EP15「俺の名前___盗んだ記憶で生きる者」
今回の回は、敵側 “ロイ” の視点です。
ロイは「忘れることが宿命」ではありません。
人の記憶を食べて存在を維持する生き物。
奪った記憶が、人格・考え方・知識として積み上がっていく――
だからこそ、「自分自身がどこから始まったのか」を誰よりも知らない存在です。
そんなロイが初めて、
“奪った記憶ではない言葉”を心に残す瞬間があります。
それが――カイが与えた「名前」。
彼の中で生まれた “初めての自分由来の感情” を描きました。
静かだけど大きな転換回です。
それでは本編へ。
記憶のかけらが降る星で___。
EP15 「俺の名前」
***
ロイのアジト
夜。薄暗いアジトにロイが帰ってきた。
――脳裏に蘇る声。
『名前……ないの?』
『じゃあ、お前……ロイな』
「……ロイ」
呟いたその名が、胸の奥にじんと残る。
***
「よぉ、うまくいったのか?」
仲間の一人が顔を覗かせる。
「あぁ。バクは記憶をちゃんと食ってこれるし、問題ない」
「へぇ、なら安心じゃん」
「……ただ、一人。面倒そうなやつが増えてた」
「面倒?」
「カイ……と言ったか」
「どんなやつだよ」
ロイは小さく笑い、言葉を吐き出す。
「……俺に“名前”をくれた」
「はぁ? 名前だぁ?」
「ロイ、だと」
「……どうせすぐ忘れちまうしなぁ。いいんじゃね? ロイ」
「……バカみたいだよな、本当に」
ロイは俯きながら吐き捨てる。
「確かに変わったやつだな。名前なんて――」
「……でも、あいつの記憶、気になる」
「そうかぁ? 俺はあのロン毛の方が気になるけどな」
「……あぁ。あいつか。今日もいたな」
「ロン毛は見るからに頭が切れる。あれは欲しい」
「……強敵だぜ、たぶんな」
「ま、どうせ忘れちまうからどーでもいいけどな、はは」
「……それも、そうだな」
部屋に戻ったロイは机に紙を広げる。
「ロイ……忘れたくねぇな」
そう呟きながら、震える手で文字を刻んだ。
――『俺はロイ。あいつはカイ。』
小さな紙切れをひっそりと隠し、ひとりつぶやく。
「なにしてんだろ、俺」
***
魔法局・喫煙室
「はぁ……色々ありすぎる一日だった……」
煙を吐きながら、カイはぽつりと呟いた。
「リツ……良くなってきててよかった」
ガチャ、と扉が開き、ルシアスが入ってくる。
「……隣、いいか」
「は、はい……」
「バクのクエスト。持ってきたのはお前だな、カイ」
「う、うん……」
「よくやった」
「……!」
思わず息を呑むカイ。
「もしこのまま放置されていれば……村だけじゃない。BLAZE、いや、国家そのものがやられていたかもしれん」
「でも……! 他の村の住人、放っておけないよ!!」
「それが問題だ。今は他の冒険者に結界を張ってもらっているが……ずっとこうしているわけにもいかない」
「……とりつかれたみたいになってるのかな」
「おそらくな」
「……バクにやられると、人間が……バク化する……?」
「そういうことになる」
「……怖い。もし俺の大切な人がやられてしまったら……」
ルシアスは短く目を閉じ、言葉を落とした。
「言っただろ。お前は“記録”するんだ」
「そ、そうだけど……」
「もし、俺が……カイのことを忘れたら」
「え……?」
「今まで会ったこと。時間がかかってもいい……教えてくれ」
「……わ、わかった」
***
医務室
「なんか、ごめんね……俺のせいで……」
リツがベッドの上で弱々しく言う。
「何言ってんの!!! リツは悪くない!!」
ゼフィールが声を荒げた。
「聞いた話だと……俺、エクリプスにやられたんだよね?」
「無理ないよ!! 結界張りながらエクリプスとやり合うなんてさ!」
「……今度は。来てもらおうかな」
「当たり前でしょ?! 来るなって言っても行くからね?♡」
「……頼りにしてるよ」
リツが小さく笑う。
「でも……ボクの“記憶侵蝕”は使えなさそうだね。抱擁で抜き取られるんじゃ……ボクも接触で記憶を見るからさ」
「確かに……あ、やるなよ?」
「わかってるよ♡ 演式の遠距離攻撃でいくから♡」
「俺の結界は……破られてしまったから。GUARDIANの鉄壁がほしいところだ」
「GUARDIANの盾は素晴らしいからね♡ 他の属性に出せるもんじゃない」
「一応、アヤセはGUARDIANだけど……危ないことはさせられない」
そんな時――
「……新メンバーが来る」
ルシアスの声が響いた。
「え?!?」
「ええっ?!?!」
「えぇぇぇっ?!」
カイ・リツ・ゼフィールの声が重なる。
***
今回のテーマは 「自分とは何で出来ているのか」 でした。
ロイは、
人の記憶を奪うことで「自分」を維持してきた存在です。
知識も、価値観も、好き嫌いも、口癖も――
“食べた記憶” が積み上がって形になっているだけ。
だからロイには本来、
・原点
・ルーツ
・名前
がひとつもありません。
そんな彼の中で
“奪った記憶ではない初めての言葉” が生まれました。
「俺はロイ」
その小さな紙切れは、
彼にとって 生まれて初めて自分で選び取ったアイデンティティ です。
物語はこれから、
敵でありながら、敵ではいられなくなる者たちへと交差していきます。
次回もぜひ読んでください。




