そのとき、小さな影がひょいっと前に出た。
「どけ。」
「うわっ?!」
ちびなちがカイを押しのけるようにして手をかざす。短い詠唱。空気が少し澄んだ。
「……軽い呪いだな。これならすぐ治る。」
神官の顔色が見る見るうちに戻っていく。
「ありがとうございます……ちびなち様……」
「気にするな。結界の守りは村の命だからな。」
(やっぱこのちっこいの何者なんだ……すげぇ……)
***
外に出ると、ルシアスが状況を確認していた。魔物はすでに拘束され、村の人も落ち着きを取り戻しつつある。
「原因は結界を張っていた人間への呪い。結界が弱まったところに魔物が入り込んだ……そういうことだ。」と、ちびなち。
ルシアスはカイのほうを向いた。
「……よく気づいて駆けつけたな。」
「お前が行かなければ、この人はもっと呪いに蝕まれていたかもしれない。そうなれば結界は完全に消え、魔物が群れで入ってきただろう。」
「えっ……俺、そんな大したこと……」
「大したことだ。」
短い言葉だったが、それはちゃんとした“評価”だった。
カイの胸がじんわり熱くなる。
(あ……怒ってるだけの人じゃないんだ、この人)
***
「せっかくだ。今日はこのあと歓迎を兼ねて食事に行く。アヤセ、手配を。」
「かしこまりました。食堂を押さえておきますね。」
「え、俺も行っていいんすか?」
「当たり前だ。お前の歓迎会だ。」
カイは思わず笑ってしまった。
***
魔法局・食堂。
長机には簡単な料理が並び、職員たちが思い思いに腰を下ろしている。
「アカギ・フレア・カイです! カメラ魔法担当で入りました! よろしくお願いします!」
カイが頭を下げると、落ち着いた雰囲気の青年がふっと笑った。
「よろしくね。俺はリツ。書類まわりと現場の采配をしてる。困ったら大体俺かアヤセさんに言って。」
「アヤセです。面接のときにもいましたね。魔法局の事務と研究をやっています。……初日から遅刻で魔物討伐は、なかなか記憶に残るデビューですね。」
「うっ……すみません……」
そこへ、ちびなちが胸を張って飛んできた。
「私はこの会社の社長だ。チビとか言うな。前にも言ったな?」
「い、言ってません! いや、言いました! すみません!!」
「分かればよし。」
和やかな空気が広がる。
リツがフォークを置いて言った。
「そういえばカイ、BLAZE出身だよね? 副属性は?」
「獣式っす! 本能に従う系の!」
「やっぱり。炎+獣の組み合わせは珍しくないけど、暴走率は高いよ。」
と、アヤセがグラスをくるくる回す。
「編集長も確か……副属性、同じでしたよね?」
「……ああ。」
一瞬、場の空気が止まった。
「えっ、編集長が……獣式!?」
「まじで? THINKER国家で獣式とか……」
リツが微笑む。
「珍しいどころか、禁忌に近い。でもその分、強い。」
ルシアスは淡々と答えた。
「理性で押さえ込めるうちは問題ない。」
「押さえ込めるうちは……ね。」とリツが苦笑する。
「そういえばカイ。今日のあれ、魔物ぶっ飛ばしたんだよね。……ライセンスは?」
「らいせんす……?」
カイの顔に「初耳です」という文字が書いてあった。
ルシアスが、静かに水を置いた。
「……無許可で魔物を倒したな。」
「えっ、ちょっ……俺、初日で犯罪者ですか!?」
「今回は俺が責任を持つ。だが次はない。」
「ひぃ……!」
リツが苦笑しながらフォローする。
「大丈夫大丈夫。編集長が保証人になったから、捕まったりはしないよ。今度ギルド行って、ちゃんと試験受けよう。」
「そ、そんな!保証人って……もうそれほぼ婚約みたいなもんじゃないっすか……いや責任重すぎでしょ……」
ぴたり、と空気が止まる。
リツは静かにグラスを口に運び、アヤセは視線を逸らし、ちびなちは「は?」という顔をしている。
ルシアスだけが低い声で言った。
「……誰もそんなことは言っていない。」
「す、すみませんでしたぁぁぁ……!!」
食堂に笑いが起きる。
「ともかく。」とルシアスが締める。「無許可で動くな。次は正式にギルドで手続きをしてからだ。お前の腕が使えるのは分かった。あとは“この世界の決まり”を覚えろ。」
「……はい。」
さっきまで泡を吹きそうだったカイの顔に、今度は“ここでやっていきたい”という色が浮かんでいた。
(大丈夫……かもしれない。ちゃんとやれば、ここで認めてもらえる)
(それに……編集長、やっぱちょっとカッコいいんだよな)
――ちょっと、憧れるかも。
***
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読んでくださってありがとうございます!
初仕事を通して、カイが“仲間になる瞬間”を書きたかった回です。
ルシアスの冷静さの裏にある優しさや、
カイのまっすぐな行動力が、少しずつ重なっていきます。
次回は、ギルド試験へ――星のルールに踏み込むお話です
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