離宮からの脱出
ドームを出て離宮の中を五人は走る。
セリスを連れて本宮に向かうのは自殺行為。ならば離宮の他の出口から出て部隊と合流するのが適格だ。
…といっても今いるこの離宮は周りを高い壁に囲まれているためほかの出口などない。本宮に行かなければこの王宮内から出ることは不可能なのだ。
ではどうするか?
簡単だ、出口が無ければ作ってしまえばいい。
セリスを連れ出した直後、城壁の向こう方から聞こえてきた爆発音。離宮の通路から外を見ればいくつもの黒煙があがっているのが見えたー・・攻撃が開始された今ならば多少派手な行動をしてもどさくさにまぎれることが出来る。
現に本宮の方からは人が慌しく動く気配がするが、離宮には人の姿が見かけられない。
皆、城下で起きた爆発に混乱しているのだろう。
それにそろそろ山の向かうからラクーシュの軍旗が現れている頃合だ、更に混乱を極めるであろう城内にあって離宮のことを気に留めるものが何人いるだろうか。
離宮の中を走り抜け、合流地点に一番近い方角の壁へとたどり着いた一行は少しでも厚さが薄く脆いところを探して動き回る。
「ここ、ですかね」
コラントがコンコンっと城壁を叩く。
メシーもその横に並び壁に耳を当て厚さを確かめている。
「せやなぁ」
十将軍の四人だけならばこの壁を乗り越えれないこともないだろう。
現にここに進入する際もメシーやコラントはこの城壁を乗り越えてきたのだ。
しかし今はセリスがいるし、機獣を使ってしまえば城の魔術師たちの類にその気配を察知されてしまう可能性もある。
「皆下がっときや」
メシーが壁に火薬を仕込んでいく。
少量の火薬でも十分に威力が発揮でき、かつ音が小さくなるように仕掛ける角度と量を調整したメシーは導火線を引っ張り茂みに隠れるほかの四人の下へと下がってきた。
しゅっと火花が上がり導火線が燃えていき、やがてくぐもった音とともに辺りに噴煙が上がった。
「よっしゃ、ええかんじやで」
煙が晴れる。
大人が一人がぎりぎりで通れるぐらいの大きさで壁が崩れ、基礎の煉瓦がむき出しになっている。
だが所々にまだ突起した煉瓦やらが残り、行く手を阻んでいるようだ。
「…こうもっと綺麗にぽっかり穴が開くもんだと思ってたけどそうでもないんだね」
チェーチがぽつりと呟いた。
「うっさいわボケ、火薬の量が足りんのや」
「まぁこの程度なら後は火薬など使わなくても簡単に崩れそうですがね」
と、コラントが片足を振り上げ残りの残骸を力強く打ち砕いていけば通り抜けるのに十分適した大きさまで穴が広がった。
王宮自体が小高い丘の上に立っており、穴が開いた城壁からは外下に広がる街が見える。
穴の向こうを見下ろせば城下のあちらこちらには火の手が上がっている。
更に街の向こうの山からは見覚えのある軍旗の影。自軍の攻撃が始まっていた。
(姉上にこの光景を見せるのは忍びないが仕方あるまい)
後ろを振り返れば案の定、悲しげにその光景を見つめる姉の姿。華奢な体は悲しみで震えている。
その背をトリスは優しく押し出した。
「さぁ姉上、先に行ってください。メシー、チェーチ姉上を頼んだぞ。道化、お前は残れ」
「御意」
「トリス、私は」
「私も金の使途を連れてすぐに行きます。また後でお会いしましょう、姉上」
「…わかったわ、どうか無事で帰ってきて頂戴」
「はい、姉上」
姉の言葉に力強く頷き、伸ばされたその手を握る。
メシーとチェーチに挟まれその姿が穴の向こうへと消えていくのを見届けたトリスは離宮へと体を向き直した。
「道化、もうその偽装は必要ないだろう。解け」
「ありがたいですね、たしかにこの格好は窮屈すぎる」
トリスの言葉にコラントは服を脱ぎ捨てると、作っていた顔も剥ぎ取った。
兵士の服の下から出てきたのは黄色と黒の二色で彩られた派手な道化服。
毎度見るたびに不思議に思うのだが、どこからともなく取り出した大きな二股の帽子(コレも黄色と黒で分けられている)を被り、素顔を見せることなく、これまた何処からとも無く取りだした仮面で顔の上半分を隠した。
それはどこからどう見ても祭りや舞踏会などでよく見かける道化の姿ー・・しかしここは戦場、不釣合いなことこの上ない格好には違いない。
だが彼にとってはこれこそが戦闘服なのだ。"道の軍"将軍コラント、彼が"道化将軍"とも呼ばれる一番の所以はこれにある。
「ふむ、やはりこの格好の方が落ち着きますね」
「…お前、また色を変えたのか?」
「えぇ、今回は斬新さを求めて黄色と黒にしてみました」
何がどう斬新なんだ、と突っ込みたくなる衝動を抑える。
こんな奇抜なナリや残念な中身であることは間違いないが、それでも彼は十将軍の一人。その腕は確かだ。
「まぁいい…準備はできているな?」
「いつでも」
二人の視線の先、離宮の中から小さな人影が出てきた。
「何を、しているの?」
幼さの残る顔立ちの少女。
忘れるはずもない、その少女の顔。生気のない、どこかぼんやりとした無表情ともいえるその顔。
少女もトリスに気付いたらしく僅かにその顔に表情を浮かべる。
「この前の…強い人…と」
「道化、見た目に油断して手を抜くと死ぬぞ」
「えぇ、承知しておりますよ」
「………ピエロ?」
トリスの傍らに佇む派手な男を見て少女が少し困惑したような顔になった。
さすがに驚愕したらしい、それもそうだこんな緊張感溢れる場所に道化がいる時点でおかしい。
だがすぐに少女はの顔からは表情が消える、どうやら深く考えるのは止めたらしい。
「…セリス様…何処に行ったの?」
離宮にセリスがいないことに気づいて追ってきたのか。小首を傾げて問う少女、だがその質問に答えることはなくトリスが返したのは更なる問いかけ。
いや、問いかけというよりは確認だろうか。
「お前が金の使徒だな?」
少女は素直にこくりと頷いた。
「そうか、ならば私と共に来い」
「何故?」
「私がお前を必要としているからだ」
「あなたは…誰?」
トリスは少女に一歩近づき、その手を差し伸べた。
「私はトリス・デ・ラクーシュ・センチュア。セリス・デ・ラクーシュ・センチュアの妹であり、ラクーシュ現女王。お前が金の使徒ならば、私はお前を連れ帰らなければならな―・・っ!?」
トリスが全てを言い終える前に目の前に閃く刃の光。それを紙一重でよければ続けてくる攻撃を剣で受け止めた。
(やはりそう簡単にはいかんかっ!!)
「ラクーシュ女王!!そうっあなたが!!」
(?)
剣越しに対峙する少女の瞳はやはり虚ろのままだったが、その声、その体からは憤怒とも言える感情が溢れ、殺気立っている。
「ラクーシュは敵!!モーティアの敵!!私の敵!!世界の敵!!ラクーシュは滅ぼさなければならない!!」
一心不乱に叫びながら剣をふり、確実にトリスの急所を狙ってくるその様は実に"狂信的"だ。
「ふむ、薬で洗脳でもされましたか。いやはや、ここまで嫌われると逆に清々しいですね」
「馬鹿者!茶々を入れていないでとっとと動け!」
「わかっていますよ、我が女王陛下…さて、では道化めはそちらの殿方にお相手していただくとしますか」
仮面の下のコラントの目が細められる。
声を掛けた先にはいつの間にか姿を現していた男の姿。
相変わらず全身を漆黒の布地で覆ったまさに黒い悪魔―・・カルジだ。
「ふっ…道化、久方ぶりだな。こうして私が”帝国の皇子”としてお前に会うのは二度目か」
「えぇ、そうなりますね。貴方が10の時に来られた以来ですか…かれこれ17年ぶりかと」
「あの時はお前が十将軍の一人だとは思いもしなかったがな」
「いえいえ、あの時はまだ副将軍でしたので。しかし私も驚きました、まさかあの時出会った少年皇子がラクーシュの神官長としてすぐ近くにいただなどとは夢にも思いませんでした。全く気配をかえられるのが上手ですね。いっそのこと皇子などやめて本格的に諜報員として働かれてはいかがです?」
「それは遠慮するとしよう。私は私が為すべき目的のためならば手段は選ばない、が、それ以外で他人に縛られるのは我慢がならないからな。さて、お喋りもここまでとしよう」
カルジは剣を抜き放ち無駄のない優美な構えを見せた。
「さぁ、あの時の続きをしようじゃないか。今度はあの場を収めた王妃殿下もいない、思う存分に踊ろうしよう」
不敵に笑うカルジにコラントは深く一礼して返す。
その仮面の下から覗く口元は、笑んでいた。そこに一切の恐れはない。
「この道化めに皇子殿下のお相手が務まるかどうか。それでは思う存分にご堪能いただきたい」
芝居がかって何処までもふざけているようにしか聞こえないコラントの言葉だが、その身から溢れ出すのは紛れもない"殺気"。
二人の男の間の空気が痛いほどに張り詰めー・・そして剣戟が始まった。