EP14「名前を持たぬもの__記憶を喰う影」
今回のエピソードは、前回の村での事件の“その後”です。
リツが倒れ、記憶に異変が起きたことで、
仲間に“喪失”の恐怖が現実として迫り始めます。
そして初めて明確に姿を現した存在――
“名前を持たぬもの(エクリプス)”。
彼の言葉、意図、能力。
すべてがまだ謎のままですが、ひとつだけ確かなのは――
カイの選択が、この先の物語を大きく変えるということ。
守れなかった記憶は戻らないのか?
思い出せないまま、関係は続くのか?
キャラの感情に寄り添いながら読んでいただけたら嬉しいです。
では、本編へどうぞ。
記憶のかけらが降る星で___。
EP14 「名前を持たぬもの」
***
「ど、どうしよう……リツ……!」
カイの声が震える。
リツの体がぐらりと傾き、そのまま意識を失った。
「リツ!!! しっかりしろ!!!」
ルシアスが駆け寄り、肩を揺さぶる。
「……おい、お前!! リツになにをした!」
闇の中から現れた影が、愉快そうに口を歪める。
「ちょ〜っと。味見〜」
ロイとリツはとても距離が近いように見えた。
「味見……?」カイが眉をひそめる。
「この村の人たちは!! 一体どうしたんだよ!!」
「決まってんだろ。バクの実験だよ〜」
軽薄に笑うその声に、ルシアスの瞳が怒りで燃える。
「……ふざけたやつだ」
「ふざけたやつ……ね」
影の瞳がふっと細められる。
「俺はなぁ……名前もねぇ。記憶もすぐ消える。食ってねぇと……何も残らねぇんだよ」
カイは一瞬言葉を失い、それから真っ直ぐに睨み返した。
「……名前、ないの?」
「ねぇよ」
「……じゃあ、お前は――ロイだ」
影の目がわずかに揺れる。
「……ロイ?」
「そうだ。お前の名前はロイだ!! だからリツを返せ!!!」
沈黙ののち、男はふっと笑った。
「……勝手にしろ」
バクの群れを引き連れ、霧のように姿を消していく。
「リツ!!!!!」
カイが駆け寄り、必死に名を呼ぶ。
リツはぐったりとしたまま、わずかに胸が上下していた。
「……息はある」
ルシアスは安堵と怒りを押し殺し、リツを抱きかかえる。
「魔法局へ戻るぞ。くれは先生の元へ……!」
***
魔法局・医務室。
くれは先生がリツの脈を確かめ、静かに頷いた。
「……気絶しているだけね。大丈夫、命に別状はないわ」
「……ん……」
リツの指がかすかに動き、まぶたが開く。
「リツ!!!!!」
カイが勢いよく顔をのぞき込む。
「……カイ?」
「うわぁぁぁぁぁん!!!」
カイの目から涙が溢れ出す。
「なんで泣いてんの……笑」
リツは困ったように、それでも微かに笑みを浮かべた。
「平気なのか」
ルシアスが低い声で問いかける。
「……俺、なんかした?」
「したに決まってんだろ!!」
カイが声を裏返す。
「エクリプスのやつとか!! バクに!! なにかされたんでしょ?!」
「……? ごめん。わかんない……」
「……なん、だと?」
ルシアスの瞳が険しく細められる。
リツは額に手を当てながら、ぽつりと口を開く。
「カイと……クエスト……バク……それは覚えてる。
でも……エクリプスは……わかんない」
「記憶が……やられてる?」
カイが震える声で呟く。
ルシアスは奥歯を噛みしめ、低く吐き出す。
「あいつ……」
***
「――緊急会議だ」
ルシアスの低い声が響いた。
舞台は医務室。リツの回復を待ちながら、そのまま会議が開かれることになった。
「リツ……。平気なの?」
ベッドの傍らに立つゼフィールが心配そうに覗き込む。
「……俺は全然、大丈夫」
リツは無理にでも笑おうとするが、声に力はなかった。
「だからボクも行くって言ったのに!!」
ゼフィールがぷくっと頬を膨らませる。
「……ちょっとナメてた」
自嘲気味に視線を逸らすリツ。
ルシアスが真剣な眼差しで場を見渡す。
「記憶バク……についてだ」
「記憶バク……」カイがごくりと唾を飲む。
「どんなやつなの?」リツが問いかけるが、すぐに視線を落とす。
「……ほんとに、覚えてないんだ」
その答えに、室内に重苦しい空気が流れる。
ゼフィールが腕を組み、静かに口を開いた。
「このことに関しては……第三者が助言しても問題ないみたいだね」
「……まぁ」ルシアスが頷く。
「エクリプスは“メモリスの人間”ではないからな」
「……よ、よかった……」
カイが胸を撫で下ろす。
「メモリスの掟、だからね」
リツは弱々しくも、いつもの声を返した。
ゼフィールが真顔になる。
「記憶の連鎖は“世界の秩序”に直結してる。無理に戻そうとすると――世界が崩壊するか、本人の命が消えるリスクがある。……だよね」
「ひぃ!!! よかったよう……リツ……」
カイは青ざめながらリツの手を握った。
ルシアスが低く呟く。
「……つまり、エクリプスは直接は関係ないってことか」
「えぇ。体は問題なさそうよ」
くれは先生が診断を終え、穏やかな声を返す。
「一応、ユウゼンにも聞いてみたけど大丈夫そうよ」
「でも……リツの“食われた記憶”って……」
カイが不安そうに問う。
「おそらく……ロイの中だろうな」
ルシアスの答えに、部屋の空気が重く沈む。
「……もし、大切な人の記憶が食われたとしたら……!」
カイの瞳が震える。
「――残酷な結末になるだろうな」
ルシアスの声音は冷徹だった。
「こ、怖い……」
だがすぐに、その視線がカイを捉える。
「でも……カイ。お前は“記録”できる」
「……記録?」
「あぁ。エクリプスはメモリスの秩序に関与してない。つまり第三者が何を教えようと、記録しようと問題はない。記憶のかけらとは訳が違う」
「……俺が、記録する」
「そうだ。お前が記録してくれれば、もし誰かが忘れてしまっても――思い出す道筋が残る」
「……俺、やるよ。記録」
カイの声は、震えながらも決意に変わっていた。
読んでくださり、ありがとうございます!
今回初めて本格的に描かれたのは――
“記憶を奪う存在”がいるという現実。
記憶の喪失はメモリスにとって“命の危機”に近いほどの重さがある世界で、
忘れる側も苦しみ、忘れられた側も苦しむ。
その残酷さが露わになりました。
そしてカイの 「名前をつけた」 行動は
のちの展開で非常に重要な意味を持ちます。
・奪われた記憶
・記録しようとする意思
・名前を与えた理由
・ロイという名前の行方
このEP14は“静かに未来が決まった回”です。
伏線はまだ回収しません。楽しみにしていてください。
次回EP15は――
キャラの感情と関係が一気に揺れます。
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今日も読んでくれてありがとう!




