黄昏の炎
機獣の説明諸々。
目覚めるとまた場所が変わっていた。
外から差し込む光が眩しく身を起こすと背中がわずかに沈む…ベッドに寝かされているようだ。ふかふかとした感触が気持ち良い。
「ここは…?」
体を半分起こしたところで人の気配を感じそちらを見る。
「セリスさん?」
「お目覚めでございますか?」
「!」
セリスかと思ったが違ったようだ。見知らぬ別の女性が枕元に立っている。
髪が黒く、中国の…そうよく歴史映画とかで見る女官が着ているような服を着ていた。顔立ちもセリスさんは西洋系の造りだったのにこの女性は何処となく東洋系だ。
「あの」
「暫くお待ち下さいませ、只今主をお連れ致します故」
「あっ」
美阿が目覚めたことを確認した女はそそくさとでていってしまった。
「…」
呼び戻す気力も無く再び体を寝台に沈めた。
何故だろう、体が凄く重い。
さっきまであんなに力が漲っていたのに今は何も感じない。
嫌な気持ちを沢山持っていた前の自分に戻ったようで、とても心細い。
胸の中を閉めていた暖かいものが消えてしまったみたいだ。
心の中から大切なものがかけてしまったような気がして落ち着かない。
そういえば何だか頭もぼーっとしててはっきりとしない。
室内に漂うこの甘ったるい匂いのせいなのだろうか?息を吸うたびに体が重くなっていく気がする。
視界にもやがかかたようで大事な"何か"を掴もうと意識するけれども、いくらやってもからまわりするばかりだった。
「失礼致します、主をお連れ致しました」
しばらくすると先ほどの女が戻ってきた。そちらに顔を向ければその後ろに男が一人佇んでいる。
「初めまして異界の客人よ、ようこそ我らが世界へ。我々はあなたを歓迎いたしますよ」
ハイバリトンの滑らかな声は聞くものをうっとりさせるような響きがあったが、今の美阿にはそれすらも頭にずっしりと重く乗りかかり思考の邪魔をするものでしかなかった。
男も黒髪で東洋系の顔立ちだ。
髪は短く、一房だけ長く伸ばしているようで三つ編みにされて右肩にたらされている。
服もベトナムのアオザイのような作りだ-・・瞳は今までに見たことも無い、紅色で全身黒ずくめのその男の中でもっとも印象的な色彩だった。
少年時代は恐らく少女に見間違えられたであろう見目麗しい顔を持つ男は、片手を振り女を退出させた。
「あなたは…?」
「私はカルジ・ド・モーティア・グリセトンと申します。巫女姫様の元で神官長をしております」
「巫女姫…セリスさん?」
「左様でございます」
セリスのことを思い出すと少し頭の重みが軽くなった。
「あっあのセリスさんは?突然水みたいになってきえちゃって」
「ご心配には及びません、巫女姫様はご無事ですよ」
あちらを、とカルジは窓の外を指差した。
「大きな建物がございますでしょう?」
その指先を目で追えば確かにドーム状の建物が少し離れたところにそびえたっている。
「あちらにて巫女姫様は祈りを続けておられます。巫女姫様のお力が一時狂ってしまったがためにそのようなことになってしまったのでしょう、ご安心を」
それからカルジは美阿に簡潔に今の現状を伝えた。
今、世界は大戦の真っ只中だという。
世界は大きく三つの大陸と一つの諸島に別れていてそれぞれの大陸で覇権を握る三国が対立している。
帝国モーティア、聖王国カカザ、大国ラクーシュ。
この世界は今までこの三国によって何とか均衡を保っていた-・・だがそれを突如として破る国が現れた。
大国ラクーシュである。
自国の第一王女の結婚式をだしに使いモーティア、聖王国、その他小国の使者、王族が集まった神聖なる儀式を血で穢したのだ。
モーティアも第六皇子ライオスをはじめ、多大なる被害を受けた。
奇襲に応戦しながらもモーティアは長年神殿に閉じ込められその神秘なる力を利用され続けた第一王女である巫女姫を救出し自国へと戻ってきたのである。
「巫女姫ってまさか…」
「はい、セリス様です」
「そんな…お姫様なんでしょう?」
「だからこそ、です。ラクーシュの王族として生まれたものはその身が滅ぶまで、国に尽くさねばならない。この世に生を受けたときからセリス様は巫女姫という鳥籠に閉じ込められ自由に羽ばたくことの無いまま今まで暮らしていらっしゃったのです」
切実に語るカルジの言葉に美阿は胸が締め付けられた。
「そしてセリス様は暴挙を続け、このままでは世界を滅ぼしかねない母国の行く末にひどく心を痛めておいでです、だからこそあなたを呼ばれたのです-・・我々モーティアも世界の安寧を願っております。故にあなたの協力が必要なのです、異界の少女よ」
カルジが手を差し出す。
「我々とともに闘っていただけますか?」
まっすぐ向けられるカルジの瞳-・・美阿はその強い瞳に炎を見る。
…だが今の美阿にはそれが正しくどんな炎なのか見分ける力はなく
「はい、私に出来ることがあるなら」
その手をとった。
甘い誘いが部屋を満たしていた。
*
「こちらが機獣室です」
着物と袴のようなもの(平安時代の貴族の女の子が来ていた十二単に似ているがあれほど重装備ではない)に着替えさせられ、袴の裾をふまぬようについて歩いた先にはずっしりと重苦しい頑丈な扉がそびえたっていた。
「機獣?」
「この世界で戦の主力となるものです。ミア様の世界にはございませんでしたか?」
「はい」
ギィィ、と木が軋む重たい音を立てて扉が開く。
その向こうに立ち並ぶものを目にして美阿はそれらを大きな獣のようだと思ったし、昔の戦国武将のようだととも思った。
全長は3~4mはあるだろうそれらは体育館の何倍もある大きな部屋に何十体、何百体と並んでいる。
その様はさながら中国にある世界遺産の兵馬俑だ。
「これが機獣です」
カルジが中へと入っていく。
大きさ、数ともに圧倒され立ち尽くしていた美阿はその後に慌てて付いていく。
「…これって一体何なんですか?ロボットみたいだけど…何だか生きてるようにも見えますね」
「ろぼっと?」
カルジは聞きなれない言葉に首をかしげた。
何故か言葉は通じるのにやはりそういった独自の単語は通じないようだ。
「えぇっと何ていうか…機械の人形?あっ…”からくり人形”のことです」
"機械”や"からくり人形”という言葉はわかったらしく「あぁ、なるほど」とうなずいた。
「機獣は古来より私たちとともに存在してきましたがその体の造りは少ししかわかっていません。飛空艦と同じ金属で出来た表皮、骨格をもっているようですが体液もあれば筋もある。そしてなによりこの"獣"は生きている。彼等には"意思"があるのですよ」
立ち並ぶ機獣の間を通り抜けると、もう一つ小さな扉をくぐり今度は何も置いていない別の部屋へと入っていく。
「機獣は人で言う心臓ー・・核となる石を持っています。これを壊されると機獣は死んでしまうのです。核には2種類あり機獣が体内に持つ"内核石"と、機獣を操る術者がもつ"外核石"があります。破壊されたのが"外核石"ならば機獣は仮死状態となり体を硬い石に覆われ新たな外核石が自然に作られるのを待ち、再び蘇生することが可能となります」
カルジは胸元からそっと鉄色の小さな石を取り出し見せた。
「これが外核石―・・世間一般では通称として"機獣石"と呼ばれるものです。機獣石は特定の鉱山で発見されます。これなどはよく産出されるコーリドという機獣石ですがこれは程度の低い―・・知力が低く一般に良く出回る機獣を"呼び出す"ことができるのです」
「呼び出す?」
「ご覧入れましょう」
手のひらにのせた鉄色の石に息を吹きかけるようにカルジはささやいた。
「来い」
強い風が吹く。
窓のないその部屋に小さな竜巻が生じた。
透明な風に鉄色の風が混じる。
全てが一瞬。
一瞬にして二人の目の前には先ほどみた"機獣"よりもこじんまりとした2~3mぐらいの鉄色の機獣が目の前に現れた。
程度の低い…なるほど、その意味は見た目にも表れている。
先ほどの部屋にいた機獣達は絵本で呼んだ巨人のごとく―・・そう戦士という感じがした。
しかしこれは何というか非力な感じがする。
人の形には程遠い、そう、例えるのであれば蜘蛛に近かった。
「機獣は本来は世界を共にする、しかし"ここ"とは次元を別とした空間に眠っているといわれています。それを機獣石を媒介に術者が呼び出し、呼び出したものが戻ることを許すまでは機獣はこちらにとどまり続けるのです。希少価値が高い宝機獣石をもって呼び出した機獣は機獣としての強さも知能も高いので呼び出した術者と契約を結び、その術者を主とし従者となります」
「機獣というのは機獣石があれば誰でも呼び出せるのですか?」
いいえ、とカルジは首を振る。
「呼び出す者にもそれ相応に力が求められます。呼び出す機獣の力に値する力を持っていなければいくら素晴らしい宝機獣石をもっていてもこちらへ機獣を呼ぶことなど不可能-・・機獣の力はその石の"価値"と扱う者の潜在的"素質"と"精神力"に左右されるのです」
「精神力…」
「機獣は呼び出したものに絶対服従です。そして同時に機獣と術者は一心同体となります。機獣が傷を受ければ術者にも影響が及び、術者の精神力が強ければ機獣の回復も早い」
カルジはもう一つ鉄色の石を取り出す。
「物は試しです。やってごらんなさい」
「えっ私が…?そんな、むっ無理です」
しかし有無を言わさずカルジは美阿の手に石を握らせた。
「っ・・・!?」
ぴりっと静電気のような感触が手から体全体へと伝わる。
カルジが耳元でささやいた。
「わかるでしょう?あなたは特別なのです、選ばれし異界の少女、巫女姫により招かれし金の使徒。あなたなら出来る、さぁ"呼んで"御覧なさい」
脈打つ鼓動が聞こえる。
胎児の心臓のように小さいそれはだんだんと近づき大きくなっていく。
いる。この石とつながる機獣が。
(おいで)
鉄色の風が吹き荒れた。
「お見事」
カルジの言葉にはっと気づき、部屋を見ればもう一体似たような機獣が出現していた。
「何か命じて御覧なさい」
「歩いて」
うながさるままに適当に命じるとその機獣は金属音を立てて幾つもある足で歩きだした。
(おもしろい)
次々に命令するー・・止まって、跳ねて、くるくるまわって…
「では次にもう一体の機獣に攻撃して御覧なさい」
「はい」
カルジの言葉が脳に染み渡る。
楽しい。楽しくて楽しくて仕方がない。
「攻撃して」
キィィィィィィィン―
金属がこすれたような声を出しそれはもう一体の機獣へと鎌状の腕(恐らくは前足)をふりおろした。
ガキィィー・・
するどい鎌状のその腕は、目標物の装甲を突き破ることなく受け止められてしまった。
「…硬すぎて攻撃できない?」
攻撃を受けた機獣が反撃とばかりに美阿の操る機獣に体当たりをした。
思いのほか衝撃があり反撃された機獣は後ろに数mほど飛ばされ壁にぶつかった。
「っ!?」
美阿の背中に軽い痛みが走る。
「これが…一心同体ということ?」
「先ほども申しましたように機獣の強さは石だけで決まるものではない。ソレを操る主の精神力、心の強さも大きく影響するのです。私は今心を強く持った、硬くなれと思った。あなたも心を強くもって強く思えば今感じた痛みなど感じなくなる、機獣と主とはそういうものです」
教師のように丁寧に教えるカルジに、美阿はふとした疑問をぶつけた。
「カルジさんは…強いの?」
美阿のつぶやきにカルジは微笑して返す。
「えぇ、強いですよ」
不敵な笑みが作られる。
「他の誰にも負けないくらいにね」
*
美阿との接続が完全に途絶えてしまった。
彼が彼女に何かを施したに違いない-・・恐らくは魔法か薬を使用して…もやがかかって美阿が"視えない"。
これでは微かに残った残滓のような力で彼女と心を通わせることも彼女を導くことも出来ない。
「あぁトリス…どうか…どうか」
セリスの悲痛な叫びは誰に届くこともなくただただ、部屋の中を満たしていくばかりだった。
もう一人の主人公・美阿、黒幕と出会うの巻。