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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
美阿の章
25/26

悪夢の後


 夏も終わりを告げ、秋がやってきた。

 大陸の北方に位置する大国ラクーシュでも山々が紅葉を迎え、霊峰バジルの頂には、早くも雪が積もり始めている。


 ラクーシュがモーティア帝国の襲撃を受けてから半年がたとうとしていた。


 無残にも蹂躙され、その三分の一を瓦礫の山へと変えられた城下は徐々に活気を取り戻し、復興作業も民たちの努力と迅速な対応のおかげですでに八割方進んでいる。

 一時、カカザへと避難していた難民も、各々の故郷へと戻ってきているという。


 夏も終わりを迎える頃。

 ラクーシュのモーティアへの進行は滞りなく進み、双方それなりの被害は出たものの、それは当初予想されていた被害想定範囲を大きく下回っており、歴史的大戦と呼ばれるそれは帝国の敗戦という形で幕を閉じた。


 モーティア帝は捕縛される前に本宮にて自決。

 皇子たちの大半も、戦場にて命を落としていった。

 中には死を恐れ命乞いをする輩もいたが、彼らは皇族資格を剥奪され生き恥をさらしながら生かされている。


 事実上、モーティアの政権は崩壊。

 現在はラクーシュとカカザによって形成された特務執行官たちによって”モーティアだった国”は管理されている。


 だが、ただ一人。一人だけ皇族の中で確認されていない皇子がいた。


 モーティア第36子カルジ・ド・モーティア・グリセトン卿


 彼と彼の指揮する部隊だけが、未だ行方不明である。

 死体も、その姿を見たものもいない。生きているのか死んでいるのか…


 しかし幾人かの先を読むことに長けている者たちはこう感じていることだろう。


 まだ戦は終わりを迎えていないのだ…と。





                      *





 目覚めると同時に、差し込む朝日に軽くめまいを覚えた。


 「眩し…」


 美阿はゆっくりと起き上がり、目をこすりながらカーテンを開けた。

 太陽の光が溢れんばかりに降り注いでくる。


 「ミア様、失礼致します。お目覚めでございま…あぁっミア様!そのようなことは私どもがしますのに」


 窓を開け部屋の空気の入れ替えをしている美阿の姿に、入ってきた女中達は驚き慌てふためく。


 「あの、お構いなく。只でさえ私、お世話になってばかりで…」


 「何をおっしゃいますか!ミア様は陛下の大切なお客様でございます!ミア様の身の回りのお世話は私どもが全て致しますのでミア様はどうかご安静になさってくださいまし」


 「ミア様、そちらも私どもがいたしますので」


 布団をたたもうとする美阿に再び女中達が慌てふためく。


 「え、でも…」


 「さっそちらは彼女に任せて、ミア様お着替えを」


 「きゃっ!あっあの!私一人で着替えられますからっ」


 「しかし」


 戸惑う美阿と女中達。

 と、そこへ第三者の声が介入してきた。


 「ミア、彼女達の仕事をなくしてしまってはいけないぞ」


 「陛下!!」


 女中達が一斉に傅く。

 扉にもたれかかるように軍服に身を包んだトリスが意地の悪い笑みを浮かべていた。


 「おはようミア」


 「お、おはようございますトリス…さん」


 ペコリとお辞儀するとクスクスとトリスが笑っているのが聞こえた。


 「いいか、ミア。彼女達には彼女達の仕事がある。彼女達がやることをお前が全てやってしまったら彼女達は仕事がなくなってしまうよ。農夫には農夫の、貴族には貴族の、そして王である私にも王としての仕事があるように、彼女達もお前の身の回りの世話をするという仕事がある。

 まぁ、お前がこういった生活に慣れていないのはしょうがないことだがな…少し窮屈かもしれんがそこは我慢だ。私だって我慢しているのだからな」


 「陛下っ」


 ははは、と豪快に笑うトリスに女中頭が嘆息した。


 「女中頭(メイリーン)、せめて着替えや風呂ぐらいはミアの自由にさせてやれ。彼女は王族ではないのだから」


 その言葉に美阿はほっと胸をなでおろす。

 実のところ此処最近、ゆっくりと風呂に入ったためしがないからだ。


 「ミア、着替えたら終わったら広場に出て来い。安心しろ、朝食はあちらで用意してある」


 「”あちら”?どこかへ行くんですか?」


 短くなった髪をかきあげながらトリスはにっと笑う。


 「秘密だ」






 言われた通り広場へと赴くと、興奮する馬を鎮めている複数の兵士達がいた。

 その中に見知った顔を発見する。


 「チェーチさん!おはようございます!」


 声を掛けるとサラサラとゆれる乳白色の髪を太陽に反射させながらチェーチが振り返った。


 「あっ!おはようミアちゃん~!!」


 ぶんぶんと手を振っている。


 (ふふ、子供みたい)


 ぴょんぴょんと跳ねたりまでしているのだから余計に拍車がかかる。


 「ミアちゃん、こっちにおいで~」


 「?」


 手招きをされてチェーチの側まで走っていくと突然抱きかかえあげられた。

 細身のこの身体のどこにこんな力があるのか。


 「きゃっ!チェーチさん!?」


 そのままチェーチは美阿を馬の上へと横向きに座らせる。

 身軽にチェーチもその後ろへと飛び乗り、後ろから美阿を抱きかかえるような姿勢になった。


 「あの?」


 「ごめんね~、トリスってば何か急に先に行かなくちゃ行けなくなったみたいで。本人も物凄く愚痴ってたけど、とりあえず今から馬で飛空場まで僕が連れていくから」


 「?」


 「ふふっ、一体何処へ?って顔してるね。でもまだ秘密だよ♪飛空挺についたら教えてあげるから。それまで我慢しててねミアちゃん♪」


 チェーチはたずなを引くと大きく広場を旋廻し、他の兵士達を先導する。


 「出立!!」


 隊をなし、大きな土煙を上げて一同は広場を後にした。


 (本当に何処へ行くのかしら?)


 美阿はスピードをあげる馬上にて振り落とされないようにふんばりながら青く輝く空を見上げる。


 青く。青く。


 こまでも澄み切った空。


 もといた世界となんら変わりない青い空。


 この世界へ来てからあっという間に半年が経過した。

 その間におきた様々なことは断片的にしか覚えていない。


 …正気の時など数えるほどしかなかったのだから。


 覚えていないがとてもとても残酷で怖かったことをしてきたことだけは見に染み付いている。


 あの時。

 正気を取り戻し、ようやくトリスに会えたあの後。

 白い光に身を包まれ、意識を手放したときに聞こえたあの人の優しい声。


 ―・・後を頼みました、ミア。貴女に幸が多からんことを…


 そして目覚めたあの夜。


 自身を取り戻しはしたが、悪夢に犯され、薬の後遺症が美阿を襲った。

 あの夜ほど時間が長かったと感じたことは無かった。


 そう…あの夜。


 怯え、泣き、戸惑う私の手をしっかりと握ってくれていたのは…





美阿の章、スタートです。

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