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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
8/26

それぞれの思惑-1


「なぁトリス、お前人の話聞いとったんか?」


「あぁ、聞いていたさ」


 襲撃を受けてから三週間。

 その間に処理すべき案件を全て片付け終えた新しき王(トリス)は、自室にてこれから新たにすべき事が詰まりに詰まった膨大な書類と格闘している最中だ。


「私の戴冠式は父王、母君、そして犠牲になった国民の告別式にて行う。それと平行してモーティアとの開戦を公式に宣言する」


「…百歩譲ってそれらまとめて実行することに文句はいわへん、せやけどなぁ」


 とメシーは頭をかいた。


「何で明日やねんっ!?えらい急やないか?もっと段取りちゅーもんを」


「ただでさえ時間が押しているのだそんなことをしていては遅い、安心しろそのための根回しは既にすんでいる」


「せやけど」


「それに打撃を受けた今やるからこそ国民達の士気があがるというものだ。どうせ復旧作業のほうに全面的に金を回しているからそんなに華美なものをしなくていい、ようは彼等の士気が上がればいいんだ。幸い各国の代表達もまだこの地に残っているしな、同盟を組ませるのにちょうどいい」


 トリスは書類をめくる手を止めるとふっと笑って見せた。


「何のためにこの私が部屋(ここ)にこもりっきりで執務をしていたと思う?お前、私がこういう執務は大嫌いだと知っているだろう?それでも寝ずに頑張ったんだ、文句はいわせんぞ」


 メシーは深く溜息をつく。


「お前は化け物か」


「メシーがそういうのも無理ないけどね、それは"化け物"に失礼だよ、メシー。トリスはそれ以上」


 そういって笑いながら部屋に入ってきたのは片腕を包帯でつつんだチェーチだった。


「お前、喧嘩でも売っているのか?」


「えぇ~?だって、この一週間で君がやってのけたことは本当人間技じゃないよ。一睡もせずに次々と情報を集めて聞いては指示を出して、その傍らで各国のお偉方一人一人に挨拶に回って外交問題も軽くあしらっちゃうし、それと同時に軍の整備、国の修復作業を進めていくんだもん。それに何?聞いたところによると前々から進めていたサジツケの輸入の話やカカザのレノール織物も買い付けたらしいじゃないか。どさくさにまぎれてそこまでやっちゃうんだもんね化け物以上じゃなくてなんなのさ。

まったく、君は玉座につくために生まれてきたんじゃないかな」


 呆れながら喋るチェーチに、トリスは怒ることもなく軽く苦笑した。


「よく回る口だなチェーチ、そこまで元気ならすぐに隊の指揮も任せられそうだ。化け物以上か、そうかもしれないな。ー・・いや、実際のところ私も一杯一杯なのさ、必死に何かをしていないともたないんだ」


 元より玉座など望んでなどいなかったのだ。

 状況が仕方なく私をそうさせた。


「トリス…おまえ」


 滅多に弱音などはかない幼馴染が悲しい顔で淡々と呟く様に、チェーチもメシーも言葉をかけてやることができなかった。


 しばらくの間、室内を沈黙が支配したがそれを打ち破るようにトリスが関口を切った。

 既に彼女の顔は"幼馴染"から"王"の顔へと戻っていた。


「それでチェーチ、何か用だったか?まさかメシーみたいに文句をいいにきたのではあるまい」


「え?あっあぁ、うんー・・聖王国カカザ、スズ王太子殿下が陛下に謁見を求めておられます。隣室にてお待ちですが、如何なさいますか?」


「応じよう。少し密談するから誰も通すな、いいな?メシー」


「おまかせあれ、天井裏から5部屋先まで誰も通さしませんよ。防音の結界もはっときますから安心して密談されたら宜しい」


 そういうとメシーは音もなく部屋から姿を消す。

 それを横目で確認するとトリスは席を立つ。


「チェーチ、お前は滞りなく午後からの式が行えるように手配できているか見てきてくれ」


「はっ」


「誰か、何か羽織るものを!…いくらなんでも寝間着のままでは失礼だからな」




                      *




 "せめて御髪だけでも”とひきさがる侍女たちを無視して、本当に羽織っただけのガウンをまといトリスは隣室の執務室へと足を踏み入れる。


「お待たせした」


 スタスタと入ってきたトリスにそこでお行儀よく座っていたスズは眼を瞠る。


「いえ……寝て、いらしたのですか?」


「?あぁこれか…いやなに、昨夜頼むから風呂に入ってくれと侍女たちがあまりにも五月蝿いのでな、入ったら今度は少しでいいから寝てくれといわれた。そのときに着せられて仮眠を十五分ばかしとったきり今朝までずっとこの格好だったのさ、もう式まで誰にも会わない予定だったからね」


「十五分…」


 絶句しているスズにトリスは据わって足を高くくみ、頬杖をついて微笑んだ。

 白い脚があらわになるが彼女は気にした様子も見せない。


「私は軍人だよスズ殿、ただのお姫様でもましてや文官でもない。戦場では五分も寝れればお釣りがくるものだ。おわかりか?」


「えっ…えぇ」


「それで、何の御用か?人払いはしてありますからどうぞ気兼ねなく喋っていただいて結構」


 顔を真っ赤にし眼をそらしていたスズはトリスの言葉に一度大きく咳払いして姿勢を正すと、今度は視線をはずすことなくまっすぐのぞきこんできた。


「私と結婚していただきたい」


 突然のその言葉に、しかしトリスは動じることなく言葉を続けた。


「それはわが国と聖王国の同盟…ということかな?」


「そうとっていただいて結構」


「残念だがお断りしよう」


 考えることもなくトリスはそう言い放った。

 だがスズも簡単には引き下がらない。

 身を乗り出し食い下がった。


「何故?あなたの国にとっては有益なこととは思うが?もしや私がこの国の玉座をのぞんでいるとお思いか?それは否こと。聖王国(私ども)はけっしてラクーシュをとりこもうなどとは考えてはいません、ただともに手を取り合い、帝国の暴挙を止めてー・・」


「民が死ぬ」


「え?」


 トリスは脚を組みなおすと宙をぼんやりと見つめた。


「只でさえ強力な二国が正面から闘っているのだ。そこにもう一つ大きな国がきたらどうなると思う?確かに帝国(モーティア)がつぶれる可能性は高くなる。だがそれによて出兵する聖王国(カカザ)の民はどうなる?無傷というわけにはいかない。

まして聖王国(カカザ)は北の大陸の半分以上を占める国土だ、ほかに目立った国もなくここ数百年大きな戦をしてこなかった。こういっては何だが、東の大陸で戦慣れしているモーティアに比べればいくら神秘の力を持つ聖王国(カカザ)だとしても格段に戦力の違いがでてくる、必然、犠牲者も数知れない。ー・・そして攻め入られる国の民達はどうなる?戦地は拡大し、多くの田畑や家がなくなる。

罪のない者達の死体が増え…スズ殿は実際に戦地に行かれたことはおありか?」


「…いえ、生憎と」


「あれはいつみてもすさまじい」


 宙を見据えたトリスの目にはかつての情景が浮かんでは消えていった。


「私は八つの頃から戦場に出ていたー・・今では"鬼神の紅姫”とも呼ばれる私でも未だに(あれ)ほどいい気分はしないものはない」


 "闘い"は気分を高揚させ、時に得がたい恍惚をこの身に覚えさせる。

 それをただひたすらに追い求める時期もあったー・・だが"戦"は最後には虚しさしか残さないことを知ったのはいつのことだろう。


「戦場になった村も数多く見てきたよ。

"軍が通る”これほど民にとって恐ろしいことはな、時として軍というものは盗賊たちよりも恐ろしいものさ。下の階級にいくにしたがってその横暴さは眼に余るものだ。

食料を奪い、女を犯してみずらの性欲を満たし、苛立ちを民にぶつける…戦をすれば国の治安は乱れ民は混乱し難民が増える。ー・・民は国の宝だ。

此度の戦はおそらく歴史に残る大きな大戦(いくさ)となるだろう。だからこそそれによって多くの民がうける被害を最小限にするために聖王国にはこの戦には直接かかわって欲しくはい…この意味がお分かりか?」


「つまり…わが国は救済にあたればよい、とのことでしょうか?」


「その通り。わが国からも他国からも、そして大変不本意かもしれないがモーティアからも出るであろう難民達を一時聖王国(カカザ)で守っていただきたい。そのかわり約束しよう、決してカカザの地にこの戦の戦火を降りかからせないことを」


スズは暫く考え込む。


「…承知しました、法皇猊下にもそうお伝えいたしましょう。所でトリス殿」


「何か?」


「私と結婚していただけませんか?」


 今度はトリスもきょとんとした顔を見せた。

 スズは神官特有のおっとりとした笑みを顔に浮かばせる。


「国としてではなく、只の男としてあなた自身に申し込んでおります。いかがですか?」


「いや…そう、いわれてもだな」


 予想外の展開に、これにはさすがのトリスも驚いた。

 ー・・と、同時に笑いがこみ上げてくる。


「ははははっ」


「いかがなさいましたか?」


「っ…いや…失礼した、よもや私のような人間に結婚を申し込んでくる男がいるなどとは夢にも思っても見なかったので」


 余程つぼに入ったのか暫く笑いが収まらなかったものの、漸く一通り笑い終えたトリスは笑みを口元に忍ばせ


「いいでしょう、考えておきます」


 と応えた。


「返事は今日中に出来るでしょうー・・しかしまずその前に」


「その前に…?」


 にっと紅い唇がつりあがる。


「一つ余興を楽しんでいただきたい」




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