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ラクーシュ戦記  作者: 墺離
トリスの章
20/26

捕虜


 謁見から石牢へ戻され、暫くすると投獄場所が移された。

 連れて行かれた場所は石牢ではなく、しっかりとしたモーティア風の造りの部屋だ。


 しかしそこも牢には違いないのだろう。


 部屋の壁の至るところには封印の結界札が張られている。

 抵抗する気もなくおとなしく従っているというのに、暴れないようにと数人がかりで押さえつけられ薬を打たれもした。

 更に念の入ったことに手首、足首に首輪と同種類の拘束魔具を付けられる始末だ。


(私は猛獣か)


 部屋の中央には椅子が一つ、トリスはそこに座らせられると力なく背もたれに体を沈めた。

 少しの間部屋に一人残されたが、半刻とおかずにすぐに人がやってきては再び薬を打つ。


(自白剤か…)


 薬を打たれるたびに頭の奥のそこかがジン…と痺れてくる感覚に、内心舌打ちする。

 途中から数えるのをやめたが、相当な量を打たれたようだ。


 何度目かの投与の時、入れ替わりに新たに三人の男が入ってきた。

 その先頭に立つ中年男には見覚えがあった。

 謁見の間でトリスの顔を蹴りつけたモーティアの皇子だ。


 焦点の合わぬままぼぉっとしているトリスを見て男は鼻で笑う。

 顎をつかみ無理矢理顔を上げさせる。


「良い様だな、トリス・デ・ラクーシュ・センチュア?どうした、さっきのようにいきがって見せろ」


「………」


「はっ!つまらんな」


 乱暴に顔から手を退けると今度はその前髪を鷲掴みにした。


「光栄に思え、わざわざ第七皇子であるこの私が貴様を尋問してやるのだ。さぁ、おとなしく私に従え。従わなければ痛い目を見るぞ?」


「……………」


「私が聞いているのだ!応えろ!」


 右頬を強く打たれトリスの体はそのまま椅子から転げ落ちた。


 髪飾りがはずれ長く紅い髪が床に散らばる。

 第七皇子と名乗った男はその髪をつかむとそのまま引っ張り上げ彼女の上半身を無理矢理起こした。


 だが上を向いた彼女の顔は、苦痛に顔をゆがめることもなく変わらず無表情だった。

 悲鳴の一つもあげないトリスに苛立ったように舌打ちをするとその腹に一蹴りいれてから後ろの兵士を呼ぶ。


「おい!」


「はっ」


 トリスの傍らに跪きその様子を観察すると兵士は皇子に向かって首を振った。


「薬を打ちすぎたようです、意識がまったく持ってありません。これでは尋問もままならぬかと」


「はっ!"紅将軍"などと呼ばれていても所詮は女の体か、脆いな」


「痛感剤を使用してはどうでしょうか殿下。

 感度を極限にまで上げて痛みで意識だけ覚醒させることが出来ます、拷問にはもってこいかと」


 もう一人の兵士がそう進言すれば満足げに皇子は頷いた。


「よし、さっさと持って来い!」


「はっ」


 二人の兵士は医師を連れ戻れに部屋を出る。

 残された皇子といえば、床に倒れているトリスには目もくれず椅子にどっかりと腰を下ろした。


「くそっ!ルクライツア攻略さえ上手くいっていればわざわざこの様な女、私が尋問する必要もなかったというのに…」


 相当鬱憤が溜まっていたのか、ぶつぶつと悪態をつき始める。

 どうやらルクライツアの陣頭指揮を任されていたのはこの男のようだ。


「カルジの奴め…そうだ!何故あやつがやらんのだ!

 他に用があるなどといって兄宮である私に押し付けてきおって!忌まわしい妾腹の子めが!」


 その大声に反応したのかぴくりとトリスの身体が動いた。


「カ…ジ…」


「ん?何だ、やっと喋れるようになったのか」


 擦れた声で途切れ途切れにトリスは喋る。


「カル…は何処…だ?」


「はっ!!」


 椅子から立ち上がるとうつ伏せのままのトリスの身体を蹴り上げ仰向けにした。


「うっ…」


「まだその程度の意識はあるのか、しつこい女だな」


「カ…ジは何処…だ…」


「私が知ったことか、大方離宮にいる貴様の姉のところにも行っているのではないのか?

 あの女は一応アレの妻となったのだしな」


「…な……」


 自分の言葉で、虚ろだった女の顔が僅かに驚愕に染まるのに気を良くしたのか男はその顔を嫌な笑みで歪ませ、饒舌に語りはじめる。


「知らなくて当然か、ならば教えてやろう。

 捕虜となった貴様の姉の巫女姫は武闘会の景品として優勝者のあやつのモノになったのだ。

 女に興味のないような顔をしてあやつも中々の好色ぶりだ。

 こちらにいる間は夜通し離宮に通っているときくぞ?あれにやるのは実に惜しいが、あの美貌だ…さぞ楽しんでいるのだろうなぁ、くく…」


 喉で笑うと、驚くその顔をもっと近くで見てやろう、と脇にしゃがみこみトリスの顔を覗き込んだ。


「悔しかろう?貴様は無力だ、何も出来ずに我等に屈する憐れな小娘め。

 すぐに貴様の国も滅びよう、貴様が愚かなせいでなぁ…くくくっ存分に悔しがれ」


「…………っ」


 トリスの顔が微かにだが苦渋に歪む。

 しかしそれは悔しいだけではないようだー・・だんだんとその額に汗が浮かんできている。


「?」


「あっ…っ…ん」


 感情が高まったためなのだろう、薬と反応して高熱を発しているようだ。

 額には次々と玉のような汗が吹き出てきている。


「くっ……るし…」


 体の芯を焼き尽くす熱にその身をよじらせる。

 その様に思わずごくりと生唾を飲みこんだ。


 ー・・やはりあの姉を持つだけはあってこの女も美しい。


 ”紅姫”と呼ばれ畏怖されている将軍の一人とはいえ今目の前に横たわっているのは何の力もない只の女に過ぎない。

 胸元の少しばかり開いた服の間からは、ほどよい大きさの谷間が見え隠れしている。

 汚れてはいるが、頬が紅潮し汗ばむその肌もなまめかしい。

 破れた下穿きの間から見える脚の白さにも目を見張るものがあるー・・ほど良い肉付きの体を頭の先から足の先まで目で追いー・・つ、とそのまま扉の方へと目をやる。

 

 …暫くは部下も帰ってこなさそうだ。


 戻ってきたとしてもそのまま一緒に楽しめばいい。

 コレも一種の”尋問”には違いないのだから。


 もう一度口の中に溜まった唾を飲み込み、そのまま彼女の上に覆いかぶさりその胸に顔を近づけていく…

 その少しぽってりとした唇が肌に届く寸前でー・・頭の上の荒かった息使いが途絶えた。


「下衆が」


 ブスッ-・・


 首に感じた衝撃と共に男は白目をむいてそのまま力なく倒れこんだ。

 ソレを脚で蹴り上げて体の上からどかすとトリスは手をはたき立ち上がった。


 倒れた男の首の後ろにはは髪の毛並みの細さの長針が刺さっていた。

 意識を失ってはいるが死んではいないらしい、男の喉からは荒くひゅーひゅーと不快な息遣いが聞こえる。


「今はまだ生かしといてやるよ、今はな」


 床に落ちた髪留めを拾い上げるとさっと髪を結いなおし椅子にしっかりと座り直した。


「確かに最後の自白剤の量には驚きはしたが…あの程度の薬で私がどうにかなるとでも思ったか阿呆どもめ」


 トリスは口元を押さえ下を向くと自分の胃の腑の辺りをぐっと押す。

 何かを吐き出すように唸り、何度かその行為を繰り返すうちに僅かな胃液と共にポロリと丸い何かが口から出てきた。


「武器は上手に隠すものだよ」


 小指の爪ほどの大きさの水晶のようなそれをトリスは床に叩きつける。

 水晶は砕け散りー・・青い光が溢れたかと思えばそこに一振りの細剣が突き刺さっていた。

 長老から貰った魔道具の一つだ。

 それを床から抜くと感覚を取り戻すかのように何度か空を切ってみる。


「さて」


 バチィッー・・


 突然部屋の壁に貼られた封印札にそって緑の火花が散った。

 封印札が焼き落ちるー・・部屋に施されていた封印が解かれたのだ。


 次いで部屋の扉が開かれる。そちらに視線を向ければ先程の二人の兵士が入ってきた。

 トリスは鋭い視線をその二人に向け、背の低い方の兵士に向かって剣を突きつける。


「遅い」


 しかし突きつけられた方は動じることもなくこの場にそぐわない様子で―・・笑った。


「あちゃ~・・何や、やっぱ気付いとったんかい」


 懐かしいとも思えてしまったその訛りのある喋りにトリスは苦笑する。


「当たり前だ、お前の喋り方にはやはり少し()があるからな。姿形や声色を変えて他人はだませても私を騙せると思うな。それにしても…」


 トリスは剣を下げると眉間に皺を寄せその隣の男に目を向ける。


「…道化、お前も来たのか」


「おや?つれないお言葉、私ではご不満でしたか」


 お茶らけたように応えたのはこちらもメシーによって顔をかえられている十将軍の一人”(みち)の軍”の”道化将軍コラント”である。


「私がロウに渡しておいた指示書には、モーティアの南山で軍を顰めて待機と指示したはずだが?」


「申し訳ございません、あまりにも王が心配で心配で…道化めはいてもたってもいられずメシー将軍についてきてしまったのでございますよ」


 大げさな動作でいかにも芝居がかった口調で語るコラントにトリスは更に顔を顰めた。

 目に見えて不機嫌になっていくトリスの様子をみてコラントはピタリと動くのをやめて真面目な顔になる。


「…まぁ、冗談は置いといてですね。実際のところ彼一人で城内に侵入させるのは難しかったんですよ。意外にも警備が厳重で。本宮はそうでもないのですがね、丁度セリス様が幽閉されているであろう離宮辺りが特に」


「離宮が…?」


「警備の数は本宮に比べると少ないんやけどな、その"質”が比べ物にならんくらい凄いんや。

 あそこの奴等に見つかりでもしたらいくら俺でもまける自信がなかったんやて。まっ、つーことでコラントの旦那に協力してもらったって訳や。道の軍も優秀な副将軍はおる、安心せぇ」


「それに後二人をここから無事救出しようと思ったら余計に人手は要りますからねぇ」


「二人?」


 コラントの言葉に首をかしげる。

 一人はセリス姉上。

 だが私以外にもう一人…?


「チェーチや」


「!?」


 いつの間にか顔を戻し、服もいつもの黒ずくめに着替え終わったメシーが嬉しそうに言った。

 

「本当か!?」


「えぇ、あの後チェーチ君の身体だけそこから消えていたんです。血の後から見ても出血死したとは思えないしそこから自分で移動したとも思えない。ここにくるまではあくまで予測でしかなかったですが…」


「あいつも捕らえられていると?」


「そのようですね。あなたと一緒にカルジの部下の”ジュホウ”という男が連れ帰ってきたらしいです。今は離宮にある一部屋に監禁されているとのことですよ。あぁそうだ、それともう一つ。貴女の副将軍…アスク君、でしたか、彼も一命を取り留めていますよ。まだ意識は回復していませんがね…本国で王の帰還を待っていますよ」


「そうか…よかった…」


 ほっと胸をなでおろすトリスにコラントは優しい笑みを浮かべる。


「何だ?」


「いえ、相変わらずお優しいなぁっと思っただけで」


「なっ…!!」


 顔を真っ赤にして言葉を詰まらせる。


「うっ、五月蝿い!貴様はこんなときに何を言ってるんだ!まったく!!

 おい、メシー!さっさと現状を報告しろ!!この道化の言ってることだけでは状況が分からん!」


 平常を保とうとして頭を”将軍”に切り替える。


「はいはい。まぁ、ルクライツア戦はこっちが圧勝。

 三分の一ぐらいに減らして撤退させてやったわ。リリュ戦は…まぁ一応はこっちの勝ちやわな。

 リリュんとこの王様や難民はひとまずウチで保護しとる、後はロウから渡されたお前の指示に従って海岸線を固める振りして俺んとことコラントの旦那の二軍で南下。

 敵さんが宥めたままだった”猛る神の海”を通ってモーティア南部まで移動、モーティアの東部から西部にかけて囲むように要所に部隊を展開させとる。

 帝都内にも俺の部下を入りこませとるから、後一刻したらそいつらが一斉に爆破を起こしてそれと同時に南部部隊を攻め入らせる手筈や。今頃はラディア海を渡って本隊がすぐ側まできとる頃やろうし、例えそれにモーティアが気付いても多少は混乱させられるからな。

 そやそや、今回は長老もファティマ将軍も頑張っとんで。何てったって本隊全艦隊に透過の魔術を立った二人で施しとるんやでな。ほんまこんな阿呆みたいに無茶な作戦残しとってからに…後で文句言われること間違い無しやで」


「それぐらいは承知の上さ。ふん、今のところはこちらの思惑通りか」


「しかしこうなることまで想定してあるとは、恐れ入りますよトリス様」


「余計な賛辞はいらんぞ道化。お前のことだ外の見張りは片付けてあるんだろ?」


「えぇ勿論ですとも。しっかりと"(くく)って"あります」


「よし」


 トリスはメシーの脱ぎ捨てたモーティア兵の服を身に着けると髪を隠すようにフードをすっぽりと被った。

 針を刺されたままうつ伏せで床に寝ている男を足で小突く。


「メシー、こいつの影に入れ」


「はいはい、ホンマに人使いが荒いわ」


 ぼやきながらもメシーは男の身体を起こすと、その下に出来た男の影に文字通りズブズブと音を立てながら入って(・・・)いった。

 メシーの能力の一つ”影入り”ー・・それは生き物の影に入り込みその影の主を操るという彼の故郷に伝わる秘術だ。

 勿論それを行使するのにはある程度の条件も必要になってくる。

 対象となる者の意識がない時でないと操ることが出来ず、ただ影に入り身を潜めることしかままならない。

 

 やがて彼の姿がすっぽりと影の中に収まってしまうと、むくりと男の身体が起き上がった。

 しかしその開かれた瞳は瞳孔が開いており虚ろだ。


『かぁ~っ、しっかしなんともけったいな身体やなぁ、重くてしょうがないわ』


 男の口から語られる不釣合いな訛りは実に滑稽としか言いようがない。


「文句を言うなー・・道化」


「わかっておりますとも」


 コラントは楽しげに返事をすると懐から一つの操り人形を取り出した。

 指先でくねくねと人形を動かしていく。


「"括られよ括られよ括られよ、括りしは汝が創生者、我の指によって創られよ創られよ創られよ…解!!"」


 コラントの身体から魔力が溢れ、指先の操り人形へと凝縮される。

 それに比例するかのように人形がその体積を増やしていった。

 やがて大人ぐらいの多きさと同じぐらいに膨らむと、平坦だった外皮がはがれ中からトリスそっくりの"人形(ヒトガタ)"が現れた。

 その身体にはしっかりと拷問を受けた後まで付けられている。


『ほんま何時見てもよう出来てますなぁ』


「術の効果は約一刻、作戦開始まではぎりぎりもつってとこでしょうかね」

                                               

「それだけあれば充分だ、ここから離宮までは?」


『棟を二つ越えなかんけどそんなに遠くはないで』


「よし、ではいこう」


 コラントが創った人形を椅子に座らせると(メシー)を先頭に三人は部屋を後にした。






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