表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
5/26

はじまり

一応ここから本編です。


 外は吹き荒れる嵐、モーティアに年に一度訪れるという"龍の怒り"と呼ばれる嵐が近づいて来ているのだ。

 この離宮を囲む塀のガラス張りの天井にも雨は激しく降りつけていた。

 離宮の中、明かりもつけずただ薄暗いだけの部屋で女が隅に置かれた水鏡に両腕を沈めている。

 袖が濡れることも構わずに探るように何度も、何度も、その白く細い指を動かし水の中をかいていく。


「何処?何処にいるの?」


 水の"向こう"にある界たち(・・・)を壊さないようにゆっくりと、ゆっくりと、何度も何度でも、数多ある界を白い指は渡り歩いていく。

 どれほどの時間がたったのか-・・ぴたりと女の指が一つの"異界"でとまった。

 この世界と似通った近くて遠い、そんな位置にある"異界(せかい)"に輝く一つの魂を見つける。


「いた」


 安堵の息を洩らした女はそのままその"界"の奥深くへと意識を沈めていった。

 視界が無くなりだんだんとその"世界"が近づいてくる-・・





                         *





 雨が降っている。

 六月独特のジメっとしたいやな空気。最近は暑さも半端ないから蒸しっともしていて更に不快感が募る。

 クーラーのきかない教室で、ざぁざぁと降る雨を見ていた美阿(みあ)はガラガラとドアが開かれる音によって現実にひき戻された。


「あれ?藤本しかいねぇの?」


 クラスメイトの鈴木健太だ。


「明子は?」


 首を横に振ると健太は大きく溜息を着いて教室の中に入ってくる。


「ったくあいつは、俺が遅刻すると雷みたいに怒るくせにさぁ…悪ぃな藤本、あんな奴が友達で」


 苦笑気味にいわれたその言葉に美阿は曖昧な笑みで応える。


「ううん、そんなことないよ。待たすより待つ方が好きだし、明ちゃんといると楽しいから」


「そっかぁ?本当良い奴だよな、藤本は」


 何気ないその言葉とはにかむ笑顔に胸が大きく脈打った-・・こうやって彼と他愛のない話をすることがこんなにも嬉しいと思える自分は幸せ者だろうか、それとも小さい人間だろうか。

 どきどきする胸をおさえながらこの二人だけの時間が終わらないでほしいと願うものの、それを聞き遂げてくれるような神様みたいなのはいないようだ。あっという間に終わりがきてしまった。


「ごっめ~ん!!おまたせ~!!」


 明るい声を弾ませてやってきたのは早瀬明子、私の大事な大事な友達。


「おせぇんだよ明子」


「うっさいなぁだまってなさいよ健太!ごめんね~美阿~、後でなんかおごるから許して」


「っんだよ俺には何もなしかよ」


「誰があんたなんかに奢るかっての!」


 そしていつも通り言いあいは小さな喧嘩へと発展していく。それでもそんな二人をみていつも思う-・・羨ましい、と。

 私はこの帰宅時間が一番嫌い。


 楽しい。

 けど嫌い。


 喧嘩しててもそれは本当の喧嘩じゃなくって、よく他のクラスメイトからは"喧嘩するほど仲がいいんだ"などといわれているし、私には幼馴染だという二人の口論や喧嘩は猫が仲良くじゃれあっているようにしか見えない-・・それを見ているのが嫌。

 そんな二人を嫌だと思う自分も嫌。

 胸がぎゅっとしめつけられる。


 …すごく、苦しい。


「どうしたの、美阿?気分でも悪い?」


 名前を呼ばれ顔を上げると明子が心配そうに覗き込んでいた。

 …どうやら考え込んでしまっていたらしい。


「…ううん、何でもないの」


「そう?じゃ、帰ろう」


 私の前を歩き始める二人。

 誰もいない廊下を三人の足音と喋り声が満たしていく。

 考えるな、もう考えるなと自分に言い聞かせているのに胸の痛みが全然取れない。

 いつもなら出来ているはずの心の自制が全然できない-・・きっとこの湿気とうだる様な暑さのせいだ。

 痛くて痛くて仕方が無い…じゅくじゅくと痛みが止まらない。むしろ広がっていく一方、そんな時ふと頭をよぎった思い。


 ドウシテワタシハココニイルノ?


「そうそう知ってる?最近でるらしいよ」


「お前がか?」


「違うって!!女の人の幽霊!!」


学校(ここ)にか?」


 ネェ、ヤメテ。


「そう、しかもすっごく綺麗な人なんだって。しかも外人の!白いドレス着てて悲しそうに泣きながら呟くんだってさ、"何処?何処にいるの?”って」


 イキガクルシイノ。イタクテイキガデキナイノ。


「外人の幽霊が日本語喋れんのかよ!?嘘くせぇー!!」


 ソンナニタノシソウニハナサナイデ。


「だって皆見たっていってんのよ!」


 ナカヨクシナイデ。クルシイ、クルシイノ。


「そろそろそういう季節だしどうせホラだろ?…ホラーだけに」


「うっわっ!!健太アンタ最低ー!!」


「何だよ~涼しくなったろ~?」


「なるかっつーの、あんたみたいな奴こそ幽霊にでも遭遇して怖い目にあえばいいのよ」


 ヤダ。


「いや…」


 突然声を荒げた美阿に二人はびくりとする。


「ほらみろ、明子がへんなこと言うから藤本びびってんじゃん」


「あっごめん!美阿こういう話苦手だったんだね、本当ごめん!!」


「えっ?あっ…ううんいいの、私こそごめんなさいいきなり大声出しちゃって…」


 必死に弁解しながら心の中で自身を嘲笑う。

 何を今更嫌がるの?今までだってずっと我慢してきたじゃない。

 やっぱりこの憂鬱な雨のせいだ、だから…いつもより余計につらいんだ。

 これから先もずっとずっと我慢して、それで暫くしたらきっとこの心の痛みにも慣れて、諦める。それだけのことじゃない。


「まっそんなもんいるわけねぇっての、この眼で見たわけじゃないしなぁ」


「そうそう、あんまこわがらなくっていいからね美阿」


 怖い話を聞いて青ざめているのだと思った二人は明るく笑い飛ばした。


「うん、そうだね」


 そんな二人の気遣いに美阿は余計に恥ずかしく、そして自分が惨めに思えてしょうがなかった。

 私はこんな自分が大嫌い。


(どうして私はこうなんだろう)


 昔からそう、他人を羨んで憧れて、悲観する。

 変れることなら変りたい、でもそんな勇気も無い。

 きっと変ってしまうことが怖いのだ。

 渡り廊下のガラス窓に移る自分を視界に捕らえ立ち止まる。

 ガラス窓にうつる自分は暗い顔をしている。あぁなんて酷い顔。


(変らなくちゃだめなのに)


―・・見ツケタ


「え?」


 女の声がした…気がした。

 振り返ってみるが周囲には美阿たち以外の影は無い。


(気のせい、よね?)


「美阿ー!!何止まってんの~?いくよぉ!!」


「あっうん、ごめ-・・」


―・・オ願イ


「っ!?」


 まただ。聞き間違えじゃない、確かに聞こえた。

 美阿はもう一度、ゆっくりと振り返る。


―・・助ケテ


 薄暗い渡り廊下の向こう側。切れかかった蛍光灯の下で薄っすらと見えるのは…


「あ…?嘘…」


 腰が抜けてそのままその場にへたりこんでしまう。

 どこからどうみても学校の関係者ではない。

 

 全体の影が白く薄くゆらゆらと揺れている、まるでテレビで見たことのある蜃気楼のようだ。


 それが女性なのだとわかったのは微かに響く細く高い声と、白い影にまとわりつく波打つような長い髪のせいだろうか。

 幻のようだがでも確かにそこにいる。さっきまで凄く暑かったのに今は背筋が凍るように寒い。


―・・オ願イ…助ケテ


 女の声が更に近づく。それと同時にその影もこちらに近づいてくる。


―・・オ願イ


「美阿!?」「藤本!!」


 座り込む私の少し後ろのほうで二人の声がした。

 どうやら二人にも見えているらしい、自分の目の錯覚ではないようだ。


 遠くで雷の音がした。雨もだんだんと強くなっているみたいだ。

 その中でも自分の心臓の音がやけに強く響く。


―・・オ願イ…助ケテ…助ケテ…


「なにしてんだ!藤本早くこっち来い!!」


 心臓の音がうるさい。


 コワイ

 

 周りの音がとっても五月蝿い。


 ナニコレ


 いつの間にかその影は手を伸ばせば届くまでの距離に近づいていた。


 コワイコワイコワイコワイ…


 すっとその影が手を差し伸べてくる。

 目をつぶることも許されないほどの恐怖が体を縛り付ける。


―・・オ願イ


「美阿ぁぁ!!」


 ぽつり、と


(…?)


 頬を濡らすものがあった。


(何?)


 動かないと思っていた手が自然に自分の右頬へと動いた。触れればわずかに湿っている。

 さらに、もう一つぽつり。

 少し顔を上げて見れば女の顔らしき所から涙がとまることなく滴り落ちてきている。


(おかしいな、幽霊の涙って本物なのかな…?)


 恐怖で頭が麻痺しているからか、ぼんやりとそんなことを考えてしまった。


 でもそれでも、綺麗だと思った。

 その涙が美しいと思った-・・哀しいと思った。


 さっきまで身が竦むほど恐怖していたのに今は怖くない。

 だってその涙を見てしまったから、その涙に触れてしまったから。


 だから


―・・オ願イ助ケテ


 その手をとった。


「うん、いいよ」


 口から出た声は以外にもはっきりしてて、自分でもこれだけきちんとものがいえるのだと少し吃驚した。

 何故その言葉が出てきたのかは知らない、でも-・・


「何を助ければいいの?」


 とったその手は不確かな存在だったはずなのに、それでも暖かかった。

 手をとったまま立ち上がると、離れた場所で目を見張り動けないでいる二人に体を向ける。



「ごめんね、明ちゃん―・・私、ちょっといってくる」


「美阿?」


「おっおまっ!?いくって何処に!?」


 二人の叫びに美阿はこれまでにないぐらい晴れやかな笑顔で応えた。



「いってきます」



 雷がすぐ側に落ちたようだ。

 雷鳴が響き、光に体が包まれ視界が白く染まる。

 ぐいっと何かに引っ張られるように体が動いた-・・自分のいた世界があっという間に遠ざかったのを気配で感じる。



 きっと自分の中で何かが変わる、変えられる。そんな気がした。




書き直しながらそういえば今も梅雨真っ盛りかつくそ暑いってことにうんざりしました。

次は美阿が異世界に旅立ちます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ