表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラクーシュ戦記  作者: 墺離
序章
3/26

始まりの直前


 その日、国全体が白に染められた。


 ラクーシュ国民は、街道を行くルクライツア国からの行列に湧いていた。

 センチュア大陸独特の婚礼の風習である。

 嫁ぐものはまず嫁ぎ先の一族をみずらの土地に招き、そこで一度目の"別れの婚礼”をあげ、生まれ育った地で妻となり一夜を明かして夫となるものに染まってから、生地(せいち)を旅立つ。

 そして夫の生地(せいち)で二度目の”誕生の婚礼”をあげるのだ。


 一晩がかりの”禊の儀式”の警護を無事終えたトリスは、ルクライツアの王族一行をラクーシュの王族として出迎えるために一足先に城へと向かった。

 姉上(セリス)が城へと入城するのは昼過ぎの予定だ。


(まぁ夜まではルクライツアの王子(あちら)も姉上には会えないのだがな)


 それにしても、とトリスは心の中で嘆息した。


(コルセットというものはどうしてこんなにも苦しいんだ)


 骨を締め付けるように圧迫し、呼吸がしづらい。

 はじめて鎧をつけた時よりも不自由に感じるのは何故だろう。

 大きく開いた胸元も心もとないし、ヒラヒラしたこのドレスも歩きにくいことこの上ない。


 軍服で、と主張していたのにもかかわらず警護から戻ってみればしっかりと用意されたドレス一式。無視を決め込もうとすれば「折角の姉姫様のご婚姻であらせられますのにっっっ」と泣き落としにかかる乳母と古参の侍女たちにすっかり辟易し「もう好きにしてくれ…」と行ってしまったのが運のツキ。

 あれやこれやといじられ倒され…あぁもう今すぐにでも山にこもりたい。

 公式の場だからだと帯刀を許されなかったのも手持ち無沙汰で落ち着かない。


「…こんな格好あいつ等にでも見られたら」


「えっ!?トリス!?」


「おっおまっ!!何ちゅう格好しとんねん!?」


「……………」


 期待を裏切らない二人の幼馴染の登場に、トリスは大きく落胆した。


「うわぁ、トリスのドレス姿なんて貴重なモノみちゃった。絶滅種並に貴重だよね」


 一つ間違えれば女のような線の細いこの男、名をチェーチという。

 顔の輪郭にそって切り揃えられた乳白色の髪に、整えられた白が眩しい正装。黙っていれば少女のように見える顔だが、しっかりとのど元に浮かび出たそれがれっきとした男だということを主張する。ちなみに声は男にしてはやや高めだ。

 唯一つその中で異質なのが右目を覆うようにつけられた奇妙な灰色の仮面だろうか。


「はぁ~、それにしてもごっつぅ別嬪さんになってもぅて…これがあの”紅姫(くれないひめ)”や、いうても誰も信じひんやろうなぁ」


 独特の訛りのある喋り方でいつもおちゃらけた感じ(イメージ)の拭えないこの男はメシーという。

 おめでたい席であるというのに、頭から足の先まで真っ黒尽くしだ。

 顔の半分は服と同じ麻で出来た黒い頭巾に覆われ唯一見ることが出来るのはそのニタニタとした口元だけである。(メシー)の故郷の民族衣装だそうだが見るからに怪しげな雰囲気を醸し出している。

 実際、私もチェーチも幼馴染であるにもかかわらず、今の今まで一度足りとて彼のその頭巾に覆われた中身を目にしたことがないのだから大した徹底ぶりだ。


「お前ら、それは褒めているのか?それともけなしているのか?」


「勿論、褒めているんだよトリス」


 チェーチがクスクスと笑いながらそう応えた。


「似合うんだからもっとそういう格好すればいいのに。一応、王女様なんだし」


「一応は余計だ」

 

「他の将軍達はもう見た?皆喜ぶよ?」


「御免こうむる、こんな姿見せられるか。しかし長老やグロック将軍には確実に会うな…気が重い」


「照れるな照れるな、ええやないか減るもんやないし。

 あぁわかったで!憧れのクレント将軍が来んへんからその気やないんやな?しゃぁない俺が今夜にでもなぐさめて-‥ぐふっ」


 トリスの裏拳が見事にメシーの顔面にヒットした。


「何でや…何で俺だけ…」


「君も一言余計だよねぇ」


「無駄口をたたく暇があるならさっさと自分の持ち場に戻れ、馬鹿者」


「っ~…そないなこというてもなぁ、暇で暇でしゃあないねん」


「まぁ確かにね。こんな厳重な警備の中喧嘩仕掛けてくる人なんていないだろうし」


「それでもだ。各国の重役達も来てるんだ、特に」


 ちらりとホールのほうに目を走らせる。

 大勢の客が集まる中で、心なしかその集団が大きく二つに分かれているように見えた。


「聖王国と帝国の衝突だけは避けろよ?」


「わかってるよ、そのためにこうして十将軍(ぼくたち)が立ち回っているんじゃないか」


 実のところセリスの輿入れが早急に進められたのにはもう一つ理由がある。


 それは聖王国と帝国の存在。


 ラクーシュでは神殿に使える巫女は二十歳の誕生日を迎えると婚約・結婚をする権利が与えられる、巫女たちの頂点に立つ巫女姫にも例外は無い。

 セリスは三国一の美姫ともいわれまた霊威にも知力にも優れ人々からは"慈愛の巫女姫"とも呼ばれる、三国の一つ大国ラクーシュの第一王女。

 このおいしい獲物を他の二国が見逃すはずも無い-・・しかしラクーシュとしてはどちらの手もとることができない。

 そのようなことをしたら三国の均衡が崩れてしまうからだ。

 決まりとして二十歳になるまでは巫女たちには婚約・縁談・結婚を申し込んではいけないことになっている。

 だからセリスが二十歳を迎えるとともに、同時に送られてくるであろう二国の申し込みに先手をうって二十歳になると同時に三国のバランスを崩さない位置にある国かつ、自国に有益となるルクライツアにセリスを嫁に出すのだ。

 この婚姻はトリスが自軍の強化のため、外界との接触を立ち霊峰バジルで訓練を始めた直後のセリスの誕生日に決められ、すぐに各国に通達された。知らぬはトリスばかりといったところか。

そう、婚姻決定と同時にひそかに作られていたこのドレスのことも知らずに…なんとも間抜けな話だが、これも父王の謀だろう。


「おや、なんと美しい姫君であろうか」


 考え事に気をとられていたためか、近づいてきた気配に気づかなかった。かけられた声に振り返ればそこには東大陸の皇族の衣装に体躯だけ(・・)は逞しそうな眼の細い男がいた。


「モーティア帝国第六王子、ライオス殿下でございます」


 チェーチが後ろに控え耳打ちをしてくる。

 どうやらメシーは先にどこかへと去っていったようだ-・・逃げ足の速いやつめ。

 作法にしたがって手を差し出すと手の甲にそっとキスをされた。ゾッとしたがここはこらえてとりあえず"姫"でいることに徹しよう。


「ありがとうございますライオス殿下、お褒め頂き光栄ですわ」


 姉の言葉を真似して話すが何とも気色が悪い。後ろでチェーチが密かに笑っているのが腹立たしい。


「おや、私をご存知とは。このライオス、光栄の極み。美しい姫君、あなたのお名前を伺っても?」


「おやおや、これはライオス殿ではございませぬか」


 横から別の男の声がかかった。

 もう頼むから勘弁してくれというトリスの切実な想いとは裏腹に、その男は聖王国の神装をしていた。

 こちらは打って変わってひょろっとした体躯をしていて、その顔に掛けられた眼鏡から実に神経質そうな印象を持たせられる。


(げっ)


「相変わらず、どこでも女性をお口説きになられているようですね」


「聖王国のスズ王太子殿下でございます。…ご愁傷様」


 チェーチの最後の一言はトリスにしか聞き取れないほどの小さな声で囁かれた。

 スズの挑発的な物言いに顔を引きつらせながらも、ライオスは無理矢理笑みをはりつけ対峙した。


「やぁスズ殿…相変わらずお堅いようだ。まだ独り身で?」


 スズのこめかみがピクリと動いた。


「えぇ、何分公儀が忙しくて。あなたのように奥方が三人もいられる方がうらやましい限りです。

 しかし奥方たちがいらっしゃるのにこのような所で女性を口説いていても宜しいので?」


「恋とは楽しむためにあるものだスズ殿。スズ殿ももっと女性とお知り合いになった方がいいのでは?」


 尻軽男。

 独身男。


 そう言い争っているようだ。


(馬鹿かこいつ等は)


「お二人とも仲が宜しいのですね。オホホホホホホ」


 完全に棒読みで笑ってやれば、睨み合っていた二人の男は気まずそうにその視線をこちらへと戻した。


「あっ…と、」


「あぁ、申し訳ございません姫君。私としたことが女性をお待たせするなどとは…失礼をお許しください」


「いいえ、おきになさらないで」


 変わらずの棒読みで応えるが、口元が引きつりそうになったので扇で隠し目元だけで笑ってやった。

 するとその作り物の笑みに二人はあっさりと騙され、頬を染め上げる。何て単純な男たちなのか。


 と、タイミングよく会場の音楽がダンス用へと変わる。トリスの笑みにうっかり見惚れていた二人はほぼ同時に声をはりあげた。


「「姫!どうか私と一緒にダンスを!!」」


 プチッ


 無理やり笑顔を作っていたトリスの中で何か(・・)が音を立てた。

 これ以上この馬鹿男どもに付き合う義理なんて時間の無駄だ。


「あら大変、そういえば、まだ名乗ってませんでしたわね。失礼いたしましたわ」


 トリスは極上の笑みを向ける。


「私、トリス・デ・ラクーシュ・センチュアと申します」


「「え…?」」


 場の空気が一瞬にして凍りついた。

 目の前の男たちだけではない、近くにいた彼らの取り巻きや、どちらが勝つのかと野次馬根性むき出しの貴族たちも一斉にその場で凍りついた。

 それを見てほくそ笑むのはさらにその周りにいたトリスを知るラクーシュの貴族たち。あーぁ、(トリス)様怒らせちゃったよ馬鹿な奴ら、という顔だ。


「トリス・デ・ラクーシュ・センチュア…姫?」


「もっ、もしや…十将軍の…紅姫?」


 男達の顔が見る見るうちに蒼白になっていく。


「あら、そちらの名もご存知なのですね?光栄ですわ。

 お二人とも本日は我が姉の為に遠路はるばるようこそおいでくださいました。後程正式にご挨拶をさせていただきたいとは思いますが、一足先に、私から感謝の意を表させてください。

 それで、どちらがお相手してくださるのかしら?」


 微笑んではいるが目が笑っていない彼女に、男達は口を金魚のようにパクパクさせている。


”十将軍の紅姫”


 紅い髪、紅い瞳、紅い唇、深紅のドレス…ここまでそろっていて何故気付かなかったのか。

 度重なる噂で聞いたではないか。


「そうよね、お二人とも仲がとってもよろしそうですもの。私がいてはお邪魔でしたわ」


 その外見からもそう呼ばれていたし、彼女の好む色も(あか)だった。

 そして全てを紅に染め上げる事からもその二つ名に由来している。


 戦場にてその力は歴代の猛者を凌ぐ天才。

 機獣を繰り鳥よりも速く空を舞い、紅蓮の炎で敵を焼き尽くし勝利を勝ち取る鬼神。

 血と炎をその身に纏うラクーシュの鬼姫(おにひめ)


「では私はこれで失礼致しますわ。チェーチ将軍、参りましょうか」


「はっ、トリス姫殿下」


 紅姫は優雅に一礼すると従者だと思っていた男とその場を去っていった。


「おい、スズ殿…あの男も将軍って」


「えぇライオス殿。おそらくは”邪眼の貴公子”と呼ばれるチェーチ将軍…それよりも」


「アレは…なぁ?」


「…ですね」


 いがみあっていた二人は再び声を合わせて肩を落とした。


「「詐欺だ」」





                      *






「ふっ、気概がないな。たるんでいる証拠だ」


 トリスが腕を組んで鼻で笑うと、チェーチはおかしくて仕方が無いといった感じで腹を抱えて笑っていた。


「ははっ、あの様子だと君の噂は知ってるみたいだったね。まっ有名だし?びびるのも無理ないって。

 トリスだって相手するのが面倒くさいから名乗ったんでしょ?」


 テラスに出るともう日はかなり高い。


「まぁな。あんなのと過ごしてられるか、時間の無駄だ」


「いうねぇ」


「本当のことだ。さて、姉上はもうそろそろ着かれる頃合か」


「そうだね。どうせ神殿の人たちはゆっくりとした足取りで進んでるんだろうから…まぁ今頃は白の街道を抜けるか抜けないかってところじゃない?」


「残念やけどそうもいかへんみたいやで」


 ざざっ、と音を立て、テラスに近い木にぶらさがっていたのはいつの間にか姿を消したメシーだった。

それに驚くこともなくトリスは首をかしげる。


「何かあったのか?」


「お前は早う陛下のとこいってこい、王の間にいらっしゃる。チェーチは客たちを客室に誘導せぇ、絶対混乱はさせんなや。式は中止や」


「まさかっ」


 場に緊張が漂う。


セリス姫(姫さん)が攫われた」






                         *






「父上!!」


 勢いよく国王の間に踏み込めば、部屋の奥には考えにふける重臣たちと王が、その前に力なくうずくまるカルジを見つめていた。


「トリス」


 王の横に立ち控えていた王妃()がトリスの名を呼ぶ。気丈にも立っていらっしゃるがその顔は蒼白だ。

 衣服に刀傷のあるカルジを視界に入れるとトリスの頭に一気に血が上った。


「貴様っ!!」


 胸倉を掴み無理矢理立たせる。


「っト…リス将軍、」


「姉上の護衛をまかされておきながらむざむざと逃げてきたか!?恥を知れ!!」


「やめるのだトリス」


 静かな、しかし重圧のある言葉が玉座から投げられた。


「しかし、父上っ!!」


「やめよといった、控えよトリス将軍」


「っ…申し訳ございません、陛下」


 父の決して逆らえることの出来ない目におされ、トリスはカルジをその手から離すとその場から数歩下がった。

 そうでもしないとまたこの男に殴りかかりそうになるのを止められそうにもないからだ。


「カルジよ、今一度話を聞かせよ」


「はっ」


 カルジの顔は青ざめ今にも倒れそうだったが、それでも何とか姿勢を正すともう一度語り始めた。


「大神殿を出立後、白の街道を通り王都まで後6ダールというところで突然の奇襲にあいました。

 相手は機獣使いを含む黒ずくめの仮面をつけた男等が30ばかりと機獣が10ほど。応戦しましたが無残にも私以外は皆力尽き…巫女姫様は奴らに連れ去られた次第にございます」


「失礼いたします」


 カルジの言葉を切るように、部屋の隅に現れたメシーが言葉を挟む。


「メシー将軍、戻ったか。して如何か?」


「報告致します、セリス姫の輿をリリー湖近くの白の街道で発見しました。

 セリス姫様とともに神殿をでました巫女・神官・兵士…カルジ神官長を除く54名全ての遺体を確認。交戦の形跡も確認できましたが敵の死体や機獣、遺留品はみつかりません。

 それにセリス姫様の姿も輿の中から綺麗さっぱりのうなってました」


 そこで一旦メシーは言葉を切ると、すぅっとその目線を一人の男へとうつした。


「…まるで最初からそこにいんひんかったように髪の毛一本落ちとりませんでしたわ」


 その言葉を合図に、部屋の中で帯刀していた者は全員剣を抜き放ちそれを-・・部屋の中央で俯いているカルジに向けた。


「機獣と交戦したんやったら何で街道はあんなに綺麗なんやろうなぁ?確かに周りの木々や土はえぐれとったし、機獣の足跡もあったで?でもな、明らかに複数機に襲撃にあったにしては綺麗すぎんのや。

 それに足跡の数がたりてへん、味方の機獣の足跡ばっかりで敵の機獣の足跡言うたら一つしかないんやで、おかしいやろ?まるで敵は一人しかおらへんみたいやないか」


「…それは、」


「それに何で自分、よく見りゃ服だけボロボロやのに体の方には泥や返り血しかついてへんのや?無傷で帰ってきたいうんかい」


 カルジは押し黙ったままのそりと立ち上がり…そして口元に笑みを作った。


「やれやれ、もっと時間を稼げると思ったのですが爪が甘かったようだ…あれでも頑張って(・・・・)舞台を作ったつもりだったのですが、その眼を誤魔化すには足りませんでしたか。さすが忍将軍の二つ名をお持ちのことだけはある」


「じゃぁかしぃわボケっ!はよ姫さん返さんかぃっ!」


「何故にこのような謀反を起こすか、カルジよ」


 王が立ち上がり鋭い眼光でカルジを貫いた。

 だがカルジはひるむことなくその眼を正面から受け止めると、腰の剣をすらりと抜く。

 その口元は場に不釣合いなほど穏やかに笑ったままだ。


「さて、何故でしょうね?」












1ダール=0.8kmぐらいだと思っていただければ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ